遺言はどのような場合に無効となるのでしょうか?

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

遺言が形式的要件を欠いていたり、遺言者が認知症などから遺言能力を欠く状態で作成されていたり、公序良俗に反するものであったり、偽造されたものであったような場合、遺言は無効となり得ます。

ここでは、遺言が上記の理由から無効となりうることを、判例をみながら解説します。

遺言が無効となる理由について

遺言が無効となる主な理由

遺言は、一定の場合、無効となります。
自筆証書遺言のみでなく、公正証書遺言も無効となることがあります。

遺言が無効となる主な理由として、次のことがあげられます。

  • 遺言書が民法の規定する方式に合致していない
  • 遺言作成時に遺言者が遺言能力を欠いていた
  • 遺言が公序良俗に反する
  • 遺言が偽造されたものである

遺言の無効を主張する方法

遺言が上記の理由などにより無効であると判断される場合、無効な遺言を相続手続きから排除し、遺言はなかったものとして遺産分割協議をおこなうこととなります。

相続人のみでの話し合いが困難であれば、家庭裁判所へ遺産分割調停を申し立てる方法も考えられます。

更に、地方裁判所または簡易裁判所へ遺言無効確認請求訴訟を提起することも考えられます。

方式違背による無効

民法968条では、自筆証書遺言の方式について、

(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産(第九百九十七条第一項に規定する場合における同項に規定する権利を含む。)の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

民法968条

と規定しています。

自筆証書遺言が民法968条に定める形式的要件に反し、方式に合致していない場合、無効となり得ます。

尚、自筆証書遺言書保管制度を利用する場合、遺言書の預入時に遺言書保管所で方式の確認がなされることから、方式違背の無効は少ないものと考えられます。
また、公正証書遺言も公証役場で作成することから、方式違背による無効は少ないものと考えられます。

これらの点につきましては、下記の記事でも扱っておりますので、参考にしていただければと思います。

遺言能力を理由とする無効

遺言能力について

このほか、民法では、遺言に関し、

(遺言能力)

第九百六十一条 十五歳に達した者は、遺言をすることができる。

第九百六十二条 第五条、第九条、第十三条及び第十七条の規定は、遺言については、適用しない。

第九百六十三条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

民法961条~963条

と規定し、遺言作成時、遺言者が遺言能力を有することを求めております。

そこで、遺言時において遺言者に認知能力がなく、遺言能力を欠いていたような場合、そのような遺言は無効と判断されることもあります。

訴訟上では、遺言能力の有無については、

  • 遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容および程度
  • 遺言内容それ自体の複雑性
  • 遺言の動機・理由、遺言者と相続人または受遺者との人間関係・交際状況、遺言に至る経緯

などの事情を考慮して判断すると考えられています。

公正証書遺言が遺言能力の問題から無効とされた事案

ところで、公正証書遺言は作成段階で公証人が関与していることから、自筆証書遺言とは異なり、無効となることはないと考える人も少なくないようです。
しかし、公正証書遺言においても、遺言書の有効性が争われ、無効と判断されることはあります。

近時では、東京地判令和3年3月31日において、遺言時(遺言書作成時)における遺言者の遺言能力が争われました。
その結果、遺言能力は否定され、遺言は無効と判断されています。

遺言能力、上記裁判例に関しましては、詳しくは下記の記事をご覧ください。

公序良俗違反による無効

公序良俗違反について

民法90条は公序良俗に反する法律行為は無効としています。
この民法90条は、一定の範囲で遺言にも適用されると考えられています。

また、単独行為である遺言による遺贈と類似した効果を生じさせる法律行為として、遺言者の死後に遺言者の特定の財産を特定の人に贈与することを目的として締結される「死因贈与契約」があります。
この死因贈与契約も公序良俗違反により無効となることがあります。

遺言が公序良俗違反で無効とされた事例(その1)

遺言の有効性が公序良俗違反との関係で問題となった裁判例としては、東京地判昭和58年7月20日があります。
この裁判では、不倫な関係にある者との関係継続のための遺贈を内容とする遺言の有効性が問題となりました。

この事件において、裁判所は、

右認定によれば、亡・・・と補助参加人とは不倫な関係にあったものであり、本件遺言がなされたときは両者間に右関係が生じて間もないころであって、亡・・・は右関係の継続を強く望んでいたが、補助参加人はむしろそのことに躊躇を感じていた時期に符合すること、当時五〇才の初老を迎えていた亡・・・が、一六才年下の補助参加人との関係を継続するためには、財産的利益の供与等により補助参加人の歓心を買う必要があったものと認められること、本件遺言後両者の関係は親密度を増したことなどの諸事情を考え合わせれば、亡・・・は補助参加人との情交関係の維持、継続をはかるために、本件遺贈をなしたものと認めるのが相当である。そして、本件遺贈は、被告が居住する居宅である前記建物及びその敷地である土地を含む全財産を対象とするものであり、それは長年連れ添い、亡・・・の財産形成にも相当寄与し、しかも経済的には全面的に夫に依存する妻の立場を全く無視するものであるし、また、その生活の基盤をも脅やかすものであって、不倫な関係にある者に対する財産的利益の供与としては、社会通念上著しく相当性を欠くものといわざるを得ない。したがって、本件遺贈は、公序良俗に反し無効というべきである。よって、被告らの公序良俗違反の抗弁は理由がある。

東京地判昭和58年7月20日

と判示し、この事件の「不倫な関係にある者に対する財産的利益の供与」を内容とする遺言は、公序良俗違反により無効であるとしています。

遺言が公序良俗違反で無効とされた事例(その2)

遺言が公序良俗に反するのではないかが争点となった裁判としては、大阪高判平成26年10月30日もあります。

この事件では、すべての遺産を顧問弁護士でもある受遺者に遺贈することを内容とする遺言の有効性が問題となりました。
尚、問題とされた遺言の作成には、受遺者である当該弁護士が関与していたとされています。

この事件の控訴審では、「高齢及びアルツハイマー病のため判断能力が低下するなどしていた(遺言者)の信頼を利用して,合理性を欠く不当な利益を得るという私益を図ったというほかないのであるから,全体として公序良俗違反として民法90条により無効といわざるを得ない」と認定しています。

死因贈与契約が公序良俗違反で無効とされた事例

死因贈与契約における公序良俗違反が問題となった近時の裁判としては、名古屋地裁岡崎支部判決令和3年1月28日があります。

この事件では、養護老人ホーム入居者と、その入居者の身元保証を養護老人ホームへおこなった特定非営利法人との間において、身元保証契約に付随、一体化した形で、死因贈与契約が締結されていました。
裁判では、この死因贈与契約の有効性が争点となり、裁判所は、死因贈与契約は公序良俗に違反し無効であると認定しています。

遺言以外の一般的な公序良俗違反の問題に関しましては下記の記事であつかっています。

偽造による無効

遺言書を被相続人以外の者が作成していたり、修正していたような場合、当該遺言は偽造されたものとして無効となり得ます。

また、遺言の偽造を相続人がおこなっていた場合、偽造をおこなった相続人は相続欠格者となり、相続人の資格を失うこととなります(民法891条参照)。
相続欠格者につきましては、下記の記事において解説していますので参考にしていただければと思います。

遺言の無効について

このように、遺言は、形式的な要件を充たしていても、遺言能力、公序良俗違反などを理由として無効とされることがあります。
遺言書作成時あるいは死因贈与契約時には、十分に注意することが必要です。
また、公正証書遺言も、遺言能力の問題などで無効となり得ることには留意が必要です。

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