登山事故と刑事事件・民事事件

統計にみる登山事故発生概要

登山事故(ここでは、山岳事故と区別して、山菜採り、一般観光での入山等登山目的以外での入山時の発生事故を除く登山目的での入山時の事故を「登山事故」と呼びます。)に関連して、警察庁が年次の山岳遭難概況をWeb上で公開しています(以下警察庁発表の概況を「公開概況」といいます。)。

現時点では、令和2年の遭難件数と遭難者数まで公表されていますが、令和2年は前年に比べ遭難件数が1割弱、遭難者数も8%弱減少したようです。
しかし、令和2年は新型コロナウイルスの影響をうけておりますし、その影響を受けた遭難件数でも平成26年とほぼ同数(遭難者数は平成25年並み)であることから、新型コロナウイルスの影響を除外しますと、長期的なトレンドが減少に転じたと言い切れるかは微妙なところだと思われます。

この山岳遭難件数および遭難者数には山菜取り、観光目的等で入山した方の遭難も含まれており、令和2年の山岳遭難者数2697人の内、登山者の遭難者数は2038人となっています。そして、平成27年から令和2年の登山者の遭難者数は、2283→2101→2223→2315→2223→2038(人)と推移しており、新型コロナの影響がなかった令和元年までは横ばい傾向が続いていたようにも思われますが、令和元年から減少傾向になったと捉えている団体もあるようです。

この公開概況では、遭難の原因、遭難者の携帯電話の携行状況などの数値も公開されていますが、山岳遭難全体を母集団とする統計が多く、登山者の遭難者属性の詳細な分析をおこなうことは出来ません。ただ、遭難原因としては、道迷い遭難が最も多いようです(山岳遭難者全体では道迷い遭難がここ5年、4割程度を占めています。)。しかし、近年、スマートフォンのナビゲーション機能のある地図アプリが急速に普及しており、この普及に伴い、道迷い遭難は減少に転ずるのではないかとも考えられています。

尚、山岳三団体が山岳遭難事故調査報告をまとめてWeb上で有益な詳細分析結果を公開しています。

登山事故に起因する法的問題

このような登山事故は、すべてが法的に問題となり得るのではなく、法的な問題が生ずるのは登山事故の中でも一部の形態のものであり、そのうち、限られた形態の事故が訴訟にまで発展しています。

しかし、法的な問題となり得る登山事故の形態も固定的なものではありません。
たとえば、単独行の登山者が自らの帰責で傷害を負った場合、特段の事情がなければ法律問題とはなり得ないのでしょうが、山岳保険の普及により保険金給付の問題が生じ得るようになってきています。
このように、時代の趨勢、環境の変化により法的な問題となり得る登山事故の形態も変化してきています。

登山事故の刑事訴訟と民事訴訟

登山事故が法的な問題になる場合、多くは、刑事責任と民事責任(国家賠償責任を含む)の双方、あるいは民事責任のみが問題となります。
登山事故も交通事故あるいは施設の管理不備による事故と同様に、第三者の過失が事故の原因となっており、その事故により、なんらかの損害が生じている場合、損害賠償責任等の民事上の責任と共に過失致死傷等の刑事上の責任が問題となり得ます。

登山事故においても、訴訟では、被害者側に違法性・過失などの主張・立証責任がありますが、具体的な過失行為を特定し、その証拠を取集することが困難な場合も少なくありません。

しかし、刑事裁判では、検察が被告人の具体的な過失行為を特定し、その証拠を提出します。
このため、被害者あるいはその家族は、民事訴訟において、刑事事件において検察が主張、立証した内容、あるいは認定された過失行為の具体的内容を参考にすることが出来ます。

とくに、刑事事件では民事事件より厳格な立証が要求されますし、捜査機関が強制力のある捜査等により証拠を収集していることもあり、刑事事件の結果が出てからの方が、民事事件での主張・立証負担を軽減し得ることもあります。そのこともあり、登山事故で刑事上の責任と民事上の責任の双方が問題となる場合、一般的には、刑事裁判を先行させ、刑事裁判の後で民事訴訟を提起するのがよいと考えられます。

ただし、登山事故の刑事事件も起訴あるいは訴訟進行に時間を要するケースもあり、時効の問題から、刑事裁判の判決が下る前に民事訴訟を提起する必要性が生ずることもあります。

たとえば、下記の記事でも扱っています、平成18年10月7日に清水岳から白馬山荘の稜線上で遭難したツアー客の内4名が凍死した事件(いわゆる「2006年白馬岳遭難死事件」)が長野地方裁判所松本支部に起訴されたのは平成26年のようで、控訴審の東京高裁の判決が下ったのは平成27年10月30日(上告はされず、控訴審で確定しました。)なので、事件発生から刑事裁判の確定まで9年以上かかっています。
この事件の民事訴訟は、刑事事件の起訴前の平成22年に提起されたようで、平成24年7月20日に第1審の判決が下っています(その後控訴されましたが、控訴審で和解したようです。)。

平成21年7月にトムラウシ山において、登山ツアー客7名およびガイド1名が亡くなった、いわゆるトムラウシ山遭難事故では、検察で不起訴が決まったのは平成30年3月のことであり、その間8年半を要しています。

カテゴリー別ブログ記事

最近の記事
おすすめ記事
おすすめ記事
  1. 御嶽山噴火事故控訴審判決における国の違法性に関する判断について

  2. 特別寄与料の負担割合は遺留分侵害額請求権行使により変化するのでしょうか

  3. 職種限定合意が認められる場合も職種変更を伴う配置転換をおこないうるのでしょうか

  1. 山の頂、稜線が県・市町村の境界と一致しない例と理由、帰属の判断基準

  2. 公序良俗違反とは?~その意味、具体例、法的効果と金銭返還請求など

  3. スキー場立入禁止区域で発生した雪崩事故の経営・管理会社、同行者の責任

  1. 山の頂、稜線が県・市町村の境界と一致しない例と理由、帰属の判断基準

  2. 公序良俗違反とは?~その意味、具体例、法的効果と金銭返還請求など

  3. スキー場立入禁止区域で発生した雪崩事故の経営・管理会社、同行者の責任

関連記事