公道の雪崩事故と国家賠償法2条1項の瑕疵

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

公道で雪崩事故が発生したとき、どのような場合に国家賠償法2条1項の損害賠償義務を公道の管理者は負うのでしょうか。

ここでは、公道の雪崩事故における設置の瑕疵と管理の瑕疵に関する裁判上の判断基準、認定時の問題点について、2つの裁判例をみながら解説します。

公道の雪崩事故の責任

国道、都道府県道などの公道で雪崩事故が発生し、通行者に被害が生じた場合、当該道路の設置者あるいは管理者である国、公共団体は、国家賠償法2条1項の責任を負うのでしょうか。

まず、実際に人、自動車などが通行している公道が公の営造物に該当することは、とくに問題なく認定されるものと思われます。
このようなケースで国家賠償法2条1項の責任が生じるかは、設置または管理の瑕疵を認定し得るかにより決まるものと言い得ます。

道路の雪崩事故の裁判例

事故の概要

道路の雪崩事故により、国家賠償法2条1項の請求がなされた裁判例としては、名古屋高裁金沢支部判決昭和54年4月20日があります。

この裁判例は、山岳地帯の国道を通行していた車が、国道脇の崖上方から落下してきた雪崩に押しつぶされ、運転していた人が死亡した事故に関する事件です。

この事故の発生した国道は、国(以下「甲」といいます。)が所有する道路を、事故発生場所が所在する地方自治体(以下「乙」といいます。)の長が国の機関として管理をおこなっていたものであり(この事故は、機関委任事務が定められていた改正前の地方自治法が適用されていた時期に発生しています。)、乙は、事故現場付近の国道の費用負担者でもありました。

そこで、遺族は、甲に対し、国道の管理者として国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求め、また、国家賠償法3条1項の費用負担者である乙に対し、同項に基づく損害賠償を求め提訴しました。

裁判所の判断

1審(金沢地判昭和52年1月21日)は、事故の発生した国道の設置の瑕疵を否定しましたが、道路の通行の制限あるいは禁止の措置をとらなかったことを理由に管理の瑕疵を認定しました。

この事故の控訴審(名古屋高裁金沢支部判決昭和54年4月20日)では、

当裁判所も、本件道路に設置の点で瑕疵があつたとみることはできないと判断するもので・・・第一審原告らは、本件事故後・・・本件雪崩発生源付近および本件雪崩の通路付近に設置されたような鉄柵が本件事故発生前に設置されていなかつたことをもつて本件道路の設置の瑕疵であると主張するが、本件事故前に・・・右の場所が特に雪崩発生の危険性が高いという判断を容易になし得たとは認められないし、付近の山腹全面にわたつて鉄柵を設置することが道路設置のうえで当然に義務づけられるとも認められないから、第一審原告らの右主張は採用できない。

名古屋高裁金沢支部判決昭和54年4月20日

として、第1審と同様に道路の設置の瑕疵を否定しています。

その上で、

当裁判所も本件道路の管理には瑕疵があつたと判断するものであるが・・・各法条および国家賠償法二条の趣旨に鑑みると、同条にいう道路の管理に瑕疵があつたことのうちには、道路の物的状態における安全性の保持が完全でなかつたことのほか、当該道路における交通の危険を防止するため道路の通行を禁止し、あるいは制限する等の措置を講ずべきときにこれを怠つたことをも含むものと解され・・・本件事故現場付近は・・・山岳地帯の末端を形成する山並みにかこまれた地域であること、本件事故現場から北方約八〇メートル、南方約五〇〇メートルの間の国道は道路東側に山が迫り、かなりの急勾配の山腹斜面が道路に沿つて連続していることが認められ・・・第一審被告らは、道路管理者に右のような危険回避措置義務を課することは、道路管理者にその能力を超える判断を要求するものであり、事実上不可能を強いるものであるとして、特定の場所における雪崩の発生を具体的に予知することの困難性につき種々主張する・・・しかしながら、雪崩が襲来する危険をはらむような道路は本来設置されるべきではないのであり、ただ、当該道路に依存して生活せざるを得ない地域の住民にとつてそれは必須の生活手段であるため、設置の面で可能な限りの予防措置を講じてもなお残存する雪崩による事故の危険は、通行規制等の管理面での措置によりこれを防止できるという前提のもとにその設置が許容されていると考えられるから、右措置がなされない状態で当該道路の一般使用をしていた通行者が雪崩に遭遇し被害を蒙つた場合、雪崩発生につき前記認定程度の一般的予測可能性が存する限り、国家賠償法二条による事後的救済の面においては、道路の管理に瑕疵があつたものとみて国または公共団体に賠償責任を負担させ、被害の分散をはかるのが相当であると解され・・・危険回避措置義務は、事後的救済の面から道路の管理に瑕疵があつたとみるうえで論理的に前提される義務であり、これと同一内容の義務が道路管理者に対し事前に行政上の義務として当然に課せられるものではないから、第一審被告らの前記主張は失当である。

名古屋高裁金沢支部判決昭和54年4月20日

としています。

まず、道路の管理の瑕疵としては、道路の物的安全面の不完全性のほか、「交通の危険を防止するため道路の通行を禁止し、あるいは制限する等の措置を講ずべきときにこれを怠つた」ことも含まれるとしています。
その上で、雪崩事故の危険性回避のための「『通行規制等の管理面での措置』を講ずべきときにこれを怠つた」として、道路の管理の瑕疵を認定しています。
これにより、甲に国家賠償法2条1項に基づく損害賠償義務を、乙に3条1項に基づく損害賠償義務を認定しています。

尚、甲および乙から過失相殺の主張がなされたようですが、1審、控訴審はともに、過失相殺を否定しています。

この裁判の1審の判決文が入手困難であることから、明確なことはわかりませんが、控訴審裁判所は、設置の瑕疵を否定する理由として、「本件事故前において本件事故現場付近道路の東側の山腹一帯のうち右の場所が特に雪崩発生の危険性が高いという判断を容易になし得たとは認められない」としていることから、事故現場の雪崩発生の予見可能性を否定しているとも考えられます。
更にその上で、付近一帯の道路全体に雪崩防止用の鉄柵を設置する義務を否定し、設置の瑕疵を否定したと考えられます。

財政的制約について

この道路全体の鉄柵設置義務の否定に関しましては、財政的制約から否定しているとも考えられます。

この財政的制約に関しましては、下記のスキー場の雪崩事故についての記事で取り上げました松江地判平成26年3月10日の

自然の状態で管理される河川における設置又は管理の瑕疵は・・・管理開始後の治水事業によって順次達成されていくことが予定されていることに照らし、過渡的な安全性で足りるとされ・・・財政的・技術的・社会的諸制約が働くものとされているが・・・スキー場は・・・河川管理とは異なり、スキー場開設時から、本来、安全性が確保されてしかるべき施設であり、その財政的制約等によって直ちに瑕疵が否定されるものではない・・・

松江地判平成26年3月10日

との判示部分が参考になります。

この松江地判平成26年3月10日では、河川管理とスキー場を対極に置き、スキー場は開設において安全性の確保が必要であるとし、スキー場の瑕疵の認定に際しては、財政的制約を制限的にとらえています。

この点、道路の瑕疵に関しては、今回みています名古屋高裁金沢支部判決昭和54年4月20日をはじめ、一定範囲で財政的制約を考慮している裁判例が存在します。

河川に関しましては、元々、自然に存在(形成)するものであり、河川形成時に水害防止策を取ることは困難であり、段階的な水害防止施設の整備を図らざるを得ないこともあり、財政的制約を認めているものと考えられます。

しかし、公道に関しましては、スキー場と同じく人工的に建設されているものなのですから、河川の場合と事情は異なるといえます。

ところが、道路とスキー場は当該場所に建設しなければならない必要性の程度が異なるといい得ます。
道路に関しては、住民の生活等の理由から、一定の内在的危険性を有する経路に道路を設置せざるを得ないケースもあり得ると考えられ、このことから、道路に関しては、財政的制約を考慮する裁判例が存在するのではないかと思われます。

管理の瑕疵について

ただし、この裁判では、管理の瑕疵に関し、「危険回避措置義務は、事後的救済の面から道路の管理に瑕疵があつたとみるうえで論理的に前提される義務であり、これと同一内容の義務が道路管理者に対し事前に行政上の義務として当然に課せられるものではない・・・」として、被害者救済のために、高度の管理義務を課し、結果的に管理の瑕疵を認定しています。

ここで、留意したいのは、裁判所が、「雪崩が襲来する危険をはらむような道路は本来設置されるべきではない・・・ただ・・・地域の住民にとつてそれは必須の生活手段であるため、設置の面で可能な限りの予防措置を講じてもなお残存する雪崩による事故の危険は、通行規制等の管理面での措置によりこれを防止できるという前提のもとにその設置が許容されていると考えられる」としている点です。

つまり、地域住民に必須の生活手段であることに鑑み、潜在的に雪崩の危険性を有する道路を建設するのであれば、必要に応じ、積雪状況により道路を通行止めにするなどの管理をなすことを、道路の設置、管理者に対し義務付けていると言い得ます。

しかし、本来の生活道路であれば、果たして冬季でも通行止めに出来るのか疑問がないわけではありません。
その場合でも通行止めにしないという判断をし、結果として雪崩事故が発生したのであれば、通行止めの措置が実現可能か否かは別として、裁判上では危険回避措置義務違反が認定されると、判示しているものと考えられます。

このような瑕疵認定は、一種の補償に近いものと捉えることも可能と思われます。

雪を理由とする道路の瑕疵が問題となった近時の裁判例

事故の概要

近時の裁判では、道路の雪崩事故に関するものをみつけることは出来ませんでしたが、雪による事故で公道の瑕疵が問題となったという点において、上記の事件と類似した裁判例としては、公道で吹雪により生じた雪の吹きだまりに車が埋まり、運転していた人が車内で一酸化炭素中毒により死亡した事故の裁判(札幌高判平成27年7月7日)があります。

この事故では、遺族は、事故の発生した公道の管理者であった自治体(以下「丙」といいます。)に対し、国家賠償法1条1項および2条1項に基づく損害賠償を求め、丙から公道の維持補修、除排雪業務の委託を受けていた会社(以下「丁」といいます。)に対し不法行為責任に基づく損害賠償を求め提訴しました。

裁判所の判断

1審(札幌地判平成26年3月27日)は、公道に管理の瑕疵があったとして、丙に対し、国家賠償法2条1項に基づく損害賠償義務を認めました。
尚、丁の不法行為責任は否定し、丁への請求は棄却しました。

これに対し、控訴審は、丙に防雪柵の設置または管理の瑕疵があったのかという点について、

国家賠償法2条1項所定の「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは,営造物が通常有すべき安全性を欠き,他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい,このような瑕疵の存否については,当該営造物の設置管理の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである(最高裁昭和53年(オ)第492号,第493号同59年1月26日第一小法廷判決・民集38巻2号53頁)。

札幌高判平成27年7月7日

とした上で、防雪柵の設置または管理に瑕疵があったとは認められないとしています。

続いて、公道の事前規制などをしなかったという点について、その国家賠償法1条1項または同法2条1項の責任に関し、

国家賠償法2条1項所定の「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは,・・・営造物が通常有すべき安全性を欠き,他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいうのであって,同項所定の損害賠償責任が認められるためには,危険性が通常予測されること(結果発生の予見可能性)が必要であると解すべきである。

札幌高判平成27年7月7日

と、国賠法2条1項の成立には、「結果発生の予見可能性」が必要であるとしています。

その上で、

地吹雪などの悪天候であれば,道路利用者が通行を差し控えたり・・・迂回路を通行することにより通行量が更に少なくなることが想定されることも考慮すると・・・出張所長において・・・夜の時点で,道路利用者が,ごく局地的,かつ,前例がない特異な暴風雪によりできた巨大な吹きだまりに埋まるとの本件事故の発生を予見できたとは認め難い・・・したがって,丙には,結果発生の予見可能性が認められないから,・・・事前規制などをしなかったことを理由とする国家賠償法1条1項,同法2条1項に基づく責任を,いずれも認めることができない。

札幌高判平成27年7月7日

として丙の国家賠償法上の責任を否定しています。

ここでは、通行量が少なくなることが想定されたこと、局地的、前例のない暴風雪により巨大な雪の吹きだまりが形成され、車がそれに埋まるといったことが予見できたとは考え難いことから、丙には事故発生という「結果発生の予見可能性」が認められないとして、道路管理者である丙の国家賠償法1条1項と2条1項の責任を否定しています。

この裁判では、その後、上告されましたが、上告棄却および不受理決定が下されています(最決平成28年3月16日)。

2つの裁判の結論が異なった理由

上記の名古屋高裁金沢支部の判決では、「雪崩発生につき前記認定程度の一般的予測可能性が存する限り」瑕疵を認定するとして、広く予見可能性をとらえているのに対し、札幌高裁の判決では、具体的状況下での予見可能性を詳細に検討して瑕疵を否定しています。

考えようによりましては、後者でも前者のように一般的予測可能性で判断すれば、予見可能性を認定することも可能であったようにも思われることから、2つの判決の判断には整合性がとれないとも考えられそうです。

ところで、前者の裁判では、事故のあった国道について、「当該道路に依存して生活せざるを得ない地域の住民にとつてそれは必須の生活手段である」と判示していることから、迂回路が存在しない道路であったと考えられます。
このように考えますと、前者に関しては、国道利用者にとって、事故のあった国道を通行する以外の選択肢がなかったこととなり、雪崩発生時、その場に通行者が存在する可能性は相当程度あったものと考えられます。

一方、後者では、迂回路が存在したとされていることから、公道上で吹雪による雪の吹きだまりが発生しても、その場を利用者が通行する可能性は必ずしも高くはなかったといえ、事故当時に、事故現場に通行者が存在する可能性も低かったと考えられそうです。

このように考えますと、雪崩と雪だまりという違いはありますが、迂回路の有無の違いから、雪崩あるいは雪だまりの発生時に通行者が事故にあう可能性は、後者は前者ほど高くはなかったといえます。

このように2つの事故の間においては、事故に対する予見可能性が異なっていたと考えますと、2つの判決の整合性は取れていると言い得ます。

まとめ

今回は、公道での雪崩事故における国家賠償法2条1項の瑕疵の成立についてみてきましたが、雪崩事故などの雪害事故に際しては、公道の瑕疵としては、設置の瑕疵と管理の瑕疵の2つが考えられます。

とくに設置の瑕疵に関しましては、財政的制約が問題となり得ることから(この点につきましては、下記の記事でも触れました。)、設置の瑕疵の認定はハードルが高くなるケースが多いと思われます。

一方、管理の瑕疵に関しましては、事故の予見可能性がカギとなることも少なくなく、事故の予見可能性が認められると、瑕疵の認定がなされる可能性があると思われます。

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