地方公共団体の首長が違法な処分をおこない、当該地方公共団体の職員が、首長の当該違法処分にしたがい職務を遂行したことにより、住民、地方公共団体などに損害が発生した場合の、公務員の法的責任について裁判例をみながら解説します。
目次
公務員の損害賠償責任
公務員の損害賠償責任の問題
地方自治体の首長(知事、市町村長など、以下「首長」といいます。)は大きな権限を有しています。
もし、首長が違法な処分をおこない、当該地方自治体の公務員(以下「公務員」といいます。)が当該処分に従い職をおこない、その結果、損害が発生した場合、公務員は首長とともに損害賠償義務を負うのでしょうか。
公務員の損害賠償責任が問題となる2つのケース
公務員の違法行為が問題となるケースとしては、
- 公務員の行為により、第三者に損害が発生するケース
- 公務員の公金支出などにより、地方自治体に直接損害が生じるケース
が考えられます。
まず、公務員の行為により、第三者に損害が発生するケースでは、原則として、国家賠償法1条1項などにより、地方自治体が第三者に対する損害賠償義務を負うこととなります。
その場合、公務員個人は、直接第三者に対し損害賠償義務を負うものではないとされています(最判昭和30年4月19日参照)。
ただし、下記の記事で触れましたが、このような場合でも、事案によっては、国家賠償法1条2項に基づき、地方公共団体から職員に対し、第三者へ支払った損害賠償金の求償がなされることがあります。
2つ目のケースとしては、公務員の公金支出などにより、地方自治体に直接損害が生じる場合があります。
この場合、公務員に故意または重大な過失(現金については過失)があった場合には、地方公共団体から公務員に対する損害賠償請求が問題となります(地方自治法243条の2の2)。
地方自治法242条の2第1項4号
いずれの場合においても、地方自治体が公務員に対し、求償権あるいは損害賠償請求権を行使しない場合、下記の地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟が提起されることがあり得ます。
(住民訴訟)
地方自治法242条の2第1項
第二百四十二条の二 普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第五項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第五項の規定による監査若しくは勧告を同条第六項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
( 一~三 省略)
四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第二百四十三条の二の二第三項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合には、当該賠償の命令をすることを求める請求
公務員への損害賠償請求に関する裁判例
事案の概要
この地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟として、上記の2番目のケース(公金支出が問題となったケース)に関し、公務員への損害賠償請求がおこなわれた事件として釧路地判平成12年3月21日があります。
この事件は、X村村長であった甲が、在職当時、村長の専決処分として行ったX村・・・組合(以下「組合」といいます。)に対する公金支出が違法なものであり、これによりX村に損害が生じたとして、甲及びX村の収入役(現在の会計管理者)兼助役(現在の副村長)であった乙に対し、X村に代位して損害賠償を求める住民訴訟が提起されたものです。
首長の損害賠償責任
この裁判の判決では、組合への公金支出は、公益上の必要性を欠く違法なものであると認定されています。
このことから、首長である甲の責任に関しては、
「甲は、公益上の必要性がないにもかかかわらず、X村村長として、専決処分による本件公金支出を実行した結果、組合からの貸付金の回収を困難にし、同村に五〇〇万円の損害を被らせたものである。」
と認定されました。
そこで、甲に関しては、
「甲は、X村に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成・・・日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」
との判決が下されています。
収入役の損害賠償責任
一方、収入役であった乙の責任に関しては、
・・・収入役の権限については、X村会計規則により・・・債務負担行為についての事前協議並びに支出命令及び支出命令書の審査によって公金支出に関与するものとされているが、その関与の範囲ないし権限は、法令や予算との整合性や必要な書類の不備がないかなど形式的な事項を審査することに尽きるのであって、実質的な支出の当否について判断の上、村長の決定に容喙できるものではなかったこと、しかるに、本件公金支出は、公益上の必要性を欠き実体的には違法であったが、その支出につき財務会計法規上の義務に違反する手続上の違法はなかったことが認められる。このように、助役の財務会計上の行為につき、財務会計法規上の義務違反が認められない場合には、先行する原因行為である村長の行為に違法事由が存する場合であっても、右行為を前提としてされた助役の行為が当然に違法となるものではなく、右処分が著しく合理性を欠き、そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、助役か村長の行為を前提として、これに伴う予算措置を執っても違法とはならないというべきである。そして・・・著しく合理性を欠き・・・看過し得ない瑕疵が存するとまでいうことはできないから・・・乙の支出行為は、職務上負担する財務会計上の義務に違反してされた違法なものということはできない・・・乙には本件公金支出について義務違反の事実は認められず、原告の乙に対する請求には理由がない。
釧路地判平成12年3月21日
と認定しています。
ここでは、
- 収入役の権限は、法令や予算との整合性、必要書類の不備のチェックなど形式的な事項の審査に限られていること
- 問題となった公金支出の支出は、財務会計法規上の義務に反する手続き上の違法はなかったこと
- 手続き上の違法がない場合、著しく合理性を欠き、予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が認められる場合でない限り、村長の行為を前提として予算措置を執っても違法とならないこと
- 助役の行為は、著しく合理性を欠き、適正確保の見地からの看過し得ない瑕疵が存在したとはいえないこと
を摘示し、収入役であった乙への請求を棄却しています。
ここでは、一連の公金支出行為を、村長の実質権限としての専決処分段階と、収入役の形式的な権限である審査段階にわけてとらえ、収入役が担う審査には手続上の違法性はなく、また著しく合理性を欠き、看過しえない瑕疵が存在したとはいえないとして、収入役を兼務していた助役の責任を否定したものといえます。
裁判例の趣旨から考えられる損害賠償責任
上記判決の趣旨からしますと、首長の行為に違法性が認められたとしても、職員に手続き上の違法が認められない場合、その職員の行為が、著しく合理性を欠き、適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存在すると評価できるような例外的なケースでなければ、職員の責任は否定されるものといいえそうです。
しかし、上記の事案では、乙は助役として収入役を兼務していたことから、地方公務員の一般的な意味での職員には該当していません。
そこで、この裁判例の趣旨が、一般の職員の同様なケースに必ずしもあてはまるとはいい得ないことには、留意が必要です。