目次
遺産の問題点
被相続人が亡くなったが
- 遺言が残されていない場合
- 遺言があっても各相続人の遺産(相続財産)の(一部の)相続割合を指定する内容の場合
などでは、具体的にどの相続人が被相続人(亡くなった方)のどの財産を相続するかは明確ではありません。
このようなときには、遺言執行手続きとして、あるいは遺産分割協議により、具体的にどの相続人がどの遺産を相続するかを決めることとなります。
この遺産分割の前提としては、
- 具体的な相続人
- 遺産分割の対象となる遺産(相続財産)の範囲
などが問題となり得ます。
具体的な相続人については、遺言が残されている場合には、遺言により相続人が決まります。
一方、遺言が残されていない場合は、民法の規定に従い相続人(法定相続人)と各相続人の相続分(法定相続分、相続割合)が決まります。
この法定相続人と法定相続割合につきましては、下記のブログ記事を参考にしていただければと思います。
相続財産については、遺言が残されている場合、遺産のリストである相続財産目録が遺言に添付されていることもありますが、その目録が全ての遺産を網羅しているとは限りません。
また、遺言が残されていても各相続人の相続割合を指定する内容の場合は、必ずしも相続財産目録が添付されているわけではありません。
したがって、遺言が残されていても遺言が残されていなくても、遺言の執行あるいは遺産分割協議をおこなう際に遺産の範囲が問題となります。
相続財産の範囲
相続財産の範囲の原則と祭祀財産の扱い
生命保険金の遺産該当性
生命保険金と遺産の関係については、平成14年11月5日の最高裁判所の判決において、
自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるものということもできないと解するのが相当である。けだし、「死亡保険金請求権は、指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産を構成するものではないというべきであり(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)、また、死亡保険金請求権は、被保険者の死亡時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく、被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって、死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできないからである。保険金受取人としてその請求権発生当時の相続人たるべき個人を特に指定した場合には、右請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているものといわねばならない
最判平成14年11月5日
と判示されています。
この判決では、生命保険契約の被保険者、契約者が共に被相続人であったとしても、受取人として指定されている人(相続人)が固有の財産として被相続人の死亡時に死亡保険金の請求権を取得するとしています。
保険金請求権が被相続人の死亡時の財産となり、遺産の一部を構成するものではないとしているのです。
したがって、上記のケースでも、母親が加入していた生命保険金は遺産に含まれるものではありません。
死亡保険金請求権は、母親の死亡時に最初から姉を権利者として発生する権利であり、母親の財産ではないことから、遺産ではありません。
したがって、死亡保険金請求権は遺留分侵害額請求の対象とはならず、弟は遺産を何ら受け取ることが出来ないのが原則となります。
しかしながら、最高裁判所の平成16年10月29日の決定では、
・・・死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当
最決平成16年10月29日
として、死亡保険金請求権が特別受益に準じた持戻しの対象となる余地があるとしています。
ただし、この決定の事案では、「特段の事情」があるとまではいえないとし、「特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない」としています。
その他の遺産に含まれない権利について
尚、判例上、従業員が死亡した時に会社から支給される死亡退職金も遺産には含まれないとされています。
また、遺族年金、弔慰金なども遺産に含まれないとされています。
このように遺産に含まれないものは、遺産分割時に分割対象の財産としては考慮されないこととなります。
名義預金の遺産該当性
名義預金について
亡くなった被相続人が子や孫の名義等で預け入れていた預金は名義預金といい、相続税の税務調査で問題となることが少なくありません。
また、遺産分割の際にも、一部の相続人から、相続人名義の預金が名義預金に該当するとして、その預金は遺産に含まれるものであると主張されることがあります。
更に、遺品の中から相続人名義の預金通帳が出てきた時も、その預金通帳の預金が名義預金に該当するかが問題になることがあります。
名義預金の遺産分割時の問題点
このように遺品の中から相続人名義の預金通帳が出てきた時には、
- 預金者(預金が実質的に帰属する者)は預金通帳の名義人である相続人なのか、亡くなった被相続人なのか
- 被相続人が預金者とした場合、被相続人の生前に名義人に対し贈与されていたものなのか
が問題となり得ます。
特に1に関しては、子や孫の名義で被相続人が預金することもありますし(近時は減少していると思われますが)、被相続人が子の預金通帳を預かっている場合もあります。
預金者が誰になるかという点につきましては、名義人が誰かではなく、預金の原資を実際に負担した出捐者が誰であるかにより判断する客観説が通説であるとされています(最判昭和52年8月9日参照)。
このことから、被相続人が子や孫の名義で預金していた場合、実質的な預金者は被相続人として扱われます。
しかし、実質的な預金者が被相続人であったとしても、生前に贈与されたと考える余地もあります。
仮に生前贈与されたものとされた場合、改正相続法では10年以内の贈与分(遺留分を侵害することに贈与者・受贈者共に悪意であった場合は10年超のものも)は遺留分の算定時に考慮されることとなります(民法1043条、1044条参照)。
この名義預金の問題は遺産分割協議時に争われるケースも多く、多くの裁判例があります。
遺産との関係で例外的な財産
このように、被相続人名義の財産、あるいは被相続人が締結していた各種契約から発生している財産(債権)すべてが遺産に含まれるものではありません。
一方、被相続人名義ではなくても遺産として扱われるものもあります。
遺産分割の対象とならない相続財産
これまで、特定の財産が遺産に含まれるかについて説明してきましたが、そのほかに、遺産でありながら遺産分割の対象とならない財産があります。
このような遺産として、可分債権があります。
遺産の中でも、被相続人が権利者であった貸付金債権、売掛金債権などの可分債権は、相続開始と同時に法定相続分の分割債権となり、各相続人が各々の法定相続分で分割された債権を単独で取得することとなります。
このように、可分債権は相続開始と同時に法的に分割されることから、共有状態は生じず、遺産分割の対象とはなりません。
しかし、相続人全員の合意により遺産分割の対象とすることは可能です。
尚、預貯金につきましては、可分債権としては扱われず(相続開始時に当然分割されるものではなく)、遺産分割の対象となります。