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遺言内容と異なる遺産分割の問題
被相続人が遺言を残している場合、遺言内容と異なる遺産分割をおこなうことは可能なのでしょうか。
例えば、母親が被相続人、相続人が子2人(兄と妹)のみであり、遺言は、兄に不動産を全て相続させ、その他の財産を半分ずつ相続させるという内容になっていたとします。
しかし、兄妹が遺言と異なり、全ての財産を半分ずつ相続するという内容の遺産分割協議を成立させた場合、この遺産分割協議は有効なのでしょうか。
このようなケースでは、
- 遺言を知った上で遺産分割協議がなされた場合
- 遺言が存在することを知らずに遺産分割協議をおこなった場合
とが考えられます。
遺言を知りながらおこなった遺産分割協議の有効性
遺言を知りながら、合意の上、遺言の内容と異なる遺産分割方法を採用することは可能とされています。
そこで、遺言を知りながらおこなう遺言内容と異なる遺産分割協議は有効となります。
上記の例の兄妹が母親の遺言を知った上で、遺言と異なり、全ての財産を半分ずつ分けることで合意し、遺産分割協議書を作成した場合、遺産分割協議の内容通り全ての財産は半分ずつの割合で相続されることとなります。
遺言の存在を知らずにおこなった遺産分割協議の有効性
遺言を知った後に追認があった場合
それでは、兄妹が遺言の存在を知らずに遺産分割協議をおこなっていた場合、どうなるのでしょうか。
兄が分割協議後に遺言書の存在およびその内容を知っても「兄妹なのだから半分ずつ分けるべきで、それがよい。」と言って納得している場合は、遺産分割協議への追認があったとも考えられます。
このような場合は、事前に遺言の存在を知っていた場合と同様に遺産分割協議は有効となり、兄妹は全ての遺産を半分ずつ分けることとなります。
相続人が錯誤を主張した場合
一方、兄が「遺言を知らなかったのだから錯誤で遺産分割協議を取り消す。」と主張した場合はどうなるのでしょうか。
これに関連した判例として、相続人らが被相続人の遺言の存在を知らずに、相続人のひとりが単独で相続財産の土地を相続するという内容の遺産分割協議をしたという事案の裁判があります(最判平成5年12月16日)。
この裁判において最高裁判所は次のように判示しています。
相続人が遺産分割協議の意思決定をする場合において、遺言で分割の方法が定められているときは、その趣旨は遺産分割の協議及び審判を通じて可能な限り尊重されるべきものであり、相続人もその趣旨を尊重しようとするのが通常であるから、相続人の意思決定に与える影響力は格段に大きい・・・(本件)遺言は、本件土地につきおおよその面積と位置を示して三分割した上、それぞれを被上告人、上告人・・・及び同・・・の三名に相続させる趣旨のものであり、本件土地についての分割の方法をかなり明瞭に定めているということができるから、上告人・・・及び同・・・は、・・・遺言の存在を知っていれば、特段の事情のない限り、本件土地を・・・が単独で相続する旨の本件遺産分割協議の意思表示をしなかった蓋然性が極めて高いものというべきである・・・これと異なる見解に立って、右上告人らが・・・遺言の存在を知っていたとしても、本件遺産分割協議の結果には影響を与えなかったと判断した原判決には、民法九五条の解釈適用を誤った違法があり、ひいては審理不尽の違法があって、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この趣旨をいう論旨は理由がある・・・
最判平成5年12月16日
この判例の趣旨からしますと、遺言の存在を知らずに遺言と異なる遺産分割協議を成立させていたような場合、遺言の存在を知っていれば、相続人も遺言の内容を尊重するのが通常であると考えることとなります。
そこで、このような場合、特段の事情がなければ遺産分割協議の意思表示には錯誤が認められ、遺産分割協議は取り消され得ると考えることとなります。
したがって、上記の例では、遺言の内容を事前に知っていたのであれば、兄は全てを半分ずつにするという遺産分割協議に応じなかったと考えられます。
そこで、錯誤が認められ、遺産分割協議は取り消され、遺言の内容に従い遺産を分けることになりそうです。
遺言を隠しておこなった遺産分割協議の有効性
上記の例で妹が遺言書を隠していたような場合、民法891条5号の相続欠格者に該当し、妹は相続人の資格を失うこととなりえます。
その場合、相続との関係では、相続開始時に妹は存在しないものと扱われます。
そこで、不動産以外の遺産の半分についても相続できないこととなります。
ただし、その場合でも、妹に子がいたような場合、妹の子が代襲相続人として妹の相続分を妹に代わり相続することとなります。
尚、相続欠格者と代襲相続人については、下記の記事で扱っていますので参考にしてください。
遺言内容と異なる遺産分割への遺言執行者の関与
ところで、相続人が遺言と異なる内容の遺産分割協議をおこなったときに、遺言執行者が選任されていた場合、遺言執行者は遺産分割協議について異議を唱えることは出来るのでしょうか。
これに類似した事案の控訴審判決として、東京高判平成11年2月17日があります。
この事件では、遺言書上、不動産を相続人の1人に相続させ、その他の遺産を残りの相続人3人に等分に相続させることとされていましたが、それと異なる内容の遺産分割協議を相続人が成立させました。尚、この事件では、遺言執行者が選任されていました。
遺言執行者が遺産分割協議の無効確認を求め提訴したこの裁判の控訴審において、裁判所は、
・・・Aが遺贈を放棄したことにより遺産に復帰し、遺言執行の対象から除外され、改めて被控訴人らの遺産分割協議によりその帰属者が定められるべきものとなったのであり(本件遺言ではAが遺贈を放棄した場合の措置を何ら定めていない。)、その余は、本件遺言の効力の発生(Bの死亡)と同時に、本件遺言のとおり、被控訴人ら各自に相続により確定的に帰属したものと解されるから、いずれも遺言の執行の余地はなく、控訴人が遺言執行者としてこれに関与する余地はないものといわざるを得ない
東京高判平成11年2月17日
として、遺産分割協議に先立ち、遺言による遺贈は放棄されており、遺言執行の余地はないことから、遺言執行者も相続に関与する余地はないとしています。
そして、その時の遺産分割協議に関しては、
・・・本件遺産分割協議は・・・土地についての遺産分割の協議とともに、その余の遺産について被控訴人ら各自が本件遺言によりいったん取得した各自の取得分を相互に交換的に譲渡する旨の合意をしたものと解するのが相当であり、右の合意は、遺言執行者の権利義務を定め、相続人による遺言執行を妨げる行為を禁じた前記民法の各規定に何ら抵触するものではなく、有効な合意と認めることができる
東京高判平成11年2月17日
としています。
ここでは、問題となっていた遺産分割協議において、新たに分割の対象とされたのは、遺贈が放棄され遺産に戻った土地のみととらえています。その他の部分は、遺産分割がなされたのではなく、既に相続されたものを相続人間で交換したに過ぎないとしています。
このように考えますと、被相続人(遺言者)の死亡と同時に土地以外の遺産は相続人に確定的に帰属したこととなります。一方、遺贈が放棄された時の土地の取り扱いは遺言書に書かれていない以上、土地の処分は遺言の執行とは関係ないこととなります。
そこで、遺言執行者は遺産の処分に関する権限を何ら有していないと判断されたものと考えられます。
そして、遺言執行者が遺産に関し何ら権限がない以上、遺産分割協議の無効確認を求める利益も存在しないこととなります。
このように、遺言が存在した時でも、遺産分割協議がなされ遺言執行の余地がなくなったような場合、遺言執行者は遺産に関する権限を有しないこととなり、遺産分割協議の無効確認を求める利益も存在しないこととなります。
まとめ
上記のように、遺言の存在を知らない状態でおこなわれた遺言内容と異なる遺産分割協議は、錯誤により取り消され得ることとなります。
しかし、遺言の存在を知りながら遺言内容と異なる遺産分割協議が成立している場合、遺産分割協議は有効となります。
尚、相続人が意思の瑕疵なく(錯誤が認定されないようなケースでは)遺言と異なる内容の遺産分割協議を成立させ遺言執行の余地がなくなったような場合、遺言執行者はこれに対して異議を申し立てることが出来ないものと考えられます。