名目的取締役と使用人兼務取締役に対する報酬減額処分に関しても、減給と同視され労働基準法91条が適用され、減額幅が制限されるのでしょうか。
裁判例および基発をみながら、労働者性の判断とあわせて解説します。
目次
役員の報酬減額の問題
名目的取締役、使用人兼務取締役の報酬減額の問題
Aさんは、社長が全株式を保有する従業員30名の株式会社に入社して10年目の日に、社長から、「君、明日から取締役にするから」といわれました。
それまでの開発部長と記載されていた名刺は、取締役開発部長という肩書の名刺に変わりました。
しかし、仕事内容は肩書が変わる前と特に変わらず、権限が増えるといったこともなく、相変わらず社長の指示にしたがって開発の仕事を進めていました。
処遇面でも給与が増えることはなく、取締役就任前の退職金も支払われることはありませんでした。
そうしたところ、取締役に就任してから2カ月が経過したある日、社長から「納品先から営業にクレームがあった。責任を取って3カ月間5割の減給だ。」と言われました。
しかし、給与(報酬)が半分では、生活ができなくなります。
Aさんは、会社に対し、何か言えないのでしょうか。
一定割合以上の報酬減額(減給)は違法となる可能性があります
下記のように、Aさんは、名目的取締役、使用人兼務取締役に該当する可能性があります。
名目的取締役および使用人兼務取締役には、労働基準法91条が適用される可能性があることから、Aさんへの5割の報酬減額も不当なものと考えることもできそうです。
役員を懲戒処分できるのでしょうか
Aさんは何らかの仕事上の不始末を理由に報酬を減額されています。
意図は定かではありませんが、手続きからしますと、社長は、Aさんを従業員として扱い、懲戒処分としての減給処分としたものと考えられます。
尚、役員報酬の減額の可否につきましては、別の問題が生じますが、ここでは、その問題には触れません。
仮に、取締役の地位にあるAさんを、従業員と同様に懲戒処分しうるとしても(懲戒処分が従業員に対する処分であることからしましても、このような処分は、Aさんが下記の名目的取締役、使用人兼務取締役であることを推認させることとなりそうです。)、納品先からのクレームが懲戒処分の理由となり得るのか、なり得るとしても減給処分が適切なのかは、別途、問題となり得ます。
懲戒処分の有効性の問題につきましては、下記のブログ記事でも扱っていますので、参考にしていただければと思います。
役員の報酬減額には労基法の制限があるのでしょうか
労働基準法91条には、
就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
労働基準法91条
と規定されており、労働者(従業員)に対する月給の1割を超えた懲戒処分としての減給は、同条に違反することとなります。
そこで、従業員に対しては、5割の減給はできないこととなります。
ところが、労働基準法9条には、
この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
労働基準法9条
と規定されています。
一方、会社法329条1項では、
役員(取締役、会計参与及び監査役をいう。以下この節、第三百七十一条第四項及び第三百九十四条第三項において同じ。)及び会計監査人は、株主総会の決議によって選任する。
会社法329条1項
とされ、取締役を会社法上の役員としています。
そして、この役員と会社との関係について、会社法330条では、
株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。
会社法330条
と委任の関係であることが明らかにされています。
そうしますと、取締役は、労働基準法9条の「使用される者」には該当しないこととなり、労働基準法91条の適用はなく、5割の減給(報酬減額)も違法ではないように思われます。
名目的取締役への労働基準法適用について
Aさんの特殊性と労働基準法による保護
形式的には取締役に就任しているものの、実際には、取締役の職務をおこなっていない人のことを名目的取締役ということがあります。
Aさんの場合、取締役就任後、仕事も、権限も特に変わっておらず、名目的取締役に該当すると考えることができそうです。
勤務実態から考えますと、そのような名目的取締役も労働基準法の保護を受け得ないものなのか、疑問がないわけではありません。
名目的取締役の労働者性が問題となった裁判例
労働基準法上の労働者に該当するかという労働者性が、取締役に関して問題となった裁判としては、大阪地判平成15年10月29日があります。
この裁判は、会社の出張時に死亡した専務取締役の労災保険遺族補償給付等不支給決定取消請求事件なのですが、亡くなった専務は取締役就任前後で担当業務の内容に特段の変化はありませんでした。
しかし、労働基準監督署長は、亡くなった専務は労働基準法上の労働者に該当せず、労災保険法は適用されないとして、遺族補償給付及び葬祭料の請求を不支給とする決定をおこなっています。
そこで、この不支給決定に対し、保険審査官に対する審査請求がおこなわれましたが、この審査請求も棄却されたことから、遺族が裁判所に対し不支給決定取消請求訴訟を提起したのが当該訴訟となります。
この裁判で、裁判所は、
労災保険法上の「労働者」とは,労働基準法上の「労働者」と同義であり,使用者の指揮監督の下に労務を提供し,使用者から労務に対する対償としての報酬が支払われる者をいうのであって,一般に使用従属性を有する者あるいは使用従属関係にある者と呼称されている。したがって,労働者に該当するかどうかは,労務提供の形態,会社からの指揮監督の有無・その程度や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素をも勘案して総合的に判断して使用従属関係の有無によって決定すべきである。
大阪地判平成15年10月29日
とした上で、
①業務内容が他の従業員と異ならないこと、②取締役就任の前後で業務内容の変化がなかったこと、③社長が直接従業員の指揮監督を行っていたこと、④会社経費の支出権限も与えられていなかったこと、⑤役職名が名目的であったこと、⑥基本的には他の社員と同じかそれ以上の拘束を受けていたこと、⑦給与が同種の労働者と比べても特に高額ではないこと等を認定した上で、
以上によれば,被災者は,登記簿上は取締役であるが,実態は,会社の業務執行の権限はなく,会社の意思決定にも参与していない一従業員にすぎず,報酬の労務対償性が認められ,会社との使用従属関係があったことは明らかである。 したがって,被災者は,労災保険法上の労働者に該当する。
大阪地判平成15年10月29日
と判示しています。
ひとつめの引用部分において、労災保険法と労働基準法の「労働者」は同義であるとしていることから、上記の労働者性の判断枠組みは労働基準法の労働者性の判断においても当てはまるものと考えられます。
この裁判例において、死亡した専務取締役が名目的取締役と認定されていることからしますと、Aさんの場合も労働基準法上の労働者と認定される可能性があると考えられます。
Aさんに労働者性が認定されれば、労働基準法91条が適用されることになります。
したがって、その場合、労働基準法91条により、会社は懲戒処分としてのAさんに対する5割の減給(報酬減額)をおこなうことはできないこととなります。
使用人兼務取締役の報酬減額
Aさんの従業員としての仕事からの特殊性
一方、Aさんが実質的にも取締役の地位にあるととらえられる場合でも、取締役に就任後も就任前と変わらない開発部長の業務をおこなっていることからしますと、Aさんは、開発部長としての従業員の地位と取締役としての地位の双方を有していると考えられます。
そのように、会社の取締役の地位と従業員の地位を併有している人を使用人兼務取締役(役員)といいます。
使用人兼務取締役の労働者性について
このような使用人兼務取締役の法的性質について、昭和23年3月17日基発461号では、
(問)
昭和23年3月17日基発461号
法人の重役は工場長、部長等の職にあって給料を受ける場合も労働者と見ないか。
(答)
法人の所謂重役で業務執行権又は代表権を持たない者が、工場長、部長の職にあって賃金を受ける場合は、その限りにおいて法第9条に規定する労働者である。
としており、実務では、使用人兼務取締役も労働基準法上の労働者として扱われています。
しかし、使用人兼務取締役は、役員としての性質も有していることから、どの範囲まで労働基準法の適用があり得るのかは、別に問題となります。
使用人兼務取締役の給与には、使用人賃金部分と役員報酬部分があると考えられています。
減給の原因となる懲戒処分は、使用人としての地位に対する処分と考えられることから、懲戒処分としての減給も使用人としての賃金部分に対してのみなし得ると考えられます。
一方、使用人としての賃金部分には、上記の基発461号の趣旨からしますと、実務的には、労働基準法91条を考慮すべきと考えられそうです。
よって、実務的には、使用人賃金部分の5割の減給は、回避すべきと考えられそうです。
このように、基発461号の趣旨からしますと、Aさんが使用人兼務取締役的地位にあることからしても、実務的には、5割の減給(報酬減額)は回避すべきと考えられます。
Aさんの報酬減額について
上記のように、Aさんの名目的取締役および使用人兼務取締役的地位からしますと、Aさんは、会社に対し、5割の報酬減額は不当だと主張しうる可能性はあるものと考えられます。
名目的取締役と使用人兼務取締役の減給の限度について
上記のことから、名目的取締役に関しては、事情によっては、役員報酬名目で支払われている金額の全額が、労働基準法上の賃金とみなされる可能性がありそうです。
その場合、労働基準法91条により、役員報酬名目支給額の1割を超える減額は違法となり得ると考えられます。
一方、使用人兼務取締役に関しては、使用人賃金部分についてのみ、懲戒としての減給をなし得ると考えられます。
しかし、その減給についても、労働基準法91条から、使用人賃金部分の金額の1割を超えると違法となり得ると考えられます。