- 採用内定により、始期付解除権留保付労働契約が成立すると考えられます。そこで、社会通念上相当な事由のない取り消しは無効となり得、未払い賃金と慰謝料が請求できるケースがあります。
- 採用内々定段階でも一定の期待権が存在しています。そこで、取り消しが信義則違反と評価できるケースでは、慰謝料を請求しうる余地があります。
採用内定者と採用内々定者のトラブル
採用内定、採用内々定を取り消されたとき、会社に何か言えるのでしょうか
次の仕事を探す暇もなく前職を退職せざるを得なくなったAさんは、1年余の求職活動を経て、最終面接までようやくたどり着きました。
その最終面接の席上で「結果は後日郵送します」と人事担当者から言われました。不安と期待の入り混じった気持ちで会社からの通知を待っていたところ、内定通知が郵送されてきました。
しかし、その2週間後、突然、「内定の話はなかったことで」との電話が・・・
大学生のBさんは、第1志望の会社の最終面接を受け、「採用内々定のご連絡」という書面を郵送で受け取り、同封されていた「入社承諾書」を返送しました。
これで、後は無事卒業するだけと喜んでいたところ、2カ月ほどして会社から「採用内々定の取り消しのご連絡」という書面が郵送されてきました・・・
AさんとBさんは会社に対して法的に何か言えるのでしょうか。
Aさんのケースは内定段階で一種の労働契約が成立、不当な取消しは違法です
採用内定により、「始期付解除権留保付労働契約」が成立すると考えられます。
そこで、社会通念上、相当な事由のない取消しは無効となり、入社日予定日を開始日とする労働契約が継続していたこととなります。
Aさんのケースでも、取消しが社会通念上相当ではないものなのであれば、入社予定日からの賃金を未払賃金として請求できることとなります。更に、慰謝料を請求できる可能性もあります。
採用内々定でも信義則違反の取消しは違法となり得ます
内々定段階では、労働契約が成立しているとまでは言えません。
しかし、一定の期待権が醸成されていることから、信義則違反の取消しは、一定の不法行為と評価し得ることとなります。
Bさんの場合も、具体的事情によっては、慰謝料を請求できる場合があります。
採用内定とその取り消しの法的な位置づけは
採用内定はどのように位置づけられているのでしょうか
まず、Aさんの採用内定の法的性質についてみてみます。
企業の内定の法的性質について判示された裁判としては、転職の為、当時の公社の公募に応募し、見習社員の採用通知を受け取った人が、後日公社から採用取消通知を受け取った事件があります(最判昭和55年5月30日)。
この事件の上告審において、最高裁判所は、
被上告人(注:公社のこと)から上告人(注:公社に応募した人のこと)に交付された・・・採用通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたと解することができるから・・・社員公募に応募したのは、労働契約の申込みであり・・・採用通知は、右申込みに対する承諾であつて、これにより・・・いわゆる採用内定の一態様として、労働契約の効力発生の始期を右採用通知に明示された・・・日とする労働契約が成立したと解するのが相当である
最判昭和55年5月30日
と判示しています。
このように、採用内定により、「始期付解除権留保付労働契約」が成立すると考えられています。
入社日を将来の日として、一定の事由が生じた場合には契約を解除することが出来るという合意を含む労働契約が、採用内定時に成立したととらえているのです。
そこで、採用内定取消しは、この留保された解除権の行使であると考えられています。
ところで、この最高裁の判例では上記引用に続き、
前記の事実関係からすれば・・・本件採用の取消をしたのは・・・、上告人が・・・したことが判明したためであつて、被上告人において右のような・・・行為を・・・した上告人を見習社員として雇用することは相当でなく、被上告人が上告人を見習社員としての適格性を欠くと判断し、本件採用の取消をしたことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから、解約権の行使は有効と解すべきである
最判昭和55年5月30日
として、社会通念上相当な事由のある場合には解除権を有効に行使し得るとしています。
裏返しますと、社会通念上相当な事由の認められない採用内定取消しは許されないということになります。
不当な内定取り消しは、法的にはどうなるのでしょうか
それでは、会社が社会通念上相当な事由がないのも関わらず内定を取り消した場合、法的には、契約はどうなるのでしょうか。
この点について、裁判例では次のように判示しています。
原告と被告との間に始期付解約権留保付労働契約が成立している場合において,被告の解約権行使は,客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認できる事由がある場合には,当該解約権の行使は適法であるが,そのような事由が存在しない場合には,当該解約権の行使は無効であり,原告と被告との間に労働契約は継続しており,また,解約権行使が違法として解約権行使に伴い原告が被った損害を,被告は相当因果関係の範囲内において賠償する義務を負うと解するのが相当である
東京地判平成16年6月23日
つまり、社会通念上相当な事由がないにも関わらず内定取消しをした場合、解除権の行使は無効となるので、入社日とされていた日を開始日とする労働契約が有効に成立しており、その後も継続していることになるとしているのです。
よって、入社予定日からの賃金を未払賃金として請求できることとなり、具体的事情によっては更に慰謝料を請求し得る余地があることとなります。
Aさんはどのように対応すればよいのでしょうか
Aさんの場合も採用内定取消しに社会通念上相当な事由があれば、残念ながら会社に対し何も言えません。
しかし、相当な事由がない場合には、入社予定日からの未払賃金及び具体的事情によっては一定の慰謝料並びにそれらに対する遅延損害金を会社に対し請求出来ることとなります。
正式に内定が成立していたと言い切れない場合はどうなるのでしょうか
それでは、内定が成立したとまでは言い得ない場合にはどうなるのでしょうか。
近時、そのような事案において裁判所は、
原告X2は・・・被告への採用が内定してはおらず、被告には採用内定取消を理由とする不法行為責任は認められない。しかしながら、・・・経緯によれば・・・された後においては・・・原告・・・と被告との間で同証明書記載の待遇で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告・・・の期待は法的保護に値する程度に高まっていたことが認められ・・・不明確な理由で・・・不採用とすることは、誠実な態度とは言いがたい。そうすると、被告が原告・・・を採用しなかったことは、労働契約締結過程における信義則に反し、原告X2の期待を侵害するものとして不法行為を構成するから、被告は、原告X2が被告への採用を信頼したために被った損害について、これを賠償すべき責任を負う
東京地判平成29年4月21日
とし、正式には採用内定が成立したと認定できない場合でも、具体的な事情によっては、採用に対する期待権が保護され、期待権侵害による不法行為責任が生じるとしています。
この考え方は、下記の内々定取消しの場合と類似しているといいえます。
実際に、内定と言えるか微妙なケースでは、内々定が出ていることも少なくないと考えられます。また、そのようなケースでは、具体的な事情から、内々定と同視しうることもあります。
そこで、このように類似していることは不思議ではありません。
採用内々定とその取り消しの法的な位置づけは
採用内々定はどのように位置づけられているのでしょうか
次に、Bさんのケースで問題となる「採用内々定」とは法的にはどのようなものなのでしょうか。
就活中の学生にも、内々定とされたことにより、採用への一定の期待権は生じているものと考えられます。
そこで、上記の東京地判平成29年4月21日の趣旨からすれば、内々定を出した後に相当な事由がないのも関わらず取り消した場合、会社もなんらかの損害賠償義務を負うようにも考えられます。
実際に、学生に対する内々定を経済環境の悪化を理由に取消した事案の控訴審において裁判所は、
本件における内々定の合意の実体は,内定までの間に企業が新卒者が他の企業に流れることを防止することを目的とする事実上のものであって,直接的かつ確定的な法的効果を伴わないものである。したがって,被控訴人の請求のうち,労働契約に基づくものは理由がないが,当事者双方が正式な労働契約締結を目指す上での信義則違反による不法行為に基づく慰謝料請求は理由がある
福岡高判平成23年2月16日
として、信義則違反を理由に一定の慰謝料を認容しています。
このように、内々定段階では、内定と異なり、条件付労働契約が成立しているとまでは言えず、「双方が正式な労働契約締結を目指す」プロセスの一環であると考えられています。
しかし、この場合でも、信義則違反と評価し得るような内々定の取消しは、一定の不法行為と評価し得ることとなります。
Bさんはどのように対応すればよいのでしょうか
Bさんの場合、会社との間でなんらかの契約が成立していたとまでは言えません。
しかし、内々定の取消しが信義則違反と評価できるようなものであれば一定の損害賠償を請求し得ることとなります。
違法な内定取り消しの慰謝料の相場は
裁判で認められている慰謝料の金額は、内定取消時の具体的な状況および内定取消しにより内定者が被った具体的な損害により異なりますが、数十万円から100万円程度が一般的です。
ただし、内定取消しに至る会社側の行為態様に不当性が高く、内定者が被った損害が甚大だったケースにおいて、300万円の慰謝料が認定された裁判例もあります(東京地判平成20年6月27日)。