退職時の年休買い上げは許されるのでしょうか

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

退職時の年休の疑問

Aさんは退職が決まっていますが、年次有給休暇(以下「年休」といいます。)が20日残っています。
退職後は八ヶ岳山麓へ引っ越すことから、その準備を進めるため、退職前に20日連続して年休を取得するつもりでいました。
しかし、会社から「続けて5日しか年休は取れないよ。年休の残り15日分は買い取るので。」と言われてしまいました。
5日の休みでは八ヶ岳山麓への引越準備をおこなうことができないこともあり、会社の年休の買い上げの話は到底納得できるものではありません。
Aさんはこの年休の買い上げをどのように考えれば良いのでしょうか。

年休の繰り越し、消滅について

年休の付与について

年休は、一般的には、就業規則にしたがい、勤務継続期間により決められている日数を年度初めに付与されることとなります。
付与される年休の最低日数は、労働基準法39条1項~3項に規定されています。

年休の繰り越しについて

しかし、付与された年休は当該年度内の1年で消化できないこともあります。
年休を消化できなかったときの残日数の扱いにつきましては、東京地判平成9年12月1日において、

当該年度に消化されなかった年休については、当該年度中に権利を行使すべき旨を定めた法令の定めは存しないし、労働者に休息、娯楽及び能力の啓発のための機会を確保し、もって健康で文化的な生活の実現に資するという年休制度の趣旨に照らし、翌年度に繰り越され、時効によって消滅しない限り、翌年度以降も行使できるものと解すべきである。

東京地判平成9年12月1日

と判示されています。
このように、年度初めに付与された年休は、年度内に消化されないときには、未消化の残日数は次年度に繰り越されることとなります。

未消化の年休の時効消滅について

未消化の年休は次年度に繰り越されると考えられていますが、上記に引用した東京地判平成9年12月1日においても「翌年度に繰り越され、時効によって消滅しない限り、翌年度以降も行使できるものと解すべき」と判示されているように、年休も時効により消滅すると考えられています。
この年休の消滅時効期間は、労働基準法115条により、2年間と考えられています(昭和22年12月15日基発501号参照)。
年度初めに年休が付与される場合、付与された年度初日から年休取得が可能となります。
そこで、その場合、付与された年度初日から2年経過する翌年度末日で時効消滅することとなります。

年休に関しましては、下記の記事でも扱っていますので参考にしていただければと思います。

時季指定権と時季変更権

労働基準法39条5項では、年休の取得時期に関して、

使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

労働基準法39条5項

と規定しています。

この条文のように、労働者が年休の取得時期を自由に決めることができるのが原則(「時季指定権」といいます。)ですが、同項の但書のように、会社も「事業の正常な運営を妨げる場合」には、年休取得日の変更を求めることができ(「時季変更権」といいます。)、単に「その日の年休取得は認めない」とするものでも良いとされています。

この労働基準法39条5項からしますと、Aさんは、年休20日の取得時期を指定することが出来ますが、その時期にAさんが20日間年休を取得することにより、会社の事業の正常な運営が妨げられるような事情があれば、会社は、その取得時期を承認しないことが出来そうです。
そうすると、会社の言うように、「5日しか年休は取れないよ」ということも出来るように思われます。

退職時の時季変更権と年休買い上げの問題点

Aさんの場合の問題の所在

しかし、ここで問題なのは、

  1. そもそも年休の買い上げが許されるのかということと、
  2. Aさんの場合、退職時期が迫っていることから、年休を別の日に取得できなくなるとも考えられ、そのような場合にまで会社が時季変更権を行使してAさんの年休取得を認めないことが出来るのか

ということです。

年休の買い上げは許されるのでしょうか

まず、1の年休の買い上げの問題ですが、上記の通り、労働基準法39条5項で「使用者は・・・有給休暇を・・・与えなければならない」としていることから、金銭を代わりに与えるだけでは「有給休暇を・・・与え」たことにはならないと考えられ、年休の買い上げ予約をし、年休の日数を減らしてしまうことは法律違反であるとされています(昭和30年11月30日基収4718号参照)。
ただし、年休の買い上げにより従業員が任意に有給休暇を取得することができないようにすることは認められませんが、従業員の任意により退職時に未消化となった年休を買い上げることは許されると考えられています。

そこで、Aさんの場合においても、会社が年休の15日分を買い上げることも事情によっては許されることとなりそうです。

退職時にも年休を買い上げることができるのでしょうか

次に2の退職時に代わりの日に年休を取得できなくなるような場合にも会社が年休取得を承認しないことが出来るかという点ですが、類似事例に関するものとして、少し古いものですが昭和49年1月11日基収5554号があります。

 (問)
 駐留軍従業員の年次休暇については、1月1日を基準として暦年を単位として整理している場合に、15年間継続勤務し、かつ、前年全労働日の8割以上勤務した労働者の場合、労働基準法によれば20日の年次休暇の権利を有するが、その者が、当該年の1月20日付で解雇される場合について、使用者は通常の場合と同様の時季変更権の行使ができるか。

(答)
 設問の事例については、当該20日間の年次有給休暇の権利が労働基準法に基づくものである限り、当該労働者の解雇予定日をこえての時季変更は行えないものと解する。

昭和49年1月11日基収5554号

この事例は、解雇の場合の話なので、任意退職、定年等による通常の退職の場合に当てはまるかは疑問がないわけではありません。
しかし、一般的には、退職者が年休の消化ができなくなるように会社が時季指定権を行使することは、労働基準法39条の趣旨からも許されないと考えられています。

業務引継と時季指定権の関係について

就業規則で退職時の業務引継義務を明記している場合が多く、一般的には退職予定者も業務の引継をおこなう必要があります。
通常の退職の場合であれば、引継等の理由で年休の取得時期の調整が必要なときには、引継の日と年休取得日の調整をすることにより、年休消化が出来ないような状態に陥ることを回避することが可能な場合もあります。

Aさんの場合も、引継の関係で希望する20連休には出来なくとも、取得時期を変更すれば残りの年休を消化できるような時期に今回の話があったのであれば、事情によっては、会社が5連休しか認めないことも時季変更権の正当な行使となり得ると考えられます。
そのような場合は、Aさんが八ヶ岳転居の作業日程を調整することとなりそうです。

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