入社前の賃金提示額を試用期間中の評価により減額できるのでしょうか

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

試用期間の評価から本採用後の賃金を減額出来るのでしょうか?

試用期間終了後の賃金を引き下げるといわれたが・・・

Aさんは、X社に期間の定めのない正社員の営業マネージャーとして転職しました。
ところが、試用期間の3カ月があける直前、会社の人事に呼ばれ、「期待していたパフォーマンスを上げていないので、契約上、賃金は月30万円となっていたが、来月の本採用後からは月25万円に引き下げる。」といわれました。
Aさんは納得できません。

会社は一方的に減額はできません

しかし、このような場合、下記のことから、X社は、Aさんが賃金の減額に合意しない限り、賃金を減額することは出来ません。
AさんはX社に対し、入社前に合意した金額の賃金を本採用後に支払うよう求めることが出来ることとなります。

試用期間の法的位置づけ

採用時に3か月~6か月程度の試用期間を設けるのが一般的ではあります。
この試用期間の長さには特に制限は設けられていません。
しかし、あまり長期にわたる試用期間は、公序良俗違反として無効とされる場合があります。

最高裁の判例(最判昭和48年12月12日参照)等から、試用期間開始時に労働契約(有期雇用でなければ、期間の定めのない労働契約)は成立するものとされています。しかし、試用期間のある契約には、会社がその試用期間中に不適格であると認めた場合に契約を解約し得るという解約権が留保されているととらえられています。
このように、法的には、試用期間付きの労働契約は「解約権留保付労働契約」であると考えられていますが、試用期間中も労働契約は成立しています。

試用期間中の賃金について最低賃金法を確認しておきます

上記のように、試用期間中も労働契約は成立していますが、試用期間中の賃金を本採用後の賃金より低く設定しているケースもあります。
ただし、試用期間中の賃金も最低賃金法の適用を受けていますので、原則として最低賃金以上の金額でなければなりません。
しかし、最低賃金法施行規則5条・最低賃金法7条2号により、試用期間中に関しては、最低賃金額の8割の金額まで引き下げることが可能となっています。尚、この減額を行うには、労働基準監督署の最低賃金の減額の特例許可をもらう必要があります。

それでは、試用期間終了時に本採用後の賃金額を減額できるのでしょうか

どうして問題となるのでしょうか?

次に、試用期間終了時に本採用後の賃金を減額できるのか考えてみます。
試用期間のある労働契約には、上記の通り解約権が留保されており、会社は試用期間中に従業員を辞めさせることが出来ます。このように辞めさせることが出来るのなら、賃金を減額することも出来そうに思われます。

入社前に労働契約は成立しています

しかし、上記の通り、試用期間開始時に、Aさんの賃金の具体的金額もX社との間で合意され、その金額がAさんとX社の間の労働契約の内容となっています。したがって、契約の一当事者であるX社が、一方的に、契約内容である賃金額を従業員の不利益に変更することは許されません。
したがいまして、従業員の同意を得ない限り減額変更は出来ないこととなります。

試用期間中の解雇についても確認しておきます

試用期間中の解約権行使に関する判例を押さえておきます

ところで、試用期間中の解約権の行使について、前記の最判昭和48年12月12日で、

・・・留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず・・・前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない・・・。しかしながら・・・法が企業者の雇傭の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階とで区別を設けている趣旨にかんがみ、また、雇傭契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考え、かつまた、本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ、いつたん特定企業との間に一定の試用期間を付した雇傭関係に入つた者は、本採用、すなわち当該企業との雇傭関係の継続についての期待の下に、他企業への就職の機会と可能性を放棄したものであることに思いを致すときは、前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。

最判昭和48年12月12日

とした上で、具体的に試用期間中の解約権を行使しうる場合について、

・・・企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである。

最判昭和48年12月12日

と判示しています。

判例からわかること

この判例からしても、解約権を留保しているからといって、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当でない限り解約権は行使できません。
よって、解約権行使が正当化されない状況においては、論理的にも、上記の「辞めさせることが出来るのなら、賃金を減額することも出来そう」といったように解約権が留保されていることを理由にして、入社前の合意に基づく賃金金額を減額することは出来ないはずです。

本採用後の賃金減額を言われた時の対処は

そこで、Aさんが給料の減額に合意しない限りX社はAさんの給料を減額することは出来ません。
したがって、Aさんは会社に対し、入社前に約束した賃金額を支給するよう要求すればよいこととなります。

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