業務中の自然災害による事故と安全配慮義務

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

業務中の自然災害事故における使用者の責任の問題

Xさんの会社は、新規事業としてアウトドア関係の商品の取り扱いをはじめることとなりました。
Xさんは、そのアウトドア商品を取り扱う部門に異動となり、業務命令で担当部門の他の社員と一緒に北アルプス山間部のキャンプ場へ商品教育の一環としてテント泊に出かけました。
ところが、そのテント泊した日の夜中、大きな岩が落ちてきて、テントに直撃、中で就寝していたXさんは大けがをおってしまいました。
テント泊を計画した商品教育の責任者でもあるYさんは、キャンプ場に危険がないことをネットで調べ、教育訓練を計画していました。
しかし、そのキャンプ場は、岩が露出した山の急斜面から細い道一本だけ隔てたところにあり、このところ雨が続いており地盤も弱っていました。
尚、テントはYさんの指示により、テント場の山側の場所に張ることとなりました。
落石はめったにない自然災害なので、会社に対しては何も言えないだろうとXさんはあきらめ気味です。
Xさんは会社に対して何も言えないのでしょうか。

このXさんのような場合、下記のようなことから、安全配慮義務違反を会社に対し主張できる可能性があります。

自然災害が絡む事故の安全配慮義務について

ここでは、安全配慮義務がXさんの事故でも認められないかを、自衛隊の訓練時に発生した自然災害による事故の判決をみながら考えてみます。
尚、安全配慮義務については、下記の記事で解説しています。

野外訓練中の事故において安全配慮義務が問題となった裁判例

今回みますのは、昭和40年代初頭の7月に奥多摩の小河内貯水池脇の広場において、新隊員訓練の一環として野営訓練のためテントを張り、自衛隊員が就寝していたところ、午前1時に野営地から国道を隔てた場所に急勾配でそびえていた高さ約80mの山から重さ2tほどの岩石が落ち、テントに飛び込み、これにより就寝していた自衛隊員(以下「A」といいます。)が顔面を強打され、病院へ搬送する途中で死亡した事故です。
この事故では、次のように述べて安全配慮義務違反を認定しています。

野外訓練場・・・を選定するに際し・・・訓練幹部が現地を調査・・・野外訓練実施部隊長も事前に同地に赴いてはいるが、その調査は、迅地で付近の状況を観察し、同地の管理事務所で事情を聴取したという程度で・・・(野外訓練地とした広場は)一般に開放されている場所で・・・山には具体的に差し迫った落石の危険を推知せしめるような徴候はなかったと認められるので、広場の使用の態様いかんによっては右の程度の調査でも十分と考えられるが、もともと大麦山は道路脇のかなり急勾配の山で・・・落石の心配のないような山ではなかった上に、当時は降雨量がさほど多くなかったとはいえ梅雨のため地盤がゆるんでいたと推認しうる時期で・・・山麓で野営をしようとする以上、前認定のような簡単な調査をしただけでは安全管理上の注意義務を尽したとは言えない・・・山の表面部の状況を調査するためには・・・広場側斜面を実に踏査するか、樹木下草の繁茂のためそれが困難であったとすれば、山の勾配の程度、当時は梅雨明け直後で訓練当日およびその前数日間においても降雨があったこと等から、少くとも落石の危険を避けて天幕の展張位置をもっと小河内貯水池側に寄せる等の措置を講ずべきであったものと言わざるをえない

東京地判昭和52年11月29日

この認定は、野外訓練をする際に使用者あるいは訓練実施責任者が事前に調査すべき範囲を示していると言えます。一般的にテント場とされていたとしても、地形・天候による自然災害の危険性等を独自に必要な範囲の調査をすることが求められていると言えます。
この点は、上記の記事でみました消防士の訓練中の事故の裁判において、訓練参加者の健康状態に配慮する義務が認定されていたことからすれば(津地判平成4年9月24日)不思議ではありません。

転職予定者の逸失利益算出の問題

尚、この裁判では死亡したAの逸失利益について、自衛隊員として定年まで就労したとして算出するのではなく、Aが一定期間経過後には転職することを希望していたことを重視し、

Aは高校を卒業し、自ら進んで自衛隊に入隊し、将来の希望としては自衛隊で技術を身に付け、ある程度の期間勤務した後退職して民間会社に就職するつもりであったことが認められる(が、)・・・事故当時満二〇歳であり、自衛隊に入って四箇月余しか経過しておらず、同人の将来の転職の希望等も併せ考えると、到底その将来を予測することは不可能で・・・将来にわたる同人の職業を自衛隊員として固定し、その昇給昇格をも見込んだうえ同人の給与、退職金の逸失利益を算定することは相当ではなく・・・労働省統計情報部作成「賃金センサス」(企業規模計、旧中、新高卒)を使用し、給与についての逸失利益を認める方が妥当である

東京地判昭和52年11月29日

と判示しています。

これは、事故当時のAの20歳という年齢及び自衛隊員としての勤務年数等から、翌年以降は「賃金センサス」を使用して逸失利益を算定するとしたものです。
事故時の被害者の実際の給与が賃金センサス以下であるからといって、必ず賃金センサスを使用することとなるものではありませんが、Aの場合は転職する蓋然性が高いと考えられたからだと思われます。

判決からみるXさんの権利

この裁判の判決からしますと、Yさんが、現地を視察などすることなくネット情報のみで訓練場所を決め、更にキャンプ場内で落石の危険性が高い山側にテントを張っていることから、Xさんは安全配慮義務違反を会社に対して主張することも可能だと思われます。

このように、直接の原因が自然災害である事故においても、当該自然災害を回避しうる合理的可能性がある場合は、安全配慮義務違反が認定される余地はあります。

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