出向先の会社から更に別の会社へ出向することを二重出向、再出向などといいます。
ここでは、出向先の会社から再出向を命じられた場合の問題について、出向先の会社との労働契約関係、再出向命令の法的性質などを中心に、判例をみながら解説します。
出向先からの再出向命令の有効性
Aさんの悩み
AさんはX社の従業員なのですが、X社の子会社であるY社への出向を命じられました。
しかし、Y社で勤務をはじめ、しばらく経つと、今度はY社の人事担当からZ社へ更に出向するよう命じられました。
Aさんは、Y社の命令に従い、Z社へ出向しなければならないのでしょうか。
このように出向先から更に出向することを二重出向、再出向などと言いますが、ここでは、出向先であるY社にAさんに対して再出向を命じる権限があるのかが問題となります。
出向には転籍出向と在籍出向がありますが、ここでは、AさんのY社への出向も、Y社から命じられた出向も在席出向であるとします。
出向先の再出向命令権限
まず、転籍出向に関しては、特段の事情がない限り従業員の同意が必要であると一般的には考えられており、特段の事情がなければAさんは転籍出向を拒否し得ます。
一方、上記のように、Aさんの出向・再出向が在籍出向である場合、一般的には、下記のことから、出向先企業には、出向者の就業先を決定する権限はないものと考えられます。
そこで、Aさんが、明確に再出向を認める意思を示しているような場合でなければ、再出向命令を拒否できる可能性は高いものと考えられます。
尚、以下、とくに断りのない限り、在籍出向について述べることとします。
出向者の労働契約の当事者
まず、出向命令も業務命令なのですから、労働契約上の根拠がなければ命じ得ないと考えられます。
しかし、Aさんは元々X社の社員です。
したがって、X社とAさんの間に労働契約が存在する(あるいは「労働契約が存在していた」)ことは明らかなのですが、現在の出向先であるY社とAさんの間に労働契約が存在しているのかは不透明です。
そこで、現在のAさんの労働契約の相手方が誰であるのかを考えてみます。
このことに関しては、名古屋高判昭和62年4月27日において、
通常の場合は、出向労働者と出向先との関係は、出向元との間に存する労働契約上の権利義務が部分的に出向先に移転し、労働基準法などの部分的適用がある法律関係(出向労働関係)が存するにとどまり、これを超えて右両者間に包括的な労働契約関係を認めるまでには至らないものというべく
名古屋高判昭和62年4月27日
と判示しています。
ここでは、通常の場合、出向元が労働者との間で締結していた労働契約上の権利義務の全部ではなく、一部が、出向先の会社に移転するとしています。
そうしますと、移転しなかった権利義務は出向元に残ることとなり、労働契約上の権利義務は出向元と出向先に分属することとなります。
たしかに、出向後の出向者は出向先の会社に対し労務を提供しており、また、出向先の就業規則に従うこととなることからすれば、出向先との間に労働契約が存在することは不思議ではありません。
一方、在籍出向の場合、将来、出向元の指示により出向元に復帰するケースも多く、また出向者の給与の差額補填を出向元が負担していることも多いことなどから、出向元との間にも一定の契約関係があるものと考えられます。
出向者の就業先を決定する権限の所在
また、出向命令については、最判平成15年4月18日において、
原審の適法に確定した事実関係等によれば、(1)本件各出向命令は・・・・いわゆる在籍出向を命ずるものであること、(2)・・・本件各出向命令発令時の・・・就業規則には、「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務をさせることがある。」という規定があること、(3)・・・労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において・・・出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられている・・・ような事情の下においては、被上告人は、上告人らに対し、その個別的同意なしに・・・本件各出向命令を発令することができるというべきである
最判平成15年4月18日
としています。
この判例の趣旨からしますと、就業規則等に詳細の定めがあり、出向者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていれば、出向先(この場合Y社)もAさんに対し出向を命じることが出来るようにも思われます。
ただし、労働契約法14条は、
使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。
労働契約法14条
と規定していることから、出向命令に権利濫用と認められるような事情があれば、元々出向命令は無効なのでY社の再出向命令の正当性は問題となり得ません。
それでは、そのような権利濫用と認められるような事情がない場合、どうなるのでしょうか。
一般的には、出向先の会社が出向者に対し指揮命令できるのは、出向先で労務提供させる範囲と考えられています。
そこで、出向先は、労働契約の根幹にかかわるような事項を指揮命令する権限を有していないと考えられています。
したがって、出向先には、出向者の就業先(どの会社で働くか)をどこにするかといった、労働契約の根幹にかかわるような事項を決定する権限はなく、そのような権限は出向元(X社)に留まると考えられています。
このようなことから、Aさんが明確に再出向を認める意思を会社に対し表示しているといった事情がなければ、Y社によるZ社への再出向命令を拒否できる可能性は高いものと考えられます。
再出向命令に対する対応について
上記のように、在籍出向者が、出向先の会社から、再出向を命じられたとき、具体的事情によっては、再出向命令を拒否することは可能となるケースがあります
ただし、再出向の打診を受けたときに、再出向に応じる旨の発言をしますと、再出向命令を拒否できなくなる可能性がでてきます。
再出向の打診、あるいは命令を受けた段階においては、慎重な対応が必要です。