従業員が不正行為をおこなったときに、
- 不正行為の疑義が生じた段階で、同僚および上司は、不正行為の調査をおこなう責任を負うのか
- 不正行為の調査と会社への報告を怠ることは懲戒処分の対象となり得るのか
ということについて事例をみながら解説しています。
目次
同僚・部下の不正と同僚・上司の責任の問題
従業員の不正を原因とする同僚・上司の懲戒に対する疑問
部署内の従業員の不正行為
従業員500名の会社の原料仕入部門に所属するCさんは、取引先と結託して架空の仕入処理をおこなう等して数千万円を会社からだまし取っていました。
しかし、それを会社が知るところとなり、Cさんは懲戒解雇となりました。
同僚Aさんの責任と懲戒
Cさんと同じ部署で働いていたAさん(役職のない一般社員の担当者(平社員))は、Cさんの仕入れに関して何かおかしいとは思っていました。
しかし、具体的な事実を確認していたわけではなく、不正に関する確証もなかったこともあり、会社には、Cさんに関して何も報告していませんでした。
このような事情のもと、Cさんが懲戒解雇されてから間もなくして、Aさんは、Cさんの不正の疑いを会社に報告しなかったことを理由として、減給の懲戒処分を受けることとなりました。
上司Bさんの責任と懲戒
一方、Bさんは、Cさんの直属の上司で、仕入部門の統括責任者である部長でした。
Bさんは、Cさんの不正行為に薄々気付いてはいましたが、確証を持つには至っておらず、特に調査することも、会社に報告することもしていませんでした。
そうしたところ、Cさんが懲戒解雇されてから間もなくして、Bさんは、懲戒処分として部長職から次長職に降格されることとなりました。
その懲戒理由は、Bさんが、Cさんの不正の調査をせず、また、Cさんに対する疑惑を会社に報告しなかったことにより、会社の損害が拡大したというものでした。
AさんとBさんの不満
AさんもBさんも、今回の懲戒処分に関しては不満を抱いています。
AさんとBさんは、各々の懲戒処分が不当であるとして、会社に対し、懲戒処分の無効を主張することは出来るのでしょうか。
不正をした従業員の同僚と上司の責任の相違
このようなケースでは、下記のようなことから、Cさんを管理監督する立場にあるBさんへの懲戒処分は有効、そのような立場にないAさんへの懲戒処分は無効となる可能性が高いものと思われます。
懲戒処分の一般的な有効性の問題について
会社は、就業規則で定められた範囲内でのみ懲戒処分をなし得るのが原則ですから(労働基準法89条9号参照)、減給、降格といった懲戒処分が就業規則に明記されていない場合、会社は減給、降格といった処分はなし得ません(最判平成15年10月10日参照)。
尚、懲戒処分の有効性の問題は、下記の記事で扱っておりますので、参考にしていただければと思います。
次に、就業規則上、減給、降格の懲戒処分をなし得るとした場合、AさんとBさんに対して上記の処分をなし得るのかを考えてみます。
部下の不正行為を調査報告しなかった上司に対する懲戒処分の有効性
部下の不正と上司の責任について
まず、Cさんの上司であるBさんについて考えてみます。
今回の事例と類似した事案の裁判としては、部下の横領行為を見過ごしたことを理由として懲戒解雇された人が、地位確認を求めた大阪地判平成10年3月23日があります。
この裁判の判決では、
原告がAの横領行為に積極的に加担ないし関与した・・・とまでは断定できないものの・・・Aが経理手続を一手に握っている以上、原告が健全な常識を働かせればAの行為に不審の念を抱き、同人が被告の金員を横領していることを容易に知り得る状況にあったということができる。そして、原告が・・・営業所長(ないし所長代理)として経理関係書類をチェックしていれば容易にAの横領行為を発見できたのであり・・・確認照合するなどしさえすればAの横領行為をたやすく発見し得たにもかかわらず、原告が経理内容のチェックを著しく怠ったため、Aの横領行為の発見が遅れ、その結果、被告の被害額を著しく増大させたということができ・・・被告就業規則・・・に規定する「重大な過失により会社に損害を与えたとき」に該当するものということができるので、本件解雇は有効である
大阪地判平成10年3月23日
として、懲戒解雇処分を有効としています。
ここでは、懲戒解雇された人が、営業所長あるいは所長代理として、横領していた部下を管理監督する立場にあったことに留意が必要です。
また、この事案では、懲戒解雇された人が、部下の横領の事実に関する調査権限を有していたことも、判断の要因となっています。
Bさんの場合、詳しくは分かりませんが、少なくともCさんの上司で、仕入部門を統括する責任者であることから、Cさんの業務を管理監督する立場にあったと言い得ます。
また、仕入部門の伝票、納品書、検収書、在庫管理表などを調査する権限も有していたと思われます。
そうしますと、Bさんには、管理監督責任の懈怠があったと考えることが出来そうです。
よって、Bさんに対して、何らかの懲戒処分をおこなうことは可能であると思われます。
また、上記の裁判例からしますと、降格処分は処分として重すぎるとまでは言えないように思われます。
同僚の不正行為を報告しなかった一般社員(平社員)の懲戒処分
一方、Aさんですが、Aさんは、一般社員、いわゆる平社員であり、同僚に過ぎないCさんを管理監督する立場にはありません。
また、詳細は分かりませんが、平社員であるAさんは、同僚の仕入れ関係の伝票、納品書、検収書、在庫管理表等を調査する権限があったと言い得ないように思われます。
AさんがCさんの不正行為について確証を抱いていたような場合は、Cさんの不正を助長したとも言い得、その場合は懲戒処分をなし得るのかもしれません。
しかし、AさんはCさんの仕入れの何かがおかしいと思っていただけであることから、Cさんの不正を助長したとまでは言い得ないと考えられます。
そうしますと、職務上、Cさんの管理監督者ではなく、また、特に不正を調べる手段を持たないAさんを、単にCさんの仕入れの何かがおかしいと感じていたということだけをもって、懲戒処分をおこなうことは難しいものと思われます。
したがいまして、Aさんは、会社に対し、懲戒処分の無効を主張し、減給された分の賃金の支払いを求めることができそうです。
同僚と上司の調査・報告責任について
このように、従業員に不正行為の疑念が生じた場合でも、一般社員(平社員)の同僚は、通常は不正行為に対する調査権限を有していません。
そこで、不正の調査をおこなう責任を負うものではなく、その場合、調査しないことは一般的には懲戒事由となりません。
一方、上司は一定範囲で不正行為の調査権限を有することが多く、調査しないことは懲戒事由となり得ると考えられます。
不正の疑念を会社へ報告することにつきましては、同僚の場合、通常は報告責任はなく、一般的には報告しないことは懲戒事由とはなりません。
しかし、不正行為について確証を抱いていたような場合は、例外的に懲戒事由となり得ます。
一方、上司の場合は、不正の疑念があれば調査するとともに、疑念が一定水準以上のものであれば、会社への報告責任が生じます。
その責任を果たさない場合は懲戒事由となり得ます。