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学歴・職歴の虚偽記載による懲戒解雇の問題
このような経歴詐称は懲戒解雇の正当事由なのでしょうか
AさんはX社の総務部員の中途採用に応募しました。Aさんは失業中であったため、何とか採用してもらいたいと思い、大学を留年していたのにもかかわらず、応募の際の履歴書には4年で卒業したと書きました。更に、以前の職場では経理の仕事しかしていなかったにもかかわらず、経理以外にも総務の経験があると虚偽の記載をしました。
この履歴書が功を奏したのか、Aさんは見事X社に採用され、総務部に配属されました。
Aさんは本屋で「総務のお仕事」と「会社における総務の仕事」という本を買うとともに、別の会社の総務部に勤務する学生時代の友人に総務の仕事内容を聞き、なんとか日々の業務を大過なく過ごしてきました。
しかし、入社から9カ月たったある日、人事部長から呼び出され、学歴と職歴の虚偽記載を理由に懲戒解雇を告げられました。
Aさんは仕事の上でのミスはないのだから問題ないだろうと納得できません。
経歴詐称を理由とする解雇も無効となることもありますが・・・
まず、懲戒解雇の場合、このような経歴詐称が懲戒事由として就業規則などに規定されていなければ、懲戒解雇はできません。懲戒解雇の制度・有効性の概論に関しては、下記の記事に記載していますので参考にしてみてください。
就業規則に経歴詐称が懲戒事由として規定されていたとしても、学歴詐称、職歴詐称等の経歴詐称が必ず懲戒解雇事由になるというものではありません。採用時の具体的な事情により判断は異なってくるものと考えられます。
以下のように、Aさんの学歴詐称(4年で卒業したとの記載)は、面接時に積極的に虚偽説明したといった事情がなければ、これを理由とする解雇部分は無効となる可能性が相当程度あると思われます。
一方、総務経験に関する虚偽記載は、募集条件が経験不問となっていたような場合でなければ正当な解雇事由となり得ます。しかし、入社後の事情によっては、解雇が無効と判断される余地がないわけではありません。
学歴詐称は懲戒解雇の正当な理由となるのでしょうか
懲戒解雇事由になるとされた裁判例
Aさんの場合、学歴詐称と職歴詐称による解雇が解雇権の濫用に該当するかが問題となりそうです。
そこで、まず、大学中退であったのに高校卒業として入社した学歴詐称、刑事罰の不申告等を理由とする懲戒解雇の無効を主張した事件の裁判(東京高判平成3年2月20日)をみてみます。
この裁判では、経歴詐称、特に学歴詐称について次のように述べています。
雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負うというべきである。就業規則三八条四号もこれを前提とするものと解される。
東京高判平成3年2月20日
そして、最終学歴は、右(1)の事情の下では、単に控訴人の労働力評価に関わるだけではなく、被控訴会社の企業秩序の維持にも関係する事項であることは明らかであるから、控訴人は、これについて真実を申告すべき義務を有していたということができる。
このように、学歴に関しても必要かつ合理的な範囲で真実を告知する義務を負っていると考えられています。
この事件では、1審の判断を控訴審、上告審とともに支持していますが、その1審判決では、
被告会社においては、旋盤工やプレスエについては、その職務内容及び他の従業員の学歴との釣合いという観点から、最終学歴としては、高等学校又は中学校卒業の者を採用することとしていた・・・
最終学歴は、右(1)の事情のもとでは、原告の労働力の評価と関係する事項であることは明らかであり、原告は、これについて真実を申告すべき義務を有していたということができる
東京地判平成2年2月27日
として、学歴詐称は懲戒解雇事由として正当である旨の判断をしていました。
この事件では、募集していたポジションの人材としては、最終学歴が重要な要素であり、企業秩序の維持にも関係する事項であったため、学歴に関し真実を会社に申告する義務を負っていたとされました。そのため、このケースでは、学歴詐称も懲戒解雇事由となると判断されました。
懲戒解雇事由にならないとされた裁判例
一方、大卒者が高卒と偽っていた事案において、福岡高判昭和55年1月17日は、
・・・懲戒解雇は経営から労働者を排除する制裁であるから、経歴詐称により経営の秩序が相当程度乱された場合にのみこれを理由に懲戒解雇に処することができるものと解するのが相当で、控訴会社の就業規則の経歴詐称に関する前記条項も右の趣旨に解すべきものであるところ・・・会社は現場作業員として高校卒以下の学歴の者を採用する方針をとつていたものの募集広告に当つて学歴に関する採用条件を明示せず、採用のための面接の際被控訴人に対し学歴について尋ねることなく、また、別途調査するということもなかつた。
被控訴人は二か月間の試用期間を無事に了え、その後の勤務状況も普通で他の従業員よりも劣るということはなく、また、上司や同僚との関係に円滑を欠くということもなく、控訴会社の業務に支障を生じさせるということはなかつたのであるから被控訴人の本件学歴詐称により控訴会社の経営秩序をそれだけで排除を相当とするほど乱したとはいえず、本件学歴詐称に関する前記条項所定の懲戒事由に該当するものとみることはできず、本件主位的解雇の意思表示は・・・無効というべき
福岡高判昭和55年1月17日
と判示しています。会社は現場作業員として高卒以下の学歴の者を採用する方針をとっていましたが、募集広告に学歴を採用条件として明示することをしていませんでした。また、採用面接においても学歴について尋ねることはせず、更に、別途調査するということもしていませんでした。これらの事情から、学歴詐称によって、会社の経営秩序が相当程度乱されたとはいえないとして、学歴詐称を理由とする解雇を無効としています。
懲戒解雇事由になり得る場合
これらの判決から、①特定の学歴を採用決定の重要な要素として重視している、②学歴により職能・資格等を決定している等の事情が認められるときは、学歴詐称が懲戒解雇事由となり得ると考えられます。
職歴詐称は懲戒解雇の正当な理由となるのでしょうか
次に、職歴詐称の問題ですが、上記の福岡高判昭和55年1月17日からも、
経歴詐称により経営の秩序が相当程度乱された場合にのみこれを理由に懲戒解雇に処することができる
福岡高判昭和55年1月17日
と考えられるのですから、職歴詐称も必ず懲戒解雇事由となるというものではなく、経営の秩序が相当程度乱されるような事情がある場合、例えば、特定の職務経験を募集職に必要としていたり、職歴を重視していたような場合に懲戒解雇事由となり得ると考えられます。
犯罪歴は入社選考時にどのように扱われるのでしょうか
犯罪歴は個人情報保護法の要配慮個人情報です
上記の裁判例で犯罪歴も争点となっていたことから、ここで、採用時の犯罪歴の問題について少し触れておきます。
犯罪歴は、個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます。)2条3項および同施行令2条4号により、要配慮個人情報とされており、「その取扱いに特に配慮を要する」ものとされています。
そして、同法17条2項では、
(適正な取得)
個人情報保護法17条2項
第十七条
(1項省略)
2 個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、要配慮個人情報を取得してはならない。
一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
(以下省略)
と規定されていますので、会社が入社希望者の犯罪歴を調べるために勝手に身上調査をおこなうことは同法違反で許されません。
任意で犯罪歴について虚偽の回答をした場合は懲戒解雇事由となり得ます
しかし、会社が応募者に対し、任意で犯罪歴の有無などの回答を求めることは許されると考えられています。
そこで、この会社からの問いに対して虚偽の申告をした場合、就業規則の規定によっては、正当な懲戒解雇事由となり得ます。
ただし、必ず懲戒解雇が有効となるというわけではありません。犯罪歴の有無が職場での勤務に及ぼす影響、入社後の勤務態度などから懲戒解雇を有効になし得るかが判断されることとなります。
Aさんの懲戒解雇の有効性を考えてみます
Aさんの学歴詐称は1年の留年の事実を秘匿したにすぎないことから、積極的に留年していない旨を面接の席で述べた等の特段の事情がない限り、これを理由とする解雇は無効と認定される可能性が相当程度あるものと考えられます。
一方、総務の経験がないのに職歴があると履歴書に記載したことは、X社が総務担当者と職種を特定して従業員を募集していたことからすると解雇事由となり得ると考えられます。
しかし、募集条件で経験不問と書かれていたような事情があれば、解雇事由とならないこともあります。
また、Aさんが、入社後9カ月の間、問題なく業務を遂行していることからすれば、職歴詐称も解雇事由とならない可能性もあります。
このように、学歴詐称、職歴詐称等の経歴詐称は必ず懲戒解雇事由になるというものではありません。
懲戒解雇事由となり得るかは、採用時の具体的な事情により異なるものと考えられます。