ここでは、まず、降格の有効性判断の基準に触れた上で、降給と減給の違い、降給も事情によっては減給と同様に減額幅について労働基準法91条の制限がありうることなどを解説します。
その後、2回続けて降格処分をされた場合の降格処分の有効性の問題と、降格処分が無効となった場合になし得る裁判上の請求について解説します。
目次
降給をともなう降格を2度続けて受けた場合の問題
Aさんの降格と降給の問題
AさんはX株式会社に入社して20年、2年前には営業所長となり、営業所の売上向上のために尽力してきました。
しかし、1カ月前に所長から課長に降格、更に、今日、係長への降格処分が発令されました。
所長から課長への降格は営業所の売上予算未達が理由とされました。しかし、今回の降格の理由ははっきりしません。
給料は前回の所長から課長への降格により月5万円下がり、今回の降格により更に月3万円下がりました。
営業所の予算見達は30年来の大口取引先の倒産という特殊事情が原因でした。しかしこの売上の減少をカバーするため新規取引先を2件開拓して売上減少を最小限に留めていたことから、最初の降格もAさんにとって納得がいくものでありませんでした。
その上、この3カ月間、一度も月次の予算を下回ったことはなく、トラブルもなかったことから、今回の係長への降格は到底納得出来るものではありません。
降格と降給の有効性判断について
Aさんの降格については、下記の記事で解説していますように、具体的な状況、社内での同様なケースの取り扱い等を考慮して、会社に裁量権の逸脱または濫用が認められる場合には無効と判断されます。
しかし、下記のことから、少なくとも、2回目の降格については、裁量権の逸脱または濫用と認定される可能性が相当程度あり、降格が無効と判断される可能性も高いものと思われます。
そして、降格が無効と判断された場合、2回目の降格により下げられた賃金の減少額(降給分)を未払い賃金として請求できる可能性があります。
その場合、Aさんは訴訟などで、会社に対し、営業所長(あるいは課長)の地位にあることの確認と、給料の降給分を未払い賃金として支払うよう請求することを検討することとなります。
更に、場合によっては、慰謝料の請求が可能となることもありそうです。
同じ給料の減額でも降給と減給は異なります
まず、減給とは、不都合、不適切な行為をおこなった従業員に対する制裁の一種としておこなわれる一時的な(一定期間の)賃金の減額処分を意味します。
この減給については、労働基準法91条により、「一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」と減額幅の制限が規定されています。
一方、降給とは、将来に向かって給与を一定額引き下げるものです。
昇給の対義語となります。
この降給については、上記の労働基準法91条の適用は原則としてありません。
しかし、従来と同一の業務に従事させながら「降給」として賃金額を減額することは、実質的には、制裁としておこなわれる減給と異なず、そのような場合には労働基準法91条の適用もあり得る(昭和37年9月6日基収第917号参照)と考えられています。
このように、具体的事情によっては、「降給」と称しても労働基準法91条の適用があり得ます。
2回の降格と降給が問題となった裁判例
この類型の近時の裁判例としては、解雇された元部長が、解雇無効と、在職中における2回の降格に伴う降給の減額分の賃金支払いなどを求めた事件(東京地判令和2年2月26日)があります。
この裁判において、1回目の降格処分について裁判所は、
本件降格処分1は,原告を・・・部長から同部の一従業員とするという役職・職位の降格であるところ,本件降格処分1の当時,被告においては役職や職務内容・責任等に応じて定められた賃金テーブル・・・が存在し,就業規則・・・や賃金規程・・・とともに,原告を含む従業員らに周知されていたことが認められ・・・役職・職位の引下げに伴って賃金が減額されることが労働契約上も予定されているものであったということができる・・・営業成績は,入社から7か月の売上・利益が0であり・・・自ら設定した目標に到達できていない状況にあり・・・人材開発部部長の職を解かれる本件降格処分1については,相当な理由があるものということができ・・・人事評価権を濫用したということはできない
東京地判令和2年2月26日
と、①社内規則等で降格処分があることが明示されていたこと、②降格処分に相当な理由があったことなどを理由として1回目の降格処分を有効と認定しました。
その上で、
なお,原告は,本件降格処分1が労働基準法91条に違反する旨主張するが,同処分により,原告は人材開発部部長の職を解かれ,その職責や権限には変更があったと認められるから,従来と同一の業務に従事させつつ,賃金額を下げるものであるとはいえず,同条にいう「減給の制裁」には当たらない
東京地判令和2年2月26日
として、同一の業務に従事させつつ,賃金額を下げたものではないから、賃金の金額が下がったことは労働契約法91条に抵触するものではないとしています。
ここでは、上記で触れましたが、同一の業務に従事させながら「降給」として賃金額を減額した場合には労働基準法91条の適用があり得ることから、このような認定をおこなっています。
一方、2回目の降格処分に関しては、
本件降格処分2は・・・職務等級・グレードが下位に変更され,その結果賃金が当然に減額されるものであるところ・・・事情を総合すると,本件減給処分2について相当かつ十分な理由があったといえるか疑問が残る(し)・・・本件降格処分2は,8万円もの賃金減額を伴う本件降格処分1からわずか3か月のうちに新たになされたものであり,降格に伴う賃金減額分が5万0050円に上ることを考慮すると,これを正当化するほどの事情があるとまでは言い難い。また,本件降格処分2は原告の職責や職務内容に変更をもたらすものではないから・・・「減給の制裁」(労働基準法91条)に当たるというべきであり・・・かつ,同条の定める「総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超え」るものに該当するから,同条にも抵触することとな(り)・・・本件降格処分2は,被告の人事評価権を濫用したものとして無効である
東京地判令和2年2月26日
と降格の正当な理由が認められないとしています。
また、2回目の降格では、1回目の降格時と異なり、職責や職務内容は変わっていません。
そうしますと、1回目の降格処分の場合とは異なり、従来と同一の業務に従事させながら「降給」として賃金額を減額しているケースに該当することとなります。
そこで、労働基準法91条の適用があるとした上で、降給による減額幅が労働基準法91条に規定されている制限幅以上であることから同条にも抵触するとしているのです。
このようなことから、2回目の降格、降給処分は無効であると判断されています。
この裁判例からは、降格処分および降給処分の有効性は、
- 複数の処分があった場合は、処分ごとに人事評価権を濫用したかを判断
- 職責や職務内容に変更がない降格処分による降給には労働基準法91条の制約があり、10分の1を超えるような降給は出来ない
ということが分かります。
Aさんの降格・降給の有効性と会社に対し請求できること
Aさんの所長から課長への降格は、具体的な状況及びX社での同様なケースにおける過去の処分状況などを考慮し、裁量権の逸脱または濫用があるかにより、有効性の判断がなされることとなります。
Aさんは課長への降格後わずか1カ月で係長に降格されています。
しかし、2回の降格処分がおこなわれた1カ月の間には、特に降格の対象となる事情は発生していません。
そこで、2回目の降格である課長から係長への降格については、X社の裁量権の逸脱又は濫用が認定される可能性が相当程度あるものと考えられます。
一方、上記の裁判例と異なり、Aさんの場合は、2回目の降格でも職責の変更があることから、2回目の降給に関しては労働基準法91条は適用されず、同条違反の問題は生じないものと思われます。
しかし、2回目の降格処分が無効となれば、降給の根拠もなくなる可能性が高いものと思われることから、降給も無効となりうると考えられます。
そこで、Aさんは会社に対し、
①Aさんが営業所長(あるいは課長)の地位にあることの確認を求めると共に、
②元の地位で支払われていた給与と降格後の給与の差額を未払い賃金として会社に対し支払うよう求め、更に、
③慰謝料の会社への請求等
を検討することとなります。