城ヶ倉渓流と清津峡歩道の落石事故にみる山岳道の設置、管理者の法的責任

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

落石事故について

下記の記事では、登山道・渓流沿いの遊歩道付近での落木による死傷事故の判決をみることにより、設置・管理者が損害賠償責任を負う範囲について考えてみました。

今回は、登山道あるいは遊歩道において落石事故が起きたときに、その登山道、遊歩道の設置・管理者が損害賠償責任を負う範囲を判例を見ながら考えてみます。

落石に関する事故としては、16)城ヶ倉渓流歩道を歩行中の人が頭に落石受けて死亡した事故(城ヶ倉渓流落石事故)、17)清津峡歩道を通行中の人の頭部に落石が当たり死亡した事故(清津峡歩道落石事故)があります。
尚、15)奥入瀬渓流落木事故の事故現場も、ここで扱う2つの事故の現場も、一般的には登山道として扱われないとも思われますが、これらの事故の裁判の判決内容を検討することは、登山道の整備の問題を考えるにあたり有益であると考え、ここで扱っています。

16) 城ヶ倉渓流落石事故の裁判も、17)清津峡歩道落石事故の裁判も、ともに原告の損害賠償請求が認容されています。
設置・管理者が損害賠償責任を負う範囲を考える際には、類似の事案で、請求が認容された裁判と棄却された裁判の判決を比較することが有益ではありますが、登山道・遊歩道の落石事故の裁判においては、判決文が一般的に入手可能な事件の中では、損害賠償請求が棄却された事案が見当たりません。
そこで、ここでは、請求が認容された判例のみから、落石事故における管理者の責任を考えてみます。

城ヶ倉渓流落石事故について

事故の概要

まず、16) 城ヶ倉渓流落石事故についてみてみます。

この事故は、秋の日の正午頃、同好会のメンバー約20名で、城ヶ倉渓流歩道の西方入口から約100mの、落石の通り道となる沢の延長線上にあるロックシェルター(岩石群が溜まる場所)の直下にあたる地点を歩行中、メンバーのひとり(以下「D」といいます。)の頭部に、上方から落下してきた岩石が直撃し、半日後に搬送先の病院で死亡したものです。

Dの遺族は、歩道の設置・管理者である地方公共団体(以下「己」といいます。)に対し、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求め提訴しました。

尚、己は、利用者に対し、入渓届の提出を義務付けるとともに、危険意識啓発用の簡易軽量型ヘルメットの無料貸出しをおこなっており、Dも事故当時、簡易軽量型ヘルメットを着用していました。

また、事故当初、事故現場の直上でおこなわれていたガードレール補修工事における己の担当者等の捜査がおこなわれましたが、嫌疑不十分で不起訴処分となっています。

裁判所の判断

この事故の判決では、

国家賠償法2条1項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい(最高裁昭和42年(オ)第921号同45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁参照),当該営造物が通常有すべき安全性を欠いているか否かの判断は,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきであるが(最高裁昭和53年(オ)第76号同年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁参照),当該営造物の利用に付随して死傷等の事故の発生する危険性が客観的に存在し,かつ,それが通常の予測の範囲を越えるものでない限り,管理者としては,事故の発生を未然に防止するための安全施設を設置するなどの必要があるものというべきであり(最高裁昭和54年(オ)第227号同55年9月11日第一小法廷判決・判例時報984号65頁参照),管理者がそのような対策を講じなかったために当該営造物の利用に際し安全性が確保されていなかった場合には,当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったものと認めるのが相当である

青森地判平成19年5月18日

と国家賠償法2条の瑕疵の判断基準を示した上で、

・・・事故現場付近において・・・落石が発生した場合・・・渓流歩道を通行中の利用者を直撃するおそれがあり・・・落石の直撃を受けた利用者の生命等に重大な結果を生じさせる客観的な危険性が常時存在していたものと認めるのが相当・・・このような危険性は・・・通常の予測の範囲を超えるものではない・・・    したがって・・・管理者である被告としては,落石事故の発生を未然に防止するために,落石が発生しないようにロックシェルター部にある岩塊を完全に取り除いたり,落石防止ネットを敷設して岩石を固定するなどして,落石の発生そのものを未然に防止する措置を講じるか,又は,落石が発生した場合に備えて落石防護柵等を設け,場所によっては迂回ルートを設けたり,落石に耐え得るシェルターを設けたりすることにより,落石の及ぼす影響を除去するか,若しくは,もし仮にそれらの手段が取り得ないのであれば,究極的には本件渓流歩道を通行止めするなどして,落石による直撃事故を防止する措置を講じる必要があった・・・のに・・・上記のような落石防止措置等を講じることまではしなかったのであるから,本件渓流歩道の設置管理には瑕疵があった

青森地判平成19年5月18日

として、国家賠償法2条1項の責任を己に認めています。

ところで、この裁判において、己は

本件渓流歩道の設置及び管理に関し,施設及び設備面の整備や管理及び運営面についての措置を尽くしており,設置管理者としての危険回避措置義務を果たしていたというべきであり,これにより,本件渓流歩道は,利用者が自らの責任と注意に基づく行動を求められる「登山道」として通常備えるべき安全性を具備していた旨主張

青森地判平成19年5月18日

して、事故発生地点の渓流歩道は、
①利用者が自らの責任と注意に基づく行動を求められる「登山道」に該当し、
②登山道として通常備えるべき安全性をそなえていた
と主張しています。

この己の主張に対し、裁判所は、

・・・上記のような落石防止措置等を講じることまではしなかったのであるから,被告が本件渓流歩道の設置及び管理に関して必要な措置を尽くしたということはできない・・・入渓届を提出して簡易ヘルメットを着用するのみで特段の装備をすることもなく誰でも手軽に本件渓流歩道を通行することができ,平成5年から平成12年までの間に3万1226名もの利用客が本件渓流歩道に入渓していたことを考えると,本件渓流歩道をもって被告主張のように利用客が自らの責任と注意に基づく行動を求められる「登山道」であったということはできない

青森地判平成19年5月18日

と判示し、事故現場は、上記の己の主張するところの「登山道」には該当しないとしています。

それでは、仮に「登山道」であると認定されれば瑕疵は否定されたのでしょうか。
この点に関しましては、上記引用箇所の裁判所が「登山道」であることを否定する直前において、「設置及び管理に関して必要な措置を尽くし」ていないと裁判所は述べていることから、仮に登山道と認定されても結論は変わらなかったのかも知れません。

判決から考えられること

この判決からは、少なくとも渓流歩道のような場所での落石事故においては、歩道を設置して通行者が通行できるように開放している以上、歩道の周辺地形が自然のままであっても、そこから落石が生じ、その落石が歩道通行者の身体・生命等に危険を生じさせる一定以上の可能性が認められるような場合においては、通行者に落石の危険があることについて注意喚起するだけでは足らず、落石を防止する措置を取るか、あるいは、歩道を通行止めにすることが設置・管理者に求められていると言えそうです。

清津峡歩道落石事故について

事故の概要

続いて、17)清津峡歩道落石事故をみてみます。

この事故は、7月末の午前中、清津峡歩道の清津峡温泉裏の入口から約550m地点を通行していたEの頭部に、断崖から落下してきた岩石が当たり、3時間弱後に搬送先の病院で死亡したというものです。
この事故で、Eの遺族は、歩道の設置者である県(以下「庚」といいます。)および管理者である地元地方公共団体(以下「辛」といいます。)に対し、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求めて提訴しました。

尚、事故現場の歩道について、辛は鑑賞型歩道として観光用パンフレットに掲載するなどして宣伝していました。

裁判所の判断

この事故の裁判で、裁判所は次のように述べて国家賠償法上の瑕疵を認定しています。

本件歩道上には天候にかかわらず落石が生じているのであるから、観光客は常時落石の危険にさらされていた・・・辛は、風雨の強い日には通行禁止措置をとっていたものの、それ以外の場合に、辛らがとっていた安全対策は、落石注意の標識及び放送による注意喚起、巡視員による巡視等にすぎない。しかし、本件歩道の歩行者が常時頭上からの落石に注意することは、本件歩道の性質、形状から困難で・・・一旦落石が発生した場合・・・自らこれを回避することも困難であるから、右安全対策をもって、本件歩道の安全性が確保されていたとは到底いい難い。そして、・・・落石が歩行者を直撃した場合・・・直ちに人命を損ないかねないこと・・・多数の一般観光客が立ち入ること等に照らせば、本件歩道は、一般観光客が多数立ち入る歩道としては、その通常有すべき安全性を欠くものといわざるをえない

新潟地判平成3年7月18日

として、①事故現場では観光客は常時落石の危険にさらされていたこと、②辛の安全対策は不十分であったこと、③落石が発生すると死亡事故が発生しかねないこと、④多数の一般観光客が事故現場には立ち入っていたことなどから、通常有すべき安全性を欠くものであったとして、瑕疵を認定しています。

更に、裁判所は、事故以前、事故のあった歩道上で落石事故は一件もなかったという庚および辛の主張に対し、

本件歩道において偶々過去に落石事故がなかったことの一事をもって、晴天無風時の落石事故発生が通常予見することができないとはいえず、被告らの主張は理由がない

新潟地判平成3年7月18日

として事故が発生していなかったことは落石事故の予見可能性を否定するものではないとしています。

更に、落石事故の回避可能性に関連して、

・・・(落石防止の)工事が、国立公園内の景観保護等から直ちに許可されないとしても・・・生活道路ではない本件歩道への一般観光客の立入りを制限ないしは禁止すべきであった・・・(し、それは可能であったので、)落石事故の発生を回避することが・・・不可能であったということはできない

新潟地判平成3年7月18日

落石防止工事がすぐに認可されない場合は、事故現場は生活道路ではないのだから、本件歩道への一般観光客の立入りを制限ないしは禁止すべきであったとし、そうすれば、事故を回避し得たとも判示しています。

このように、17)清津峡歩道落石事故は、一般観光道であることも国家賠償法2条の瑕疵を認めるひとつの事情としています。
したがって、この事故が、一般観光者の通行しない登山道で発生したものであったのなら、同様な結論に至ったかは不透明だと思われます。
その意味では、17)清津峡歩道落石事故の判決は、一般観光道における落石事故という限定的な場面の判決とも考えられ、登山道での落石事故における登山道の瑕疵を考える際にこの裁判例を参考にすることには慎重であるべきと考えられます。

落石事故における管理者の責任について

上記の 17)清津峡歩道落石事故の判決からしますと、観光道の落石事故に関しては、落枝事故より、瑕疵の認定のハードルが低いように思われます。

また、この 17)清津峡歩道落石事故の判決からしますと、瑕疵の認定を回避するためには、通行者への落石の注意喚起だけでは足らず、具体的な落石防止措置を取ることまで要求されており、その措置を取れない場合は観光道を通行止めにすることまで求められるようです。

また、16) 城ヶ倉渓流落石事故の判決からしますと、登山道においても一定の落石防止および通行止め措置等が登山道の設置・管理者に求められているようにも読み取れます。

しかしながら、上記のように16) 城ヶ倉渓流落石事故の判決も引用しています最高裁判例(最判昭和53年7月4日)では、公の営造物の瑕疵の判断について、
「当該営造物が通常有すべき安全性を欠いているか否かの判断は・・・当該営造物の・・・用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき」
としていることからしますと、登山道か遊歩道かという道の用法の違い、道の場所と利用状況により、同じ状態の道であっても要求される安全の水準は異なると考えられます。

また、冒頭で記事をご紹介しました、14)尾瀬木道枝落下事故と15)奥入瀬渓流落木事故の判決内容の相違からは、やはり一般的な観光地であるか、あるいは、登山者のエリアなのかにより、求められる安全性の水準は異なってくると考えられます。

これらのことから、登山道と一般観光者向けの遊歩道では求められる安全性の水準が異なると考えられます。
そうしますと、仮に一般観光道ではない登山道における落石事故においても、設置、管理責任が生じ得ると考えても、一般観光地の遊歩道とでは求められる落石事故防止措置の程度は異なるものと考えられます。
また、登山道でも、比較的軽装あるいは初心者の登山者の通行が多い登山道と、比較的重装備の経験者の通行が多い登山道では求められる安全性の水準は異なると考えられそうです。

登山道の事故に対する法的責任

登山道の管理者・所有者の責任

ところで、登山道に関しましては、その形状(登山者が通行することで自然に出現したけもの道に近いような道なのか、あるいは、丸太の階段、梯子・鎖の箇所があるような人工的な手が加えられた道なのか)、使用状況(観光道的な意味合いが強いのか、登山用途以外の通行が珍しいものなのか)によっては、そもそも公の営造物と認定し得るのかについて疑問が生じるような場合もあり得ます。

しかし、登山道あるいはブナの木等が公の営造物と認定され、それらに瑕疵が認定されれば、所有者あるいは管理者は損害賠償責任を負うこととなります。

そこで、管理者あるいは所有者は、その責任を回避するためには、結局のところ、管理物あるいは所有物を瑕疵が認定されない状態に維持する必要があることとなり、管理者あるいは所有者は瑕疵が認定されない状態に登山道あるいはブナの木等を維持する責任を負っていると言い得ます。

登山道の事故における国賠法2条1項と1条1項責任

しかし、厳密には、国家賠償法2条1項あるいは民法717条の責任は無過失責任とされており、瑕疵があれば、所有者に過失がなくとも損害賠償責任は認められることとなりますが、民法709条あるいは国家賠償法1条1項の成立には過失が要求されます。

このことから、登山道あるいはブナの木等の瑕疵による国家賠償法2条1項あるいは民法717条の責任と、所有者あるいは管理者が登山道あるいはブナの木等を瑕疵がないように維持する保持義務・管理義務、あるいは注意義務に反することによる国家賠償法1条1項あるいは民法709条の不法行為責任とは一致するとは言えません。

しかし、多くの場合は、国家賠償法2条1項あるいは民法717条の責任と国家賠償法1条1項あるいは民法709条の責任は重なるとも考えられます。
このことは、下記の記事で扱っています14)尾瀬木道枝落下事故の裁判の判決において、国家賠償法2条及び民法717条2項の瑕疵の判断と国家賠償法1条1項の過失の判断が実質的には重なっていたことからも分かります。

登山道あるいはその周辺環境に危険が内在しており、登山者が通過した時にその内在していた危険が現実化して事故が生じた場合に、登山道またはその周辺環境の客観的な危険性に着目して管理者あるいは所有者に責任を求めるのが民法717条あるいは国家賠償法2条1項であり、一方、登山道あるいはその周辺環境を危険な状態にしていたという管理者あるいは所有者の(不作為)行為という主観面に着目して責任を求めるのが民法709条あるいは国家賠償法1条1項であると考えるとわかりやすいと思われます。
同一の事象に対する視点が異なるとも言い得ます。

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