西沢渓谷転落事故にみる国家賠償法2条の瑕疵が問題となりうる物の範囲

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

西沢渓谷転落事故の概要

ここでは、登山道の整備不良に起因する事故において、国、地方公共団体以外の者が設置した物の瑕疵が、国家賠償法2条1項の瑕疵責任において問題となった13)西沢渓谷転落事故の判決をとおして、国家賠償法2条1項の瑕疵責任上、管理者が法的な管理責任を負い得る物の範囲についてみてみます。

この、13)西沢渓谷転落事故は、徳和から乾徳山・黒金山を経て西沢渓谷へ下山してきた4人組パーティーのうち1名(以下「A」といいます。)が、西沢歩道の途中で谷川の流れを見ようとして、観光協会の関係者によって設置されていた柵の横木に寄りかかりあるいは横木の上に両手を置き体重をかけたところ、横木が折れ、谷川へ転落して死亡した事故です。

Aの遺族は、地元県(以下「甲」といいます。)に対し、西沢歩道の設置、管理者として国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求め、また、国(以下「乙」といいます。)に対しては、国立公園である西沢歩道について一般的事業執行権限を有しているとして、国家賠償法2条1項責任に基づき、あるいは国家賠償法2条1項の責任を負わないとしても西沢歩道を含む一帯の施設整備費国庫補助金を支出していることから国家賠償法3条の責任を負うとして、損害賠償を求め、甲及び乙を被告として訴訟を提起しました。
その結果、この訴訟の1審において、請求が一部認容されました。

裁判所の物の瑕疵に関する判断について

第三者が設置した柵の瑕疵

この事故において問題となるのは、損壊した柵は観光協会の関係者が設置したものであって、甲あるいは乙が設置したものではないことから、甲および乙には、柵について責任があるとはいえないのではないかということです。

この点について、裁判所は次の様に判示しています。

本件柵は同被告が直接設置したものではないとはいえ、同被告は・・・らによる設置を黙認して昭和四三年の末以来右山道の施設の一部として使用されてきたことが認められる以上、西沢歩道は本件柵のをも含めて甲の設置管理する公の営造物と解するのが相当

東京地判昭和53年9月18日

尚、本件で問題となる国家賠償法2条1項には「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」とあり、民法717条の「土地の工作物」という用語ではなく、「公の営造物」という用語を使用しています。

ここでは「公の営造物」という用語の細かい解釈には触れず、国・地方公共団体の所有・管理する民法717条でいう「土地の工作物」のようなものと捉えておくこととします。

第三者が設置した物を管理したときに生じ得る責任

この判決によると、国あるいは地方公共団体が管理する山岳地帯に第三者が鎖、梯子、柵等を設置し、その設置物により事故が生じた場合、その設置を黙認し事実上管理している状態にあれば、国あるいは地方公共団体も国家賠償法2条1項の責任を負う可能性があるということになります。

地方自治体の責任について

このことを前提として、地方自治体である甲の責任について、判決では、

・・・西沢歩道は、本件事故当時には新聞等により観光地として相当に宣伝された西沢渓谷の景観を探勝する観光客が年間一五万人も利用するかなり一般化した登山道路であつたこと・・・本件現場は西沢渓谷の景勝の一である竜神の滝の滝壺を見下す位置にあるが、事故当時有効幅員約一・〇五メートルで、路面には岩肌が所々に露出し凹凸があつて足場が悪く、山側は最大限約一〇五度オーバーハングをしており、谷側は約六〇度の角度で深さ約二〇メートルの絶壁をなしていたこと等によると本件事故現場附近は、本件柵がなくとも通行可能であつたとはいえ、本件柵が現実に設置されている以上、登山者が本件横木を握つて通行したり、これに寄りかかつて谷川の流れを見る等の行動に出ることは十分予測できたものといわなければならない

したがつて、本件現場に柵を設置する以上は、登山者がその横木に寄りかかり、体重を加えた程度で折損しないだけの強度のものを設置し、維持しなければ、柵それ自体が事故の誘因となりかねず、このような柵が放置されていること自体が国立公園の施設として通常有すべき安全性を欠くものと解すべきである

・・・ところで本件横木は・・・Aが谷川の流れをみようと柵によりかかつて体重を加えた場合に折損しないだけの強度が欠けていたものと推認されるので、本件西沢歩道は、右のような強度しかない横木をそなえた本件柵の設置を放置していた点において、少なくともその管理に瑕疵があつたと解せざるをえない

東京地判昭和53年9月18日

と判示し、問題となった柵について、国家賠償法2条1項の管理の瑕疵を認定し、甲の損害賠償責任を認定しています。

この判決では、上記引用の通り、柵の瑕疵の検討に際し、

  • 来訪者の多い一般化した登山道路であること
  • 損壊した柵は、設置場所との関係でも登山者が握ったり寄りかかったりすることが予測できたこと

を柵の強度の認定に先行して検討しています。

この判決の趣旨からしますと、登山道に要求される管理の程度は、

  • 利用者の特性(登山技術・経験の程度等)
  • 設置場所により予想される利用方法

により異なってくると考えることが出来そうです。

国の責任

この裁判では、乙(国)に関しては、西沢歩道の設置、管理者に該当しないとして、国家賠償法2条1項の責任は否定されています。

しかし、乙は西沢歩道の設置費用の負担者であるとして、国家賠償法3条1項の責任を認定しています。

このようにして、Aの遺族の、甲および乙に対する国家賠償法上の損害賠償請求は認容されています。

過失相殺について

一方、過失相殺については、

西沢歩道は・・・登山者用の山道であり、登山はその性質上ある程度の危険を伴うスポーツであつて、その危険の回避については、コースの難易度、予想される利用者の多寡、その体力、知識、技術の程度に応じ国立公園管理者において登山道の整備、事故防止施設の設置管理に力を尽す必要もさることながら、他面登山者側の準備、技術、注意力に依拠すべき度合も大きく・・・木製の施設については登山者はその安全性を盲信することなく、自らもこれを吟味して事故の発生を回避するよう十分に心がけるべきであつて・・・本件柵は山道谷側に設置され、その谷は約六〇度の角度で深さ約二〇メートルの絶壁をなしており、本件柵が仮にそれに寄りかかる者の体重を支えるだけの強度に欠けるならば、それに寄りかかることで直ちに谷底へ転落する危険が生じることが容易に予想されたのであるから、Aが本件柵に寄りかかるにあたり、事前にその柵の強度を確認した形跡が全くみられないことは登山者として軽率のそしりをまぬがれず、本件事故発生の一因は本件柵の強度を確認しないままそれに寄りかかつたAの過失にもあると認めざるをえない

東京地判昭和53年9月18日

と判示して4割の過失相殺割合を認定しています。

この過失相殺に関する「コースの難易度、予想される利用者の多寡、その体力、知識、技術の程度に応じ国立公園管理者において登山道の整備、事故防止施設の設置管理に力を尽す必要」との判示部分からも、利用者の特性により登山道に求められる管理の程度が異なってくることが分かります。

登山者側に求められる注意

更に、

「登山はその性質上ある程度の危険を伴うスポーツであつて、その危険の回避については・・・登山者側の準備、技術、注意力に依拠すべき度合も大きく・・・施設については登山者はその安全性を盲信することなく、自らもこれを吟味して事故の発生を回避するよう十分に心がけるべき」

との判示部分からは、法的にも、登山者にも登山道の様子について一定の注意を払うことが求められていることがわかります。

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