共同遺言の無効と夫婦連名の遺言書の有効性について

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

夫婦連名の遺言書の有効性の問題

2通の夫婦連名の遺言書の有効性の問題

AさんとBさんは大変仲が良い夫婦で、子ども2人が結婚して家を出てからは、2人で中央線沿線の駅から歩ける山へ出かけることを楽しみにしています。
先日、山からの帰りの電車の中で、「2人共に仕事をリタイアしたし、最近は疲れやすくもなってきているから、遺言書を書いておいた方が良いよね。」という話になりました。2人は共働きをしていましたので、それぞれの名義でそこそこの財産をもっています。
山から帰ってきた翌日、早速ネットで遺言書のサンプル書式を見て、2人の名義の遺産の全ては、2人の子どもに半分ずつ相続させるという内容の遺言書を1通作成し、2人の名前を連名で書いて、印鑑を押し、封緘しました。

CさんとDさんはそこそこ仲が良い夫婦で、子どもはいません。休みの日は時折2人で神保町へ出かけ、書店を覗いて、ついでにカレーを食べたりしています。
二人が住んでいる家は、Cさんが親から相続したもので、Cさん単独名義となっています。
Cさんは自分の死んだ後のことを考え、Cさんの死亡時にはDさんが家を単独で相続するという内容の遺言書を1通作成し、署名・捺印した上で、Dさんにも署名・捺印してもらい封緘しました。

2通の遺言書は有効なのでしょうか。

連名の遺言書の有効性について

上記の連名の遺言書につきましては、下記のように、遺言撤回の自由との兼ね合いから、前者のAさんBさん夫婦の遺言書は民法975条の共同遺言に該当し、無効、後者のCさんDさん夫婦の遺言書は有効と判断される可能性が高いものと思われます。

共同遺言について

1通に連名でかかれた遺言のことを「共同遺言」といい、民法975条はこれを禁じています。
共同遺言は無効となることから、実際に相続が発生した段階では、遺言はなかったものとして扱われ、相続がおこなわれることとなります。

共同遺言が争点となった裁判例

2名の署名・捺印があっても遺言が有効とされた裁判例

それでは、1通の遺言書に形式的に2人以上の署名・押印が存在すると、必ず共同遺言に該当し、その遺言書は無効と判断されるのでしょうか。

遺言者が単独所有する不動産を、長女ひとりに相続させる旨の自筆証書遺言の、遺言者(以下「O」といいます。)の署名押印の左側に「P」の署名及び押印がなされていたというケースにおいて、裁判所は、次のように判示しています。

同条(注:民法975条のこと)が共同遺言を禁止した趣旨は,遺言者の自由な撤回ができなくなり,最終意思の確保という遺言の趣旨が阻害されたり,一方の遺言について無効原因がある場合に他の遺言の効力がどうなるかについて複雑な法律関係が発生するおそれがあるからである。
本件遺言は,その内容をみると,Oがその所有する不動産について,長女Yに相続させるものであって,Pの意思とは関係なく,その後に自由に相続内容を変更や撤回することができるので,遺言者の自由な撤回ができなくなり,最終意思の確保という遺言の趣旨が阻害されたりするとの弊害は生じていない。加えて,Pは何ら遺言の内容を記しておらず,Oの上記不動産の遺言相続を確認しているだけであり,上記の複雑な法律関係が発生するおそれはない。したがって,本件遺言は,同条の趣旨に反することはないので,Oの単独遺言と解釈し,Pが同遺言を確認のために添え書きしたものと理解し,同条に反するものではなく,有効であると認める

東京地判平成24年11月16日

この裁判例では、Pの遺言の意思が書面上に記載されていないことから、Pの署名・捺印を遺言行為と解釈せずに、Oの遺言のみがなされている単独遺言と解釈しています。Pの遺言が遺言書に記載されていないことから、Oは、Pの意思にかかわらず、自由に遺言書の記載内容を変更したり、遺言を撤回することも可能であるから、民法975条の共同遺言に該当しないと判断しているのです。
このように解釈することにより、共同遺言を禁じる民法975条に抵触することを回避し、遺言書を有効なものとすることにより、遺言者の遺志を尊重したものと言えます。

外形的に2名の署名・捺印が存在して遺言が無効とされた裁判例

一方、外形的には、一枚の紙面に、遺言者として夫婦の記名がなされた上で、夫婦の一方が先に死亡したときには、他方が死亡した者の全財産を相続するという内容が記されていた遺言書の有効性が争われた事件があります。
この遺言書は、実際には、夫が妻の名前を記載して作成したものでした。

この事件の1審裁判所は、

・・・本件遺言者は一枚の紙面に遺言者として父・・・、母・・・なる記名があり、遺言が右両名によつてなされた形式をとつているばかりでなく、内容も(夫)が先に死亡したときは(妻)が(夫)の全財産を相続し、(妻)が死亡したときは遺言書記載のとおり被告らに財産を贈与するという、(夫)と(妻)の両者による意思表示が含まれているのであつて、形式、内容ともに共同遺言となつているのである。然るところ被告らは、本件遺言書は(夫)が単独で作成したものであるから(夫)の単独遺言として有効であると主張するのであるが、仮に本件遺言者が(夫)一人によつて作成されたものとしても、右遺言書のうち(妻)の遺言部分のみを無効とし、(夫)の遺言部分を有効と解すべきものではない。けだし(妻)においてその死後(夫)から相続した財産を被告らに贈与するとの遺言がなされないとした場合、果して(夫)がそれでも(妻)に対し全財産を贈与する旨の遺言をなしたか否かは極めて疑わしく、むしろ(妻)が被告らに遺産を贈与するとの遺言をなすが故に(夫)もまた(妻)に財産を相続せしめるとの遺言したと解され得るのであつて、かかる場合のように一方の遺言が他方の遺言によつて左右される可能性のある場合には共同遺言禁止の法意に照らし、自筆共同遺言書の作成がそのいずれかの一人によつてなされた場合でも、民法九七五条の共同遺言に該当するものとして、その遺言全部が無効となるものと解すべきである。以上説示のとおりで本件遺言は、その余の無効原因について判断を加えるまでもなく、共同遺言禁止に触れる無効のものというべきである

大阪地判昭和52年11月30日

と判示し、仮に遺言全体が一方の遺言者により作成されたものであっても、一方の遺言が他方の遺言によつて左右される可能性のある場合には、共同遺言禁止の趣旨から、遺言全体が無効となるとしています。

その後、控訴審では、この遺言書は、夫が独断で作成したものではなく、妻の了承を得て妻の名前を記載したと認めるのが相当とした上で、1審の判断を支持しています。

更に、上告審である最高裁判所も、

同一の証書に二人の遺言が記載されている場合は、そのうちの一方に氏名を自書しない方式の違背があるときでも、右遺言は、民法九七五条により禁止された共同遺言にあたるものと解するのが相当である

最判昭和56年9月11日

と判示しています。

この裁判からしますと、1審判決にありますように、一方の遺言が他方の遺言に影響される可能性のある場合には、やはり、各自の遺言撤回の自由を阻害することを禁止する民法975条の趣旨に反し、共同遺言に該当し、無効となると考えられます。

夫婦連名の遺言書が無効になるのは・・・

上記の2つの裁判の判決からしますと、1通の遺言書に実質的に2人以上の遺言が存在していると言える場合には、遺言撤回の自由を侵害することになりかねないことから、民法975条の共同遺言に該当するものとして、遺言全部が無効と判断される可能性が高いと考えられます。

したがって、上記の2つの裁判からしますと、Cさん、Dさん夫婦の遺言書は有効と判断される可能性が高く、Aさん、Bさん夫婦の遺言書は無効と判断される可能性が高いものと考えられます。

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