敷地に隣接した国有林野は公の営造物?~国有林野の公の営造物への該当性

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

建物、保養施設などに隣接した国有林野の雪崩、土砂崩れに巻き込まれ、建物、保養施設の利用者が死傷事故にあった場合、隣接地である国有林野は国家賠償法2条1項の公の営造物として、その設置、保存の瑕疵が認定された場合、国(あるいは管理していた公共団体)は、国家賠償法2条1項の賠償義務を負うのでしょうか。

ここでは、国有林野の公の営造物該当性が争点となった裁判例をみながら、建物に隣接した国有林野の公の営造物該当性判断について解説します。

国有林野の雪崩事故と国家賠償法2条1項

Aさんの場合

Aさんは、国有林野に隣接した施設でくつろいでいた時、突然、国有林野で雪崩が発生し、施設に向かってきた雪崩に、施設の敷地内で巻き込まれ、怪我をいましました。
Aさんは、国有林野の管理に不備があったとして、国に対し国家賠償法2条1項に基づく損害賠償請求を検討しています。
このようなケースでも、国家賠償法2条1項の公の営造物の設置、管理に関する瑕疵責任は認められうるものなのでしょうか。

国家賠償法2条1項

これまで、国家賠償法2条1項の請求については、登山事故の裁判例をいくつかみてきましたが、今回は、登山事故以外の、山岳地帯での国家賠償法2条1項の適用についてみてみます。

国家賠償法2条1項では

第二条 道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。
(2項省略)

国家賠償法2条

と規定されており、「公の営造物」に「設置又は管理に瑕疵」があった場合、その瑕疵により損害が生じれば、同項に基づき、設置、管理者である国、地方公共団体に対し損害賠償請求をなしうることとなります。

Aさんの場合は、

  1. 国有林野が「公の営造物」に該当するかということ
  2. 雪崩が生じるような状態のままにしていたことが「瑕疵」に該当するのか

という点が問題となりそうです。

そこで、Aさんのケースと類似した事案の裁判例をみながら、この点について考えてみます。

裁判例1(秋田地判平成23年4月15日 )

裁判例

Aさんのケースと類似した雪崩事故の裁判としては、秋田地判平成23年4月15日があります。

この雪崩事故は、使用許可を得て国有林野を敷地としていた温泉旅館において、露天風呂付近で除雪作業をしていた従業員(以下「甲」といいます。)が、旅館の裏山斜面(国有林野)で発生した雪崩に巻き込まれてケガをしたものです。

Aは、温泉旅館の敷地、あるいは雪崩が発生した裏山斜面に、国の諸施設の設置、あるいは管理の瑕疵がある等として、国家賠償法2条1項等に基づき損害賠償を求め提訴しました(秋田地判平成23年4月15日)。

この事件で、裁判所は、

・・・本件使用許可地及び本件裏山斜面は国有林野で・・・国有林野については,行政財産であり,広義には治山,営林事業等を通して国民の福祉に寄与するものであるが,直接に公の目的に供されるものということはできないから,公の営造物に当たらないと解するのが相当

秋田地判平成23年4月15日

と判示しています。

ここでは、

  1. 雪崩の生じた裏山斜面と温泉旅館敷地は国有林野である
  2. しかし、公の営造物は、公の目的に供されている物および設備である
  3. 雪崩の発生源である裏山斜面の国有林地は、公の目的に供されているとは言えない
  4. よって、裏山斜面は、公の営造物には該当しない

として、公の営造物該当性を否定しています。
尚、上記2は、引用箇所では明記されていません。

何が公の営造物なのか(2つの考え方)

しかし、この事故では、何に瑕疵があったと考えるかにより、何を公の営造物ととらえるかが異なり、損害賠償請求権の存否の判断も異なる可能性があります。

裏山斜面と温泉旅館敷地を別のものととらえ、裏山斜面が隣地の温泉旅館敷地に害を及ぼすことのないように裏山斜面に雪崩防止の設備を設置、あるいは裏山斜面を管理する必要があると考えますと、裏山斜面を公の営造物ととらえ、裏山斜面の瑕疵を検討することとなります。
この雪崩事故の裁判では、被告の国側がこのような考え方を採用しています。

一方、温泉旅館敷地内で雪崩被害にあった点を重視しますと、温泉旅館敷地内で雪崩の被害にあわないように、温泉旅館敷地の管理をする必要があることになります。
そして、そのためには、隣接した裏山斜面まで管理する必要があると考え、温泉旅館敷地の管理範囲に裏山斜面が含まれると考え、温泉旅館敷地と裏山斜面を一体のものととらえ、温泉敷地の瑕疵を検討することになります。
これは、温泉旅館敷地の管理範囲を拡張するものと言えます。
この場合、裏山斜面の不具合は温泉旅館敷地の瑕疵の問題となります。
この裁判において、原告はこれに近い考え方を採用しています。

尚、下記の記事で扱っています尾瀬木道枝落下事故(木道を通行していた登山者の頭上に、木道脇のブナの木の枝が落下し、死亡した事故)の裁判において、原告は、木道の瑕疵の主張の際、木道の近くのブナの木を木道の管理範囲内ととらえ、木道とブナの木を一体に捉えていました。

話を戻しますと、本件雪崩事故では、裏山斜面で雪崩が発生しているのですが、

  • 原告は裏山斜面と温泉敷地を一体のものと主張
  • 被告は両者を別異のものと主張

したことから、裁判所は、上記判決引用箇所においても、公の営造物の検討に際し、温泉敷地(本件使用許可地)の公の営造物性にまで言及しているものと思われます。

裁判所の判断

この裁判では、上記のように、裏山斜面を公の目的に供しているとは言えないとして、国有林野である裏山斜面が公の営造物に該当することを否定し、国家賠償法2条1項の請求を退けています。

裁判例2(長野地裁松本支部判決昭和54年3月1日)

同様に国有林野の公の営造物該当性が問題となった事件としては、長野地裁松本支部判決昭和54年3月1日があります。

この事件は、国の発注した林道新設工事のために山間の沢沿いに設けられた作業員宿舎が、降雨による土砂崩れに巻き込まれ、宿舎が沢に転落、作業員らが死亡した事故です。

この事故の裁判において、原告は、

被告国は、その管理する本件山林について、風倒木や伐根を未処理のままにし、かつ殆んど植林もせずに濫伐するのみでいたところから、崩落し易い地質と合わさって本件災害を惹起したものである。従って、被告国は、公の営造物である本件山林の管理につき瑕疵があった。又、本件寄宿舎設置場所自体も公の営造物であるところ、一見して崩落し易い山腹の真下である本件場所を寄宿舎建設地に選定したことはその設置の瑕疵というべく、本件事故に至るまで約三ヶ月に亘り寄宿舎が設置されていたことはその管理の瑕疵である

長野地裁松本支部判決昭和54年3月1日

と、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償も主張していました(この裁判では、いくつかの請求が併合されていましたが、ここでは、国家賠償法2条1項の請求についてのみ触れます。)。

この原告の主張に対し、裁判所は、

国賠法二条に規定する「公の営造物」とは「国又は公共団体等の行政主体により直接に公の目的に供用される有体物及び物的設備」を指称するものと解せられるところ、本件山林及び本件現場のような国有林野は、行政財産(公物たる財産)であり広義には治山、営林事業等を通して国民の福祉に寄与するものではあるが、直接に公の目的に供されるものということは出来ないから「公の営造物」には該らないと解するのが相当である。そして本件寄宿舎設置場所は単に本件災害の前年・・・が休憩所等を設置したことがある平坦地であるにとどまり、直接に公の目的に供する場所とは到底解されないのであって「公の営造物」に該当しないことは論を俟たない。従って、本件山林及び現場が公の営造物であることを前提とする国賠法二条に関する原告らの主張はその余の点について判断するまでもなく失当である

長野地裁松本支部判決昭和54年3月1日

と、やはり「直接に公の目的に供されるものということは出来ない」ことを理由として、国有林野の公の営造物該当性を否定しています。

2つの裁判例から分かること

この2つの判決からしますと、国有林野が公の営造物に該当するのは、観光目的等で、ある程度、不特定多数人が利用することを前提に開放しているような場合であるとも考えられます。

また、特定の公の営造物の範囲は、管理面、物理面、利用状況、機能面などから一体性が認められる範囲と考えられます。
この点からしますと、上記の最初の引用裁判例である秋田地判平成23年4月15日において、温泉旅館敷地と裏山斜面とでは、一体性が薄いものと考えられます。
そうしますと、温泉旅館敷地の管理権を裏山斜面にまで拡大し、裏山斜面の公の営造物性が認定されるのは、特段の理由がある場合に限定されそうです。

尚、自然状態に放置されていても公の営造物に該当する場合もありますので(「自然公物」、河川、海浜が代表例)、自然状態のままであることから直ぐに公の営造物該当性が否定される訳ではありません。

Aさんの場合

以上の2つの裁判の判決からしますと、Aさんのケースでも雪崩が発生した国有林内に観光目的の通路が設けられている等の特段の事情がない限り、雪崩の発生した国有林野が公の営造物と認定されるのは難しそうです。

そこで、雪崩が生じるような状態にしていたことが「瑕疵」に該当するかの検討以前に、「公の営造物」該当性の問題の段階で、国に対する国家賠償法2条1項の損害賠償請求はハードルが高そうです。

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