写真の思い出に対する慰謝料

大切な物を消失したことへの慰謝料の問題

大切な写真を他人が過失で消失させたことへの慰謝料の問題

旅先の写真、卒業式などの行事の写真の中には思い出深いものがあります。
近時は、写真もデジタル化されていますので、デジタル撮影したものをプリントしたものであれば、失ってもショックはそれ程大きくないのかも知れません。
しかし、昔のネガフィルムからプリントされたものであったり、デジタル撮影されたものでも第三者が撮影し、プリントしたものだけを貰った場合のように、再度入手することが困難な写真が思い出深いものであれば、それを失った時のショックには大変なものがあるのかもしれません。
そこで、そのような思い出深い、再び入手することが困難な写真を他人が消失させてしまった場合、その他人に対し、慰謝料を請求することが出来るのでしょうか。

財産権侵害にも慰謝料が認められることはあります

この問題は、写真という財産権を侵害された場合に、財産的損害に対する損害賠償のほかに、精神的損害に対する慰謝料まで請求できるかという問題です。
この点につきましては、下記のように、一般的には、財産的損害の回復により、精神的損害も回復すると考えられており、精神的損害への慰謝料請求は認められません。
しかし、特別の事情がある場合、多額ではありませんが、慰謝料が認められる余地はあります。

財産権侵害を理由とする慰謝料は認められるのでしょうか

写真を他人が過失で消失させてしまったような場合、写真の客観的な価値に関しては損害賠償をなし得るのが原則です。
しかし、写真の客観的な価値は通常、たいした金額にはなりません。写真のプリント料金は大きさにもよりますが、1枚数十円に過ぎないからです。

ここで考えていますのは、この客観的な価値に対する損害賠償の問題ではなく、思い出の詰まった写真を失った精神的な苦痛に対する慰謝料の問題です。
このような慰謝料請求は、民法710条に基づくのが一般的かと思われますが、民法710条では、

他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

民法710条

と規定されています。
写真に対する慰謝料請求は、同条の「・・・他人の財産権を侵害した場合・・・前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない」という部分を根拠におこなうこととなります。

しかし、一般的には、財産的損害が回復されれば、精神的損害も回復すると考えられています。
そこで、財産権の侵害を理由とする慰謝料請求が認められることは多くはありません。

ただし、特別の事情があり、それが立証された場合、裁判において慰謝料が認められる余地はあります。

写真消失の慰謝料が認められた裁判例1

大学山岳部の先輩と友人が雪崩遭難した場所である海外の山の写真を撮り続けていた写真家が、その海外の山及びそこに暮らす人々の写真のポジフィルムをポストカード作成のために印刷会社に預けていたところ、そのポジフィルムを傷つけられてしまったという事件で、裁判所は、

・・・山は,原告にとって先輩・友人を失った山であり,原告は,遺体捜索活動の傍ら・・・山の写真撮影をとり続けてきたこと,本件写真は,プロの写真家としての原告の写真を代表する・・・山の写真であること,本件ポジフィルムに付いた傷は肉眼で確認できる程度のものであることが認められ,原告は,本件ポジフィルムに傷が付いたことにより,相当の精神的苦痛を被ったものと認められ・・・原告の被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額は,20万円が相当である

東京地判平成19年10月19日

と判示しております。

ただし、本件では、ポジフィルムの財産としての経済的損害を否定していることから、上記の「一般的には、財産的損害が回復されれば、精神的損害も回復すると考えられており、財産権の侵害を理由とする慰謝料請求は認められることは多くはありません」という一般論の範囲を超えるものとは必ずしも言えません。
本件では、財産的損害が回復されていないのですから、「財産的損害が回復されれば、精神的損害も回復する」ケースに該当していません。そこで、財産的損害が回復されていないことから、精神的損害も回復していないと判断されたとも考えられるからです。
本件では、財産的損害が回復されていれば、慰謝料は認められなかった可能性があることを排除できないからです。

写真消失の慰謝料が認められた裁判例2

近所の住民の重過失により発生した火災の延焼により家が焼けた事件において、裁判所は、

本件火災によって,原告は・・・平穏な生活を一瞬にして奪われ,転居を余儀なくされ,生活権を侵害されたのみならず,家財道具の多くを失い,殊に,家族の大切な思い出が詰まったアルバム50冊も失ったのであり,財産権侵害に対する金銭賠償では填補できない精神的苦痛を被ったものと認められ・・・原告が被った精神的苦痛を慰謝するためには,少なくとも慰謝料50万円が相当

広島地裁福山支部判決平成24年7月19日

と認定しています。
原告は、既に火災保険金の支払いを受けており、更に裁判では慰謝料とは別に引越代金、借家代等の損害への賠償が認定されていました。
そこで、ここで認められている慰謝料は、財産的損害のみでは回復できない精神的損害に対するものといえます。
前述の、「特別の事情があり、それが立証された場合」に該当するものと言い得ます。

ここで認定された慰謝料には、生活権侵害に対する慰謝が含まれていますので、アルバム50冊に対する慰謝料が果たしてどの程度であったかは明確ではありません。
しかし、慰謝料全体でも50万円が認定されたに留まりますので、写真の枚数からしますと、多額とはいえないように思われます。

尚、上記の2つの判決は、共に平成時代のものなので、現在と金銭的価値はあまり変わらないものと思われます。

写真の思い出に対する慰謝料の認定について

上記の2つの裁判例からしますと、場合によっては、写真の思い出も慰謝料の対象となり得ますが、慰謝料金額はあまり多額にはならないものと考えられます。

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