金華山転落事故にみる正規授業での登山事故における学校と教員の法的責任

金華山転落事故の位置付け

教育活動での登山事故として、今回は、25)大学の金華山でおこなわれたフィールドワーク実習時の事故(以下「金華山転落事故」といいます。)についてみてみます。

これまで、みてきました教育活動での登山事故は、正規の授業中ではなく、特別活動(遠足)、課外活動(サークル活動)、外部研修時の事故でした。
しかし、今回は、大学ではありますが、正規授業の実習における事故である点が、他の教育活動での事故とは異なります。

この事故の発生した島は、島全体が山となっており、事故も山岳地帯の特徴的な地形、事情に影響をうけていますが、一般的な登山とは言い難い行動のもので事故が生じている点は、典型的な登山事故とは異なります。

しかし、登山自体が学校の正規授業として行われることは稀であり、一般的に入手可能な状態で公表されている判決文の中には、正規授業中の典型的な登山事故の裁判は見当たらないこともあり、教育活動の登山事故の法的責任を考える参考としてここで扱うこととしました。

金華山転落事故の概要

25)金華山転落事故は、2月末から3月初頭におこなわれた、金華山に生息する野生ほ乳類,鳥類,植物等の観察を目的とした大学のフィールドワーク実習(30人ほどが参加)において、単独行動していた学生(以下「A」といいます。)が、宿泊場所である島内の民宿へ戻るため、16時頃、山頂付近まで登り返したところでコンパスを紛失し、その後、山頂へ向かわず、沢筋を海岸方向へ下降したところ、海岸の切り立った崖から転落、死亡したものです。

この事故の後、Aの遺族は、担当教員(以下「乙」といいます。)には、

①実習に際し学生に配布したハンドブックの中の地形概念図には存在しない海岸道路が記載されており、そのような他人が作成した不正確な資料を漫然とほぼそのまま使用し、また、学生に配布したこと
②事前に現地踏査をしなかったこと
③学生に単独行動を認めたこと
④島内には携帯電話不通区域があるにもかかわらず実習中の連絡手段を携帯電話とし、適切な連絡手段を講じなかったこと

に注意義務違反が認められるとして、大学の設置者である学校法人(以下「甲」といいます。)に対し、不法行為または債務不履行に基づく損害賠償を求め訴訟を提起しました。

裁判所の判断

この裁判の判決では、

乙は,本件実習の責任者及び引率者として,Aを含む参加学生らに対して,その生命,身体等の安全に配慮すべき注意義務を負っていた

東京地判平成25年10月17日

として、まず、担当教員で引率教員でもあった乙が参加学生の生命、身体に対する安全に配慮する注意義務を負っていたことを認定しています。

続いて、

・・・金華山は・・・多様な野生動植物の生態系が保全されている一方,面積も・・・狭く,山頂及びこれに続く主稜が島の北西から南に走っているという比較的把握しやすい地形で・・・海岸部分を除いては急峻な崖はなく,比較的勾配もなだらかで・・・研究者や学生等による野生動植物の野外調査の格好の場とされて・・・危険な箇所も限られている・・・これまでに,本件事故を除いては金華山において重大な事故が発生したことはうかがわれない。本件学科においても・・・以来毎年金華山実習を実施してきたもので・・・2~3月は下草がなく足元の見通しがきくという点でも,安全かつ効果的に野外実習を実施することができるものと考えられてきた・・・もとより,動植物の観察等のために野山に足を踏み入れるというフィールドワークの性質上,身体を負傷するといった事態が生ずるおそれが全くないというものではないが,Aを含む参加学生らは,その年齢等からいって,自らの五感によって,危険の有無等,四囲の状況を把握し,これに対処する相応の能力を有しているということができるし,本件学科において1年間又は2年間の課程を履修した上,・・・実習等の機会に,方位磁針を用いての地図の読み方等,フィールドワークの手法について指導を受け,事前の連絡会議において金華山の地形に関する説明や注意事項の説明を受け,本件実習の開始後は・・・乙による説明及び指導の下,本件概念図や本件地形図と現地を照らし合わせるなどしながら,チャーター船で海から島の状況を観察した後,民宿・・・から山頂まで登り,山頂において島の地形を観察し,その後,グループごとに分かれて島内を観察しながら同民宿まで戻るという経験を通じて,海岸部分は崖となっている所が多いこと,北部の仁王崎周辺が険しい崖になっていることを含め,島の状況について概略を体感し,また,甲が・・・指導員と一緒に島の北部に向かう学生を募った際の説明を聞いて,主稜を越えた島北部は迷いやすく起伏が激しいため上級者向けであることも認識したものと認められ・・・参加学生らにおいては,単独で行動するか,他の学生らあるいは乙,TAあるいは現地指導員のいずれかと共に行動するかは各自の判断に任されており,この自由行動の間,乙や4名のTA,2名の現地指導員の7名が島内の各所におり,目の行き届く態勢が整えられていたということができる

東京地判平成25年10月17日

として、事故発生時の状況と、事故が発生した自由行動の間は、学生らの行動に対し、教員、アシスタント、現地指導員らの目の行き届く態勢が整えられていたことを認定しています。

そして、事故発生地点へAが下って行った事情について、

・・・Aが・・・午後4時過ぎ頃,方向転換点で進行方向を変えてヘングレ沢を下っていった理由について・・・Aが方向転換点で進行方向を北へ変えた時点では点呼時刻である午後5時30分が迫っており,日没も同様に迫っていたこと,方向転換点からは主稜まで歩いて1~2分,山頂までも歩いて数分程度の距離であること,Aは・・・(事故当日より前の日)に山頂から西に下りて民宿へと帰る道を実際に歩いていることに照らすと,方向転換点においてAが自己の位置を正しく把握していたのであれば,同じ経路で民宿・・・に戻るはずであって,北側の海岸に出て海岸沿いに民宿・・・に戻るという,はるかに遠回りの経路をあえて選択することは考え難いところで・・・乙が島の北部は上級者向けであると説明していたこと・・・Aが方向転換点の直前で方位磁針を落としていることも併せ考えれば,Aは,自分のいる位置ないし方向を誤り,西に向かうつもりでヘングレ沢を下りて行ったものと推測するのが合理的

東京地判平成25年10月17日

として、Aが現在地点あるいは進行方向を誤り、沢筋を事故発生地点へ向かって降りて行ったと推認しています。

そして、

・・・本件概念図には,島を一周するような形で点線が記載され・・・注意書きに・・・点線は「海岸線に沿った海岸道路や遊歩道」を示すものとされ,「多くの遊歩道は現在判別不能になっている」と記載され・・・事故現場付近についても,本件概念図上は点線が記載されているところ,現地では前記のとおり道が途切れていたのであるが,本件概念図では「海岸道路」も「遊歩道」も同じ点線で区別なく表記され・・・概念図及びその説明の記載をもって,本件概念図で島の北側の海岸に沿った点線の部分が「海岸道路」で・・・「遊歩道」とは異なり「現在判別不能になっている」箇所はない趣旨・・・と直ちに理解されるものではなく・・・Aが北部の海岸沿いは必ず広い道路があるものと認識していたことの根拠となるものではない。・・・Aが北側の海岸道路に出るつもりでヘングレ沢を下りて行ったのか,あるいは誤ってそのような行動をとったのか,いずれにしても,本件事故現場は海崖のすぐ上で,そこに近付けば誰でも分かるほどはっきりと落ち込むような斜面で・・・Aにおいてその危険性は十分認識し得たものということができ,Aがこのような場所にあえて立ち入った理由も明らかではないのであるから,Aがそのような行為に出ることは一般には予見し難いというべき

東京地判平成25年10月17日

として、事故現場が海崖のすぐ上で、近付けば誰でもわかるほどはっきりと落ち込むような斜面であり、Aも危険性は十分認識し得たといえ、Aが事故現場にあえて立ち入った理由も明らかではなく、Aがそのような事故現場に立ち入るような行動をすることへの予見可能性を否定しています。

尚、原告は、概念図から海岸道路が存在すると信じて、Aは沢筋を下り、結果、海岸の崖から転落したと主張していました。

このように事故発生経緯について当事者間では争いがありました。
そこで、上記の引用箇所は、同行者がおらず、事故発生時の状況を証言しうる第三者、あるいは映像などの直接的な証拠も存在しない登山死亡事故において、訴訟当事者の主張に相違がある場合、どのようにして、裁判所が亡くなった人の最期の行動内容を認定していくかのかを知るひとつの参考となります。

次に、③学生に単独行動を認めた点については、裁判所は、

乙は・・・から参加学生らの単独行動を認め,その際に立入禁止区域を特段設定しなかったが,その理由として,フィールドワークにおいては自身の好奇心に従って疑問点を見付け,観察の対象とできるだけ長い時間を共有してその疑問点を追求することが重要で・・・各自の行動の自由を最大限許容するのが理想的であると考えている(からで、)・・・このような考え自体は首肯することができるものであるし,前任の・・・教授による金華山実習においても,立入禁止区域を設定せずに単独行動が認められていた・・・ところで・・・あり乙は,学生らの単独行動を認めるに当たり,相応の準備及び態勢を整え,また,参加学生らに対して危険回避のための注意喚起を行ってきたものということができ・・・参加学生らに対して特に行動範囲を制限せず単独行動を認めたことが,注意義務を怠ったということはできない

東京地判平成25年10月17日

としています。

ここでは、単独行動を認めた目的が合理的であり、また単独行動を認めるにあたり、相応の準備、態勢を整えていたとして、単独行動を認めたことは注意義務違反に該当しないとしています。

続いて、①のうち、実習に際し、存在しない海岸道路が記載されているような、不正確な地形概念図が掲載されたハンドブックを学生に配布し、そのような不正確な地形概念図を使用していたとされる点について、

・・・本件概念図における道や人工物の表示が,本件実習当時のそれと異なっている部分がある・・・そのことが直ちに具体的な危険につながるものとは認められない。また,乙は・・・連絡会議において金華山には道がないところがあることを参加学生らに伝え・・・本件概念図にも判別不明な遊歩道があるとの説明が記載されていることや・・・乙の指導及び説明によって,本件概念図及び本件地形図に点線で記載されているところには必ず道があるとの誤解を生ずるおそれは十分払拭されていたものと認められ・・・フィールドワークにおいては,既成のはっきりとした道だけを歩くわけではなく,道のないところを歩くこともあり,その際には,地形図の等高線,実際に見えている山や谷の地形,方位磁針の方角等の情報を照合しながら自身の現在位置を確認することが必要とされ,現在は道跡とか小屋の跡しか残っていないとしても,本件概念図の道や小屋の記載と突き合わせることによって自身の現在位置をより把握しやすくなることも認められ・・・本件概念図は・・・必ずしも現況を正確に表すものではないが,フィールドワークにおいては,有用性がある地図ということができ・・・乙が本件概念図を用いたことについて注意義務違反等があるとは認められない。

東京地判平成25年10月17日

としています。

ここでは、概念図が必ずしも現況を正確に表しているものではなかったことを認定しながらも、フィールドワークに用いるという使用目的からすると、有用性が認められ、乙が当該概念図を使用したことには注意義務違反は認められないとしています。

更に、④島内には携帯電話不通区域があるにもかかわらず実習中の連絡手段を携帯電話とし、適切な連絡手段を講じなかったとする点については、

・・・乙は・・・連絡会議において学生らの携帯電話の番号及びメールアドレスを登録し,携帯電話を本件実習における連絡手段の一つとして位置付けていたことが認められる。そして,金華山案内図等・・・においては,島の東側全域が携帯電話不通区域であると表示されているが,実際には,この区域に含まれるヘングレ沢においても携帯電話での通話が可能な場所があるなど・・・携帯電話がつながるところとそうでないところが混在しているにすぎない・・・原告らの主張はその前提を一部欠く・・・し・・・乙が参加学生らの単独行動を認めるに当たって相応の準備,態勢を整え・・・学生らに対して危険回避のための注意喚起を行っていたので・・・携帯電話の電波が届かない区域があるからといって,参加学生らに当該区域への立入りを禁止したり制限したりすべきであったということはできないし,連絡手段として携帯電話を用いたことが不適切であるということもできない

東京地判平成25年10月17日

としています。

ここでは、

  • 実際には、携帯電話がつながるところとそうでないところが混在しているにすぎないこと
  • 単独行動を認めるに当たって相応の準備,態勢を整えていたこと
  • 学生らに対して危険回避のための注意喚起をおこなっていたこと

などから、電波の届かない区域への立入りを禁止、制限すべきであったとはいえず、また連絡手段として携帯電話を用いたことも不適切ではないとして、注意義務違反を否定しています。

更に、①のうち、他人が作成した不正確なものを漫然とほぼそのまま使用し、配布したという点について、

・・・実習責任者が自ら実習ハンドブックを作成せずに第三者が作成したものをそのまま用いることそれ自体が直ちに不適切であるということはできないし・・・乙は,・・・教授が作成した実習ハンドブックの内容を検討の上,必要と考えられる部分に修正を加えて,自ら本件ハンドブックを作成したものということができ・・・乙が本件概念図をそのまま本件ハンドブックに掲載したことに注意義務違反等が認められないことは既に説示したとおりである

東京地判平成25年10月17日

として、前任者である教授が作成したガイドブックに、乙は必要と考えられる部分に修正を加えていたことから、この点の注意義務違反も否定しています。

これらのことから、乙の注意義務違反を否定し、甲への請求を棄却しています。

正規授業での登山における教員の注意義務

下記の記事で扱っていますo)涸沢岳滑落事故、24)冬季石鎚山滑落事故において、大学生の自律的な判断を尊重し、教員に要求される注意義務の程度を低く認定しているのと同様に、この25)金華山転落事故においても、学生の自律的判断尊重もあり、教員の注意義務の程度は比較的低く認定されていると言えそうです。

とくに、25)金華山転落事故において、事故死したAは、20歳の大学生の上、その所属学科がフィールドワーク実習を正規授業とするものであり、事故前、山梨県内の山において、フィールドワークに必要な地図読みの指導等を受けていたなどの事情もありました。
このこともあり、Aを含む学生には、より幅広い自律的判断が委ねられていたとも考えられます。

正規授業中の事故なので、課外活動時に比べ、教員に課される注意義務の水準は高くなる可能性が高いと考えられます。
しかし、学生の自律的判断尊重の観点から、教員の注意義務は、正規授業中においても、高校までの課外授業における教員の注意義務より低いものになると考えられます。

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