業務上の訓練・研修時の安全配慮義務とはどのようなものでしょうか

安全配慮義務について

安全配慮義務とは

安全配慮義務とは、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」(最判昭和50年2月25日(下記に引用)) のことです。
この安全配慮義務に違反した場合、相手方に対し、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことがあります。

労働契約法5条の安全義務違反について

労働契約法5条では、

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

労働契約法5条

と使用者(会社等)が労働者(従業員)に対し、この安全配慮義務を負うとされています。

同条は、労働解約法の総則部分に規定されており、要件・効果(例えば、ある行為がなされると損害賠償請求権が発生する場合の、「ある条件」が要件、「損害賠償請求権が発生する」ことを効果といいます。)は具体的に定められてはおらず、同法の6条以下の各則部分にも詳細な規定は設けられていません。
これは、安全配慮義務の内容に関しては、判例の集積に委ねるものだと考えられています。

安全配慮義務の内容は、大きく分類しますと、

  1. 労働者が利用する施設・生産設備などを整備する義務
  2. 安全を確保するため適切に人的管理を行う義務

となります。

安全配慮義務が認められるにいたった経緯

安全配慮義務に関しましては、労働契約法の制定以前(労働契約法5条が存在していなかった頃)、自衛隊員が公務(職務)中に死亡した事故の裁判(最判昭和50年2月25日)の判決において、

・・・国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきで・・・安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきもので・・・右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの・・・

最判昭和50年2月25日

と判示されました。

この判決以降、職務中の事故に関しては、使用者に対しては、民法709条の不法行為責任に基づく損害賠償請求、民法717条の工作物責任に基づく損害請求以外、この最高裁の判例法理に基づき、安全配慮義務違反に基づく損害請求もおこなわれるようになりました。

その後、労働契約法が制定され、同法5条において、この判例法理が明文化されました。

安全配慮義務の適用範囲と優位性

安全配慮義務の適用範囲は広がり、労働契約関係にある使用者と労働者の間のみではなく、旅行会社とツアー参加者、各種施設と施設利用者、学校と生徒・学生など他の「特別な社会的接触の関係に入つた当事者間」にも適用され得るようになりました。

令和2年の民法改正以前は、不法行為責任に基づく損害賠償請求権の消滅時効は3年であったのに対し、安全配慮義務違反は債務不履行責任であることから、その損害賠償請求権の消滅時効は10年とされていました。
そこで、損害賠償請求訴訟を提起する段階で事故発生から3年経過していたような場合、安全配慮義務違反により損害賠償請求をおこなう実益がありました。

しかし、民法改正により、不法行為責任と安全配慮義務違反の消滅時効は変わらなくなっています。
また、訴訟上で要求される立証の内容・程度は実質的には異ならない場合が多いと考えられます。
そのこともあり、多くの場合、いずれの法的構成を採用しても、損害賠償請求が認められる可能性には大差がないといわれています。
ただし、損害として主張できる範囲には多少の差はあります。

尚、安全配慮義務違反と不法行為責任に基づく請求を併合する場合もあります。
しかし、その場合でも損害賠償が二重に認められるわけではありません。一方の請求が認められると他方の請求の判断はなされないのが通常です。

消防士の死亡事故裁判における安全配慮義務の範囲について

業務に内在する危険性と安全配慮義務の水準

使用者が労働者に対し負う安全配慮義務の内容は、どの業務に関しても同じなのでしょうか。

この点に関連して、消防士が消防救助技術指導大会の練習中、足場を踏み外し転落して死亡した事故について、安全配慮義務が争われた裁判があります(宮崎地判昭和57年3月30日)。
同事件の裁判において、裁判所は、

安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる具体的状況によつて異なるべきもので・・・消防職員などのように業務の性質上危難に立ち向いこれに身を曝さなければならない義務のある職員は、業務上右義務の現実の履行が求められる火災現場の消火活動(消防法六章)、人命救助など現在の危難に直面した場合において使用者である地方公共団体に自己の身を守るべき安全配慮義務を強く求めることはできない。しかし、これと異なり通常の火災予防業務(消防法第二章)、一般訓練、消防演習時(消防組織法一四条の四第二項、消防礼式基準二二五条三号)などのように前示危難の現場から遠ざかれば遠ざかる程安全配慮義務が強く要請されるのであつて、要するに危難との距離と安全配慮義務の濃淡とが相関関係にあると考える

宮崎地判昭和57年3月30日

として、安全配慮義務の程度は職務に内在する危険性との関係で異なってくるものとしています。

訓練時の安全配慮義務

そこで、具体的職務において、使用者がどの程度の安全配慮義務を負っているのかが問題となります。

この点に関連して、労作性狭心症の診断を受けていた消防士(以下「A」といいます。)が、消防本部が実施した耐寒訓練である1月末の朝熊山登山において、歩行中に突然倒れ、脈拍と呼吸が停止したことから、人工呼吸、心臓マッサージを施すなどして救急車で病院に搬送したものの、約1時間半後に死亡した事故の裁判(津地判平成4年9月24日)があります。
この事件の判決において裁判所は、

被告(消防士が勤務していた地方公共団体)は、労働基準法四二条、労働安全衛生法二三条等に基づき・・・安全配慮義務を負っていた・・・が、被告は、・・・療養休暇に際しAから「労作性狭心症上記病名のため、約一か月の間安静加療を必要と認む。」などと記載された診断書と病気休暇願を数度受け取り、同じく職場復帰の際には、「不安定狭心症上記疾病にて治療、胸部痛等の症状が改善したので軽作業等の勤務は可能と思います。」と記載された診断書を受け取り、同人の健康状態について充分把握していたにもかかわらず、右職場復帰の際に、同人から「結果的には診断書のとおりでありますが、業務逐行について何ら支障もないと思われ万一の場合も私自身で責任を負いますのでよろしく御配慮下さい。」と記載された職場復帰願を提出させ、職場復帰後の同人の疾患に応じた健康管理を放棄し、被告消防本部が定めた「・・・消防衛生管理要綱」に従った適切な措置をとることを怠った。また、被告は、・・・消防本部及び消防署の全職員を対象とした厳寒期における特別の訓練である登山を実施するのであるから、事前に・・・・全職員について健康を入念にチエツクすべきであり、具体的には、Aについてはその主治医に連絡をとるなどをしなければならないのに、それを怠った。・・・以上のとおり、被告は、亡勇の職場復帰後及び本件訓練前の健康管理に関し十分な配慮を怠り、その結果参加させるべきでない本件訓練に同人を参加させたのであるから、同人に対する安全配慮義務違反があり、亡勇の死亡により生じた損害を賠償する責任がある

津地判平成4年9月24日

と判示しています。

この事故は、上記の宮崎地判昭和57年3月30日が述べるところの「火災現場の消火活動、人命救助など現在の危難に直面した場合」ではなく、危難の現場から離れた訓練の機会に発生したものでした。
そこで、地方公共団体に対し、高度の「生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき」安全配慮義務が課されたのだといえそうです。

上記の宮崎地判昭和57年3月30日の引用部分は、職務に内在する危険性に対するコントロール可能性と使用者の労働者に対する安全配慮義務との相関関係について述べたものと言い得ます。
一方、宮崎地判昭和57年3月30日は、その両者間の相関関係の程度を具体的に明らかにしているものと言えそうです。

業務上の訓練・研修の場での事故と安全配慮義務

この2つの裁判例からしましても、使用者が負う安全配慮義務の水準は職務の危険性により異なると考えられます。
労働者が担う職務に内在する危険性が大きい場合、使用者が負う安全配慮義務の水準は低い傾向があり、内在する危険性が小さければ、使用者は高い水準の安全配慮義務を負う傾向があります。

消防隊員、自衛隊員、警察官などの場合、その本来的職務は内在的に危険をともなうものであることから、本来的業務においては、使用者である国、地方公共団体が負う安全配慮義務の程度は、一般的な公務員に対するものと比べて低いものとなります。
しかし、消防隊員、自衛隊員、警察官などでも、本来的業職務ではなく、訓練・研修時においては、国・地方公共団体も一般的な水準の安全配慮義務を負うものと考えられます。

このことは、一般企業においても妥当し得るものと考えられます。
通常業務が危険業務であっても、業務上の訓練、研修の場では、使用者に求められる安全配慮義務の程度は、通常業務時より高いものとなり得ます。
職務上の訓練、研修の場では、労働契約法5条の「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮」をすることを怠ったとして、安全配慮義務違反が認定され、使用者が損害賠償責任を負う範囲は広くなるものと考えられます。

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