同業他社への転職あるいは独立を制限する競業避止義務が就業規則に定められていたり、会社から誓約書を求められることがあります。
しかし、このような競業避止義務に関する誓約書提出は拒否できますし、就業規則あるいは誓約書の競業避止義務に関する条項も具体的事情においては無効となる場合もあります。
ここでは、どのような場合に競業避止規定が無効となり得るのかという点、および具体的な同業他社への転職、独立が、競業避止義務に抵触するのかを判断するポイントなどについて、裁判例をみながら解説します。
目次
転職における競業避止条項の問題
Aさんの転職と競業避止義務に関する悩み
Aさんは、来年入社5年を迎えるのを機に転職しようと考えています。
しかし、Aさんの会社では、退職後2年間は同業他社への転職を就業規則で禁止しています。
Aさんは、同業他社への転職を考えていますが、会社に聞くわけにもいかず、ひとり悩んでいます。
競業避止義務の規定が常に有効というわけでもありません
このような就業規則の規定は、以下に説明しますように、常に有効というわけではありません。
Aさんの場合も、具体的事情によっては、同業他社へ問題なく転職できるケースもあると考えられます。
競業避止義務とは、どのようなものなのでしょうか
労働法との関係で問題となる競業避止義務とは、在職中、あるいは退職後に、会社に多大な不利益を生じさせるような行為を従業員が控えるべき義務のことです。在職中あるいは退職後に競合会社の営業をおこなったり、競合会社に雇用されてはならないといったものです。
とくに退職後の競業避止義務に関しては、職業選択の自由に抵触するとも考えられることから、会社が従業員に対して競業避止義務を課すことができる範囲が問題とされます。
尚、近時では、副業規定などにより副業が許容されている会社もありますが、その場合でも、競業避止義務の問題が別途生じ得ることには注意が必要です。
競業避止義務に関してどのような方法がとられるのでしょうか
競業避止規定とはどのようなものなのでしょうか
Aさんの会社のケースのように、従業員に一定の競業避止義務を負わせる規定を競業避止規定などといいます。
競業避止規定に関しては、上記のAさんのケースのように就業規則に規定がある場合のほか、競業避止に関する条項を規定する誓約書を作成している場合があります。
後者のケースでは、入社時あるいは退職時、会社から、競業避止条項を含む誓約書への署名・押印を求められることとなります。
競業避止条項を含む誓約書の提出を拒絶できるのでしょうか
会社から、上記の誓約書への署名・押印およびその提出を求められたとき、これを拒絶することは出来るのでしょうか。
競業避止規定は、従業員の転職あるいは独立の自由を制限するものといえます。
しかし、転職あるいは独立の自由も憲法上保障されている職業選択の自由に含まれます。
したがって、競業避止規定は憲法上の人権である職業選択の自由を制限するものといえ、会社が、従業員に対し、競業避止条項を含む誓約書の提出を強制できるものではありません。
従業員は競業避止条項を含む誓約書の提出を拒絶することは可能です。
しかし、任意に誓約書へ署名・押印して提出した場合、競業避止条項が無効となる場合を除き、競業避止義務を負うこととなり得ます。
これらのことから、将来、転職あるいは独立した際に、会社との間のトラブルを招きかねないことから、誓約書の提出を求められたときには、十分な検討が必要です。
競業避止条項は無効となる場合もあるのでしょうか
競業避止条項はいつでも有効なのでしょうか
上記のように、競業避止規定は憲法上の人権である職業選択の自由を制限するものです。
そこで、会社は、無制限に競業避止を従業員に課すことはできません。
仮に就業規則に規定されていても、過度に広範に従業員の転職を制限するようなものであれば、その規定は無効となり得ます(労働基準法92条1項参照)。
誓約書で定める場合も、誓約書の内容が過度に広範なものであれば、誓約書は公序良俗違反で無効となり得ます。
競業避止規定が無効とされた場合はどうなるのでしょうか
就業規則の競業避止条項あるいは競業避止に関する誓約書が無効となれば、競業避止義務に関する就業規則の規定あるいは競業避止に関する誓約書は効力を生じないこととなります。
当初より就業規則の競業避止条項あるいは競業避止に関する誓約書が存在しない場合と同様、一般的には、同業他社への転職が制限されることはありません。
ただし、転職後に転職前に勤めていた会社の機密情報に該当する技術情報、ノウハウ、顧客リスト、営業データ等を利用すると不法行為責任、不正競争防止法の問題が生じ得ることは、就業規則の競業避止条項および競業避止に関する誓約書の有効・無効とは別の問題です。
競業避止規定はどのようなときに無効となるのでしょうか
それでは、どのような場合に競業避止規定が無効となり得るのでしょうか。
この点について、競業他社へ転職した社員に対し、会社から不正競業行為禁止仮処分命令の申立てがなされた事件(奈良地判昭和45年10月23日)では、
競業の制限が合理的範囲を超え、債務者らの職業選択の自由等を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は、公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたつては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立つて慎重に検討していくことを要する
奈良地判昭和45年10月23日
と判示されています。
この判決の引用部分にありますように、競業避止規定の有効性は、競業禁止の期間・場所的範囲、対象者の範囲、代償措置などを考慮して判断されることとなります。
裁判例にみる競業避止規定有効性の判断要素
競業避止規定の期間・場所的範囲が問題となった裁判例
まず、期間・場所的範囲ですが、上記判決では、上記の引用部分に続いて、
本件契約は制限期間は二年間という比較的短期間であり・・・債権者の営業が・・・特殊な分野であることを考えると制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これは債権者の営業の秘密が技術的秘密である以上やむをえないと考えられ、退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、機密保持手当が債務者両名に支給されていたこと・・・を総合するときは・・・競業の制限は合理的な範囲を超えているとは言い難く・・・まだ無効と言うことはできない
奈良地判昭和45年10月23日
として競業避止条項を有効としています。
この裁判例もあり、一時期は就業規則に2年程度の期間を規定する例が散見されたようです。
しかし、競業避止規定の有効性は、具体的事情のもと、諸事情を併せみて判断されるものです。2年以内の制限であれば有効というわけでもありません。
また、近時、裁判所は、競業避止規定が有効となる範囲を、会社に必要な範囲に限定、狭く認定する傾向があるとも言われています。
たとえば、保険会社の元金融法人本部長兼執行役員の競業避止条項の有効性が問題となった東京地判平成24年 1月13日では、
保険商品については,近時新しい商品が次々と設計され販売され・・・保険業界において,転職禁止期間を2年間とすることは,経験の価値を陳腐化するといえ・・・期間の長さとして相当とは言い難いし,また,本件競業避止条項に地域の限定が何ら付されていない点も,適切ではない
東京地判平成24年 1月13日
等と、期間と場所的範囲を考慮し、競業避止義務を定める合意を無効と認定しています。この1審の判断を控訴審も支持しています。
競業避止条項の対象者の範囲が問題となった裁判例
次に、元社員が競業避止の合意に反したとして、会社が、元社員に対し、損害賠償を求めた事件(大阪地判平成28年7月14日)において、
被告はいわゆる平社員にすぎないうえ、原告への在籍期間も約1年にすぎない。他方、競業禁止義務を負う範囲は、退職の日から3年にわたって競業関係に立つ事業者への就職等を禁止するというものであり、何らの地域制限も付されていないから、相当程度に広範といわざるを得ない
大阪地判平成28年7月14日
として、退職者が一般社員(平社員)であったことなどを摘示して競業避止条項を無効としています。
この裁判例では、在職中のポジションも競業避止条項の有効性の判断要素となることを明らかにしているといえます。
競業避止規定の業務制限範囲が問題となった裁判例
更に、量販店が、元店長に対し、競業避止の合意違反を理由に損害賠償を求めた事件(東京地判平成19年4月24日)では、
被告(は、)・・・店長を歴任・・・母店長として複数店舗の管理に携わり・・・さらに,地区部長の地位に就き・・・全社的な営業方針,経営戦略等を知ることができたと認められ・・・被告のような地位にあった従業員に対して競業避止義務を課することは不合理でないと解され・・・競業避止条項の対象となる同業者の範囲は,・・・量販店チェーンを展開するという原告の業務内容に照らし,自ずからこれと同種の・・・量販店に限定されると解釈することができ・・・退職後1年という期間は・・・不相当に長いものではないと認められ・・・地理的な制限がないが,原告が全国的に・・・量販店チェーンを展開する会社であることからすると,禁止範囲が過度に広範であるということもない・・・
東京地判平成19年4月24日
等として競業避止規定を有効と判断しています。
尚、この裁判例では、会社業務への影響も考慮要素とされていると考えられます。
複数の判断要素が問題となった裁判例
行政書士事務所が、元事務員に対し、競業禁止契約に反した等として損害賠償を求めた事件(東京地判平成31年4月12日)では、
①被告は原告において事務員として勤務していたにすぎないこと,②原告において勤務していた当時の被告の賃金や退職金が特に高額であったというような特殊な事情は何ら主張立証されていないこと,③原告の主張によれば,被告は自ら取得した資格を用いて行政書士として開業することまで禁じられてしまうこと,④原告が主張する競業避止義務の期間は2年間にわたることなどに照らすと,原告が主張する競業避止契約は,被告の職業選択の自由を不当に制約するものであって,公序良俗に反し,無効と解するのが相当
東京地判平成31年4月12日
として、①在職中のポジション、②競業避止を負わせることへの代償措置、③制限される業務の範囲、④制限期間の要素を考慮して競業避止条項を無効と判断しています。
また、会社が、元取締役に対し、競業避止義務違反などを理由に損害賠償を求めた事件(東京地判令和2年3月26日)では、
競業避止規定は,場所的範囲に限定がなく,代償措置も認められないものの,(ⅰ)原告の事業は,専ら店舗工事の元請に限られており,第三者に代替されやすい業種であること・・・(ⅱ)制限期間は退職後2年までに限られていたこと,(ⅲ)被告は,原告の取締役兼・・・統括本部長として,原告の営業部門全体を統括していたこと・・・(ⅳ)被告の過去の職歴はIT・コンサルタント関係であることを総合考慮すれば・・・不合理な制約といえず,有効である。
東京地判令和2年3月26日
として、競業避止条項を有効と判断しています。
ここでは、競業避止条項の有効性を、(ⅰ)制限される業務範囲、(ⅱ)制限期間、(ⅲ)在職中のポジション、(ⅳ)職歴・対象者のスキルなどの複数の要素を考え併せて総合的に判断していることがわかります。
競業避止条項はどのような場合に有効とされるのでしょうか
上記の判決から考えられること
これらの判決を競業避止義務の人的対象範囲と競業避止義務の有効性の関係からみてみますと、上記の東京地判令和2年3月26日では元取締役、東京地判平成19年4月24日では元店長の競業避止条項の有効性が認められる一方、大阪地判平成28年7月14日では一般社員(平社員)であること、東京地判平成31年4月12日では「事務員として勤務していたにすぎない」ことを競業避止条項の無効判断の際に指摘しています。
このように、在職中に担当していた職務内容は、競業避止義務の有効性判断において考慮されていることが分かります。
在職中に一般社員(職員)であったことは、競業避止条項を無効とする方向に働き、役職者であったことは有効とする方向に働くといえそうです。
しかしながら、東京地判平成24年 1月13日では、一般社員ではなく、元金融法人本部長兼執行役員の競業避止条項が無効とされています。
このことからは、人的対象範囲だけで、競業避止義務の有効性が決まるものではないことがわかります。
上記の複数の裁判例からしますと、競業避止規定の有効性は、
- 制限期間・場所的範囲
- 制限される業務の範囲とその特性
- 対象者の範囲(在職中のポジション、職務内容など)
- 対象者の職歴・スキル
- 会社業務への影響
- 対象者への代償措置
などの諸事情を総合的に考慮して判断されるものと考えられます。
Aさんのケースの競業避止条項は有効なのでしょうか
Aさんの場合も現在の職務内容、具体的な競業避止規定の制限範囲等の内容により、会社の競業避止条項の有効性判断の結論が異なってくるものと考えられます。
近時の裁判例からしますと、Aさんがいわゆる一般社員(平社員)で、かつ、会社の機密に触れる仕事に携わっていないのであれば、2年間の競業避止規定は無効とされる可能性が相当程度あるものと思われます。
転職、独立検討時の競業避止義務に関連したポイント
上記のとおり、同業他社への転職、独立起業に際しては、次の3つの重要なポイントに注意が必要です。
- 会社から退職時に競業避止義務に関する誓約書への署名・押印を求められた場合、慎重な検討が必要です
- 既に誓約書を提出済み、あるいは就業規則に競業避止規定がある場合でも、競業避止規定は無効と判断される場合があります
- 競業避止規定が無効と判断しうるかは、上記の1~6などの諸事情を総合的に判断することとなります
このように、同業他社への転職、あるいは独立起業が、競業避止義務に抵触するのかは、具体的事情に基づき判断されることとなります。
また、近時では、副業との関係でも競業避止義務が問題となるケースがあります。
競業避止義務に抵触するかの判断に迷われる際には、事前に弁護士に相談、確認され、対応を検討されることをお勧めします。