遺言書にはどの時点の日付を記入すればよいのでしょうか

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

自筆証書遺言について

自筆証書遺言には、遺言の全文、日付、氏名を自書した上で、押印する必要があります(民法968条1項)。
尚、相続法の改正で、遺言に付ける財産目録は自書ではなく、PC等で作成、印字したものを添付することが出来るようになりましたが、自書でない財産目録を添付する場合には、1枚ずつ(裏表に記載がある場合は両面に)、署名・押印する必要があります(民法968条2項)。

自筆証書遺言の日付

日付の記載を欠く自筆証書遺言の有効性

このように、自筆証書遺言では、日付の記載が必要となりますが、日付を欠く遺言書も有効なのでしょうか。

この点につきまして、最判昭和54年5月31日では、

自筆証書によつて遺言をするには、遺言者は、全文・日附・氏名を自書して押印しなければならないのであるが(民法九六八条一項)、右日附は、暦上の特定の日を表示するものといえるように記載されるべきものであるから、証書の日附として単に「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されているにとどまる場合は、暦上の特定の日を表示するものとはいえず、そのような自筆証書遺言は、証書上日附の記載を欠くものとして無効であると解するのが相当

最判昭和54年5月31日

と判示されており、日付の記載のない自筆証書遺言は無効となります。
また、日付の特定を欠く記載がなされている場合も無効となり得ます。

遺言において、日付の記載が要件とされているのは、

  • 遺言作成時の遺言者の遺言能力の判断(民法963条参照)
  • 複数の遺言が存在する場合にどの遺言が優先するかの判断(民法1023条参照)

をする等のためと考えられています。

自筆証書遺言に記載する日付について

実際の作成日と異なる日付が記入された遺言書の有効性

上記の判例のように、日付の記載を欠く場合のみならず、日付が実質的には特定されていないと判断される場合にも遺言は無効となり得ます。
そこで、遺言書にどのような日付を記入すればよいのかも気になるところです。

一般的には、遺言書の本文を実際に記載した日付を記入するのでしょうが、数日に分けて遺言書を書いたような場合、いずれの日を記入すればよいのでしょうか。

また、実際の記入日ではない日付を記入した場合、その遺言は無効となるのでしょうか。

最判昭和52年4月19日

この点に関し、最判昭和52年4月19日では、

自筆証書によつて遺言をするには、遺言者がその全文、日附及び氏名を自書し印をおさなければならず、右の日附の記載は遺言の成立の時期を明確にするために必要とされるのであるから、真実遺言が成立した日の日附を記載しなければならないことはいうまでもない。しかし、遺言者が遺言書のうち日附以外の部分を記載し署名して印をおし、その八日後に当日の日附を記載して遺言書を完成させることは、法の禁ずるところではなく、前記法条の立法趣旨に照らすと、右遺言書は、特段の事情のない限り、右日附が記載された日に成立した遺言として適式なものと解するのが、相当

最判昭和52年4月19日

と判示しています。

この判決では、引用した箇所の第1文において、「真実遺言が成立した日の日附を記載しなければならないことはいうまでもない」としています。
この第1文からしますと、日付の記入により遺言が成立する日に日付を記入する必要があるようにも思われます。
つまり、すでに遺言の全文、氏名を自書し押印したあと(あるいは同日)でなければ、日付を記入することは出来ないように読み取れます。
しかし、判決の趣旨からは、日付以外の遺言の全文、氏名の自書および押印がなされていれば、その日以降のいずれの日付でもよいことになります。
ただし、あまり、時間が経ってから日付を記入し遺言を完成させると、遺言能力の問題が生じる余地がありそうにも思われます。

最判令和3年1月18日

一方、入院先の病院において遺言の全文、同日の日付及び氏名を自書、その9日後に押印された遺言書の有効性が争われた裁判があります。

この裁判では、遺言は押印時に成立していることから、真実と異なる日付が記載されていることとなり、そのような遺言書は無効であると下級審は判断していました。
これに対し、上告審(最判令和3年1月18日)は、

自筆証書によって遺言をするには,真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならないと解されるところ(最高裁昭和51年(オ)第978号同52年4月19日第三小法廷判決・裁判集民事120号531頁参照),・・・本件遺言が成立した日は,押印がされて本件遺言が完成した・・・年5月10日というべきで・・・同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず,これと相違する日付が記載されている・・・民法968条1項が,自筆証書遺言の方式として,遺言の全文,日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は,遺言者の真意を確保すること等にあるところ,必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは,かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。したがって,・・・入院中の・・・年4月13日に本件遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し,退院して9日後の同年5月10日に押印したなどの本件の事実関係の下では・・・真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではない

最判令和3年1月18日

としています。

2つの最高裁判決の相違点

この2つの判例は、遺言の全文、日付、氏名が自書され、押印もなされた段階で遺言が完成すると判断している点では変わりません。
しかし、多少異なります。

前者(最判昭和52年4月19日)は、日付を記入し、遺言要件をみたした日を遺言の成立日と判断していることから、日付は遺言の成立日と一致していたこととなります。
そうしますと、前者の判例の事案は、遺言書を複数日掛けて完成させ、完成日を日付として遺言書に記入していたこととなります。
したがって、そのように複数日をかけた遺言書の作成も、完成日を日付として記入していれば有効であるということを判示していたこととなります。

一方、後者の判例(最判令和3年1月18日)の事案では、まず、遺言全文、氏名を自書し、それらを自書した日付を記入したものの、この時点では押印はしていません。
この時点では、押印されていない未完成状態の遺言書を作成していたにすぎません。
その1カ月弱経過後、その未完成状態の遺言書に押印し、要件をみたしたことから、押印の時点で自筆証書遺言が成立したこととなります。
よって、押印をおこなった真実の遺言成立日と異なる日付が遺言書には記入されていたことになります。

このようなことから、前者とは異なり、後者の判決は、まさしく、遺言書に記入された日付が遺言成立日と異なる場合の遺言の有効性に関する判断をおこなったものといえます。

遺言書が無効とならない可能性

後者の判決において、最高裁は、

必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは,かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある・・・本件の事実関係の下では・・・真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではない

最判令和3年1月18日

と遺言の成立日と遺言書に記入されている日付が異なっている場合でも、遺言書が無効とならない余地があり得るとしていることとなります。

しかし、後者の判例の趣旨からでは、どのような事実経過のもとで、どの程度の日付の相違までが許容されるか(判例の射程)は不透明です。

判例では、「必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは,かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある」とした上で、細かく日付に触れ、「本件の事実関係の下では・・・直ちに本件遺言が無効となるものではない」としていることからしますと、事情によっては、多少のずれが生じていても有効となることもあるといった程度にとらえておいた方が無難なように思われます。

やはり、無用な争いの種を残さないためにも、複数日をかけて遺言書を完成させる場合は、自筆証書遺言の要件をみたした遺言の完成日を日付として記入するのがよいものと思われます。

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