不正調査のための自宅待機命令期間中の給与は支払われるのでしょうか?

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

会社で不正調査がおこなわれることとなり、自宅待機を命じられたとき、処分が決定するまでの自宅待機期間中の給与は支払われるのでしょうか。

ここでは、自宅待機の労働法上での位置付けを確認した上で、業務命令として自宅待機を命ずることが出来るのかという点と、自宅待機命令期間中の賃金支払いについて解説します。

不正調査のための自宅待機命令と給与の問題

不正調査のための自宅待機命令期間中の無給扱いの問題

Aさんの所属部署が窓口となっている取引先との間の取引に不自然な点があるとして、会社の調査がおこなわれることとなりました。
Aさんは、その取引先の担当者であることから、会社から、調査が終了するまでの間、自宅待機するよう命じられました。
その際に、会社からは、「自宅待機期間は仕事をしないのだから無給だよ。」と言われました。
Aさんは、問題となっている取引先との間の個別取引には、以前より、不自然な点はあるような気はしていました。しかし、実際の契約は、上司が一手におこなっていたことから、契約の内容については詳しくはわかりません。
そのようなこともあり、Aさんは自宅待機とされ、その上、給料も支払ってもらえないことには納得がいきません。
Aさんは、会社に対して何か言えるのでしょうか。

自宅待機命令が有効なときの賃金請求の可能性

下記の通り、Aさんへの自宅待機命令が濫用と評価される場合でなければ、自宅待機命令自体は有効となり得ます。
しかし、自宅待機期命令が有効な場合においても、自宅待機期間中の賃金の支払いを求めることが可能な場合もあります。

自宅待機命令のふたつの類型について

まず、このような場合における自宅待機命令には、

  • 懲戒の一環としてなされるもの
  • 懲戒事由の有無を調査する等の目的で業務命令としてなされるもの

があります。

前者は、懲戒処分なので、就業規則等での規定に基づきなされることとなります。
この類型の自宅待機命令は、就業規則に規定され、懲戒として有効な場合になし得ることとなります。
そして、この懲戒処分としての自宅待機命令中は、その性質上、無給となるのが通常で、就業規則等に無給である旨を明記していることが多いと思われます。

尚、懲戒処分の有効性の問題に関しましては、下記のブログ記事で扱っておりますので、参考にしていただければと思います。

業務命令としての自宅待機命令と賃金の問題

今回のAさんの場合は、懲戒としてではなく、後者の「懲戒事由の有無を調査する等の目的で業務命令としてなされるもの」としての自宅待機命令ということになります。
しかし、懲戒事由の有無の調査を目的とする自宅待機命令に関しましては、

①懲戒事由がない(確定していない)にもかかわらず、業務命令として、自宅待機を命ずることができるのか

更に、自宅待機命令をなし得るとしても、
②自宅待機期間中の給与を支払わなくてもよいのか

という問題が生じ得ます。

業務命令としての自宅待機命令の有効性の問題

業務命令としての自宅待機命令の問題点

ここでは、業務命令として自宅待機を命じ得るかという点を考えてみます。

労働契約上、従業員には、労働を提供する義務はありますが、この従業員の義務は、契約の相手方である会社から免除することは可能と考えられます。

しかし、業務命令として自宅待機を命じ得るのかを考えるにあたっては、従業員から会社に対して就業させるよう求める権利としての「就労請求権」が存在するのかが、問題となり得ます。
仮に、従業員に就労請求権があるとすれば、就労させる義務を負う会社が、一方的に従業員の就労を禁じ、自宅待機を命ずるには、相当高度な理由がなければ困難であるとも考えられるからです。

従業員の就労請求権の存在に関する裁判例

この点につきまして、東京地判平成9年2月4日では、

一般に、雇用契約は、双務契約であって、契約の一方当事者である労働者は、契約の本旨に従った労務を提供する義務を負い、他方当事者である使用者は、提供された労務に対する対価としての賃金を支払う義務を負うが、特段の事情がない限り、雇用契約上の本体的な給付義務としては、双方とも右の各義務以外の義務を負うことはない。したがって、特段の事情がない限り、労働者が使用者に対して雇用契約上有する債権ないし請求権は、賃金請求権のみであって、いわゆる就労請求権を雇用契約上から発生する債権ないし請求権として観念することはできない。

東京地判平成9年2月4日

として、従業員が、会社など使用者に対して就労を求める、就労請求権の存在を否定しています。

この裁判例と同様に、従業員には就労請求権はないと考えるのが一般的です。

業務命令としての自宅待機命令の有効性

上記の裁判例を前提としますと、従業員には就労請求権がないことから、懲戒事由の有無の調査を目的とする自宅待機の業務命令も有効となり得るものと考えられます。

ただし、業務命令にも限界があり、濫用と評価されるような業務命令は無効となります。
相当な理由のない、自宅待機命令は無効となり得ます。

自宅待機命令期間中の賃金の問題

業務命令の自宅待機期間の賃金について

それでは、業務命令としての自宅待機命令が有効な場合は、ノーワーク・ノーペイの原則により自宅待機期間中の賃金は支給されないのでしょうか。

自宅待機期間中の賃金に関する裁判例

この点について、公務員が不正行為を理由とした自宅待機命令を受けた事件(大津地判令和2年10月6日)において、

原告は,・・・本件自宅待機命令が出されたことを踏まえ,同命令に従った自宅待機をするとともに,地方公務員の兼業禁止規定に従い,他の仕事に就くことをせずに過ごして・・・被告の服務規律に従い,被告がした職務命令に従った対応をしているのであるから,原告と被告の任用関係に基づく労務の提供をしたと認めるのが相当であり,仮に,原告が具体的な労務の提供をしていないとしても,それは被告が自宅待機中になし得る労務を原告に与えなかった結果にすぎないというべきである。

大津地判令和2年10月6日

として、自宅待機していることが労務の提供であるとしています。

そして、これを前提にして、

原告が,同月以降勤務をしていないのは,本件自宅待機命令が出され,服務規律を順守しつつ同命令に従った自宅待機をしていたためであり,原告は自宅待機という労務の提供をしている。仮に,労務の提供が観念できないとすれば,それは本件自宅待機命令が出されたことが原因であるところ,同命令は,法律や条例に根拠がないこと,実質的に懲戒処分というべきものであること,必要以上に長期間にわたる自宅待機を命じる内容であることからして,違法なものである。そして,違法な自宅待機命令という,被告の責めに帰すべき事情によって原告が労務の提供をすることができなかった以上,原告は,給料等請求権を失わない。

大津地判令和2年10月6日

としています。

この裁判では、自宅待機命令が違法と認定されています。
そこで、自宅待機命令が違法な場合、会社の「責めに帰すべき事情」によって、従業員が労務提供できなくなったことになることから、賃金請求権は消滅しないとしています。
ここでは、危険負担あるいは休業手当に関する労働基準法26条から、賃金請求権が消滅せず、従業員から賃金支払いを求めることが出来るという結論を導いていると考えられます。

更に、使用者が社会福祉法人である事件(佐賀地判令和3年4月23日)において、

本件自宅待機命令は,本件事故への原告の関与が不明な段階で,更なる調査が必要であること等を踏まえてされたものであり,制裁あるいは懲罰の趣旨であったとは認められないから,「調査期間中は自宅で待機すること」を提供するべき労務であるとして発せられた職務命令であると理解される。原告は,・・・・日から同年・・・・日・・・までの間,被告施設に出勤することがあったとは認められない。したがって,原告は被告に対して提供するべき労務を提供している。

佐賀地判令和3年4月23日

とし、やはり、上記の大津地判令和2年10月6日と同様に、自宅待機の職務命令下においては、出勤していないことが労務の提供になるとしています。
その上で、

被告は,本件自宅待機命令が緊急かつ必要やむを得ないものであったから,自宅待機期間中の賃金の支払義務を負わないと主張するが,被告が主張する事情が,職務命令に従って労務を提供している従業員に対する賃金支払義務を免れる事情となるとは認められない。よって,被告は,原告に対し,自宅待機期間中の賃金支払義務を負う。

佐賀地判令和3年4月23日

として、自宅待機期間中の賃金支払義務を認めています。
この裁判では、自宅待機命令については過失がないと認定しています。
しかし、上記のように自宅待機期間中の賃金支払義務を負うとしています。

2つの裁判例からしますと、自宅待機命令が違法な場合は無論、自宅待機命令が適法なものであっても、会社は従業員に対し、自宅待機期間中の賃金を支給する義務があることとなります。

これらの裁判例からしますと、業務命令としての自宅待機に関しては、無給扱いと出来ないのが原則と考えられます。

自宅待機命令と無給扱いの有効性について

これらのことからしますと、不正調査のための自宅待機命令も、業務命令権の濫用と評価されるような場合でなければ、有効となり得ます。

しかし、自宅待機命令が有効な場合でも、従業員は、自宅待機期間中の賃金の支払いを求めることができる可能性が高いものと考えられます。

尚、自宅待機命令自体が濫用と評価されるような場合は、自宅待機命令は無効となり、従業員は、待機期間中の賃金の支払いを求めることができます。

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