ここでは、退職勧奨の法的意味を解説した上で、退職勧奨行為の違法性が問題となった裁判例で示された退職勧奨の限界に関する基準を確認した上で、どのような場合に退職勧奨行為が退職強要として違法となり得るか、違法と判断されるような場合、法的にどのような問題が生じ得るかについて解説します。
目次
退職勧奨について
下記の記事でも触れましたが、いわゆる「肩たたき」のことを退職勧奨といいます。
退職勧奨は会社などの使用者が、労働者に対し、雇用契約の合意解除を申し込んだり、従業員に自発的な退職意思を形成するよう働きかける説得活動であり、解雇ではありません。
そこで、解雇時に問題となりうる解雇の4要件(要素)をみたしていない場合でも、会社は退職勧奨を適法になし得ます。
一方、このように退職勧奨は雇用契約の合意解除の申込みあるいは合意解除の誘因でしかないことから、退職勧奨を受けた従業員には、退職勧奨に応じる義務はなく、退職を断るのは自由です。
退職勧奨については下記の記事でも扱っています。
解雇の4要件(要素)については下記の記事で説明しています。
退職勧奨とその限界について
退職勧奨の限界に言及した裁判例
しかし、退職勧奨行為としての会社からの従業員に対する退職の働きかけも、一定程度を超えると退職強要として違法行為となり得ます。違法行為と認定されますと、慰謝料請求が認められることがあります。
この退職勧奨の限界につきまして、東京地判平成23年12月28日では、
退職勧奨は,勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるが,これに応じるか否かは対象とされた労働者の自由な意思に委ねられるべきものである。したがって,使用者は,退職勧奨に際して,当該労働者に対してする説得活動について,そのための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り,使用者による正当な業務行為としてこれを行い得るものと解するのが相当であり,労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる限度を超えて,当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり,又は,その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって,その自由な退職意思の形成を妨げるに足りる不当な行為ないし言動をすることは許されず,そのようなことがされた退職勧奨行為は,もはや,その限度を超えた違法なものとして不法行為を構成することとなる。
東京地判平成23年12月28日
と判示しています。
この裁判例は、
- 退職勧奨は,勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であること
- 使用者は、手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り,正当な業務行為としてなしうること
- 社会通念上相当と認められる限度を超えて不当な心理的圧力を加えたり,名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりする退職勧奨行為は不法行為となりうること
との退職勧奨行為の限界に関する基準を示しています。
この東京地判平成23年12月28日において示された基準は、以後の同種の裁判においても採用されています。
退職勧奨に関する近時の裁判例
退職勧奨に関する近時の裁判としては、法人に懲戒解雇された人が、懲戒解雇が違法なものであると主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、未払賃金等及び精神的苦痛に対する慰謝料等を請求した事件(高知地判令和3年5月21日)があります。
この裁判では、当該法人の理事長の言動が退職勧奨の限度を超えた退職強要に該当し、違法行為となるかについて、
A理事長が,原告に対し,平成・・・日,理事長室において・・・原告に対して退職勧奨を行ったものと認められる。もっとも,上記退職勧奨は・・・被告法人において一応の根拠に基づいて行われたものであること,その態様も,上記のとおり辞表の提出や引継ぎを求めるといった程度のものであることからすれば,上記退職勧奨が,社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないしは執拗なものであるとは認められない・・・以上によれば,A理事長の行為が不法行為に該当するとは言えないから,この点に関する原告の請求は理由がない。
高知地判令和3年5月21日
と、退職勧奨の限界について判示しています。
この事件でも、退職勧奨の態様が社会的相当性を逸脱している場合は違法行為となり得ることを前提に判断を下しています。
尚、事案としては、理事長の言動は社会的相当性の範囲を逸脱するものではないとして違法性を否定しています。
退職勧奨の問題点
適法な退職勧奨とその効力
このように、退職勧奨は従業員の退職に関する自発的な意思形成を害するに至らない程度であれば違法とはなりません。
しかし、従業員は、この退職勧奨を受け入れることを義務付けられるものではありません。
退職勧奨を断ることは自由です。
退職勧奨の限界を超えた違法な行為について
退職への働きかけが退職勧奨の限界を超えた場合、退職強要として不法行為となる余地があることとなります。
退職勧奨行為が長時間あるいは密室でおこなわれたような場合、あるいは従業員が退職の意思を明確に示したのもかかわらず、執拗に退職勧奨を繰り返したような場合、当該退職勧奨行為は違法な退職強要となり得ます。
また、退職勧奨行為が、威圧的な言動、強迫的あるいは侮蔑的な言動を用いておこなわれたような場合、ハラスメント行為と認定される可能性があります。
このような違法な退職勧奨行為、あるいはハラスメント行為がおこなわれた場合、従業員は会社に対し慰謝料請求をなし得ることがあります。
また、かかる違法な退職勧奨により、従業員が退職届の提出に応じても、そのような退職届は撤回、あるいは取消しできる可能性があります。
この点につきましては、下記の記事で扱っています。