山岳地帯で実施された教育活動において発生した事故のうち、刑事事件として起訴され、有罪判決が下された事件は少数に限られています。
ここでは、教育活動時の雪崩事故で引率、指導教員に業務上過失致死罪の有罪判決が下された裁判例をみながら、山岳地帯での教育活動時の事故において、引率、指導教員に業務上過失致死罪が成立しうるケースについて考えてみます。
目次
学校山岳事故における教員の刑事責任
学校山岳事故のうち起訴された事件
山岳地帯で実施された学校の教育活動において発生した事故(以下「学校山岳事故」といいます。)を原因として引率、指導教員が起訴された事件は数件に過ぎず、また、起訴された事件でも無罪判決が下されたものも複数件存在します。
そのことから、学校山岳事故のうち、引率、指導教員に対し刑事責任が課された裁判は少数に留まっています。
しかし、有罪となった事件と無罪となった事件の判決文を比較検討することは、引率、指導教員に求められる刑法上の注意義務の程度、あるいはその限界を把握するためにも重要なことであると思われます。
そこで、引率、指導教員に課される注意義務の程度を考えるために、登山時の事故ではありませんが、山岳地帯の事故という側面から共通点が多い、30)大学の集中講義のスキー実技時に発生した雪崩に学生が巻き込まれ死亡した事故の刑事裁判(長野地裁松本支部判決平成24年11月2日)(以下、「スキー講義雪崩事件」といいます。)の判決文をみてみます。
正規の授業で教員の責任が問われた裁判例
尚、刑事・民事を問わず、学校山岳事故が裁判にまで発展したものは多くはありません。
更に、その数少ない裁判に発展した事故の多くは、学校行事としての遠足あるいは登山部の活動など課外活動時に発生したものであり、正規の授業時に発生した事件件数は大変少ないものとなっています。
この正規の授業の中で発生した登山事故の裁判として、下記の記事において金華山転落事故扱っていますが、この金華山転落事故の裁判は民事事件であり、引率教員に対し刑事上の責任が問われたものではありません。
スキー講義雪崩事件について
事件の概要
今回取りあげる事件は、大学の講義としておこなわれたスキー実技に参加していた学生2名が、スキー場内で雪崩に巻き込まれ死亡したもので、講義の指導教官であった非常勤講師に対し、業務上過失致死罪の有罪判決が下されています。
事件発生経緯
裁判所は、この事件の発生経緯について次のように認定しています。
尚、以下、指導教官であった非常勤講師を「甲」、雪崩に巻き込まれ死亡した学生を「A」および「B」といいます。
甲は・・・大学の非常勤講師として,同大学の体育の講義を担当し,同大学生へのスキー実技の指導等の業務に従事していたものであるが,平成・・・年2月3日・・・スキー場において,A(当時20歳)及びB(当時20歳)ら7名の同大学学生(以下,「学生ら」という)に,同大学の体育の講義としてスキー実技の指導等を行うに当たり,同スキー場の林道コースは急斜面に接していた上,同日午後1時ころ,同スキー場のパトロール隊により,雪崩の危険の発生を理由として同コース入り口・・・に封鎖用のネット及び立入禁止である旨を表示した標識が設置されて同コースの閉鎖及び立入禁止措置が講じられるとともに,そのころから約15分毎に,同スキー場内の放送設備を通じ,同スキー場利用者に向け,雪崩の危険があるので閉鎖中の同コース内には立ち入らないよう指示する旨の放送による告知が繰り返されて(いたが、)・・・午後3時30分ころ,同コース入り口において,学生らに対し,同入り口に設置された前記、し,学生らをして同ネットを乗り越えさせて同コース内に進入させ・・・午後3時40分ころ,同入り口から約545メートル進んだ同コース内・・・において,折から発生した雪崩に前記A及びB(が)・・・埋没・・・(その後搬送先の)・・・病院高度救命救急センターにおいて,・・・4日午前9時50分ころ・・・A・・・午後8時55分ころ・・・B・・・(が)・・・いずれも前記雪崩による埋没に起因する窒息により死亡・・・(した。)
長野地裁松本支部判決平成24年11月2日
注意義務および注意義務違反行為
この事件発生経緯をもとに裁判所は、甲の注意義務および注意義務違反行為について、
甲においても・・・(放送設備を通じ,同スキー場利用者に向け,雪崩の危険があるので閉鎖中の同コース内には立ち入らないよう指示する旨の放送による)・・・告知により同コースが閉鎖されていることは認識したのであるから,同告知に一層留意した上,雪崩の危険があることを予測し,同コースの閉鎖及び立入禁止措置に従い,学生らが同コース内へ立ち入らないよう措置すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り・・・同コース内へ進入するよう指示し,学生らをして同ネットを乗り越えさせて同コース内に進入させた過失により
長野地裁松本支部判決平成24年11月2日
とし、業務上過失を認定しています。
ここでは、
- スキー場内の放送により雪崩の危険性からコースが閉鎖されていることを認識しており雪崩の発生の予見可能性が認められること
- 雪崩の危険を予測し、コースの閉鎖及び立入禁止措置に従い、学生らがコース内へ立ち入らないよう措置すべき業務上の注意義務を負っていたこと
- ところが、学生にコース内へ進入するよう指示し、ネットを乗り越えさせてコース内に進入させた注意義務違反行為が認められること
から、甲の業務上過失を認定しています。
尚、甲は学校の業務として引率していたことから、問題なく業務性も認定され、業務上過失が問題となりました。
弁護人の主張
弁護人は、この裁判において、
本件の雪崩が滑走禁止区域を滑走した第三者により惹起された可能性があり,被告人には,このような滑走禁止区域を滑走する者がいることが予見できないから,人為的に雪崩が誘発されるという因果関係の基本的部分についての予見可能性はない・・・
・・・(林道コースの入口地点)で,林道コースに入らない場合の選択肢は,多様であり,経験豊富なものであっても判断が分かれる,さらには,学生が・・・ゲレンデを歩いて登る,歩いて降りる,ゆっくり滑り降りるなどの手段は,衝突や転倒による怪我のリスクも高まる,などの理由を挙げて,閉鎖されている林道コースに入るという選択をすることがどこまで法的非難に値することか十分に吟味されなければならない・・・
長野地裁松本支部判決平成24年11月2日
として、
- 雪崩が滑走禁止区域を滑走した第三者により惹起された可能性があるところ、そのような滑走を被告人は予見できなないことから、第三者の滑走により人為的に雪崩が誘発されるという因果関係の基本的部分の予見可能性がない
- 学生の下山を考えると、閉鎖されたコースをたどることの法的避難の評価は慎重になすべき
などの主張をしています。
裁判所は、上記1の主張に対し、
①本件公訴事実では・・・雪崩の原因を自然とも人為的とも限定していないし,②客観的に,雪崩が生じる危険性が高い状態であることは明らかであり,林道コース閉鎖の状況などからその危険性を予見すれば,被害者の死亡という結果を回避することが容易にできたのであって,雪崩の生じた原因が人為的かどうかについては,予見可能性・予見義務の対象とはならない
長野地裁松本支部判決平成24年11月2日
として、弁護人の主張を退けています。
その理由として、
①の箇所で、検察官は雪崩原因が人為的か自然的なものであるかについて、特定していないとしています。
一方、②の箇所で触れていることは、下記の記事で扱っています28)ニセコ雪崩遭難事件の判決において、「故意に雪崩を誘発した場合は別として、第三者の行為が引き金となって雪崩が生じた場合も自然発生的に雪崩が生じた場合の注意義務と変わりはない」と述べていることと類似しているといえそうです。
事故発生時の諸状況について
尚、裁判所は、30)スキー講義雪崩事件では、事故発生時の諸状況に関し、雪崩事故現場について、次のように雪崩道であると認定しています。
・・・林道コースが・・・南向きの急勾配の凹斜面と交差する・・・場所で・・・林道コース内には,いわゆる典型的な「雪崩道(沢型地形で高木の生えていない傾斜30度以上の場所で,しばしば雪崩が起こる場所)」が5か所存在する。本件事故現場は,この雪崩道の一つである
長野地裁松本支部判決平成24年11月2日
次に事故当時の気象状況については、近接した日に、暖かい日があったことと、大量の降雪があったことを下記のように認定しています。
本件事故現場に最も近い気象観測地点・・・の気象データ(最高気温)等からすると,1月30日は暖かく,また,1月30日,31日と2月3日の降雪が多かった
長野地裁松本支部判決平成24年11月2日
更に、当日の積雪状況に関連し、スキー場のパトロール隊が小規模の雪崩の発生を確認し、コースの閉鎖を決定していることを下記のように認定しています。
本件当日午後零時半過ぎころ,本件スキー場のパトロール隊隊員は,小規模の雪崩が起きていることを確認・・・この・・・報告を受けたパトロール隊総括主任・・・は,林道コースの点検に行き,いわゆる「デラがけ」という方法で積もった雪の落ちやすさを確認・・・午後1時ころ,林道コースに雪崩が起きる危険性があると判断し,林道コースの閉鎖を決定
長野地裁松本支部判決平成24年11月2日
雪崩の危険性に関する裁判所の判断
このように事故現場は、
- 雪崩の自然発生の危険性が高かったこと
- スキー場という特性からスキー客らが通行する可能性はあったこと
などからすると、事故現場付近の事故発生前における雪崩発生の危険性には、自然発生の雪崩のみならず、スキー客の通行が直接の引き金となるような人為的な雪崩発生の危険性も含まれていたと考えることが出来ます。
そうしますと、仮に、本件雪崩事故の直接の引き金が人為的なものであったとしても、故意に雪崩の発生を図ったようなものではない限り、本件事故の雪崩は、事故発生前の雪崩発生の危険性が顕在化したものであると評価することができると考えられます。
このようなことも裁判所が上記の②の摘示をおこなった背景にあるものとも考えられます。
一方、上記の弁護士の2の主張に対し、裁判所は、
・・・スキー場のコース閉鎖の理由の中には,雪崩などスキーヤーに危険が及ぶおそれがあることが含まれているのであるから,そのようなスキーヤーに危険が及ぶおそれのある閉鎖されたコース内に入るという行動は,より大きな危険を避けるためという緊急避難のような場合以外は,当然に,他の選択肢を選択すべきである。仮に,甲だけでは・・・ゲレンデを移動する学生の安全が確保できないというのであれば,その安全確保のために,パトロール隊や大学関係者に連絡するべきであるし,甲はそのための手段(携帯電話)を有していたのである
長野地裁松本支部判決平成24年11月2日
と判示して、弁護人の主張を退けています。
この判示の前半部分は、雪崩の危険性を理由に閉鎖されたコースへ侵入することは、それを上回る余程の事情がなければ許容されるものではないことを理由としてあげていると考えられます。
そして、「仮に」以下の後半部分は、雪崩の危険性が存在することは、雪崩事故の危険性を招くことになるのだから、指導教官として、その危険性を回避する義務を負うこととなり、その危険性を回避することは、携帯電話を利用することにより可能であったとしたものです。
このようにして、裁判所は弁護人の主張を退け、甲に対し、業務上過失致死罪の有罪判決を下しています。
事件の特殊性
30)スキー講義雪崩事件は、雪崩の危険性からスキー場が閉鎖したコースへの立入りを防ぐために張られたネットを、わざわざ倒すなどして進入するよう指導教員が指示し、その指示に従った学生が雪崩事故で死亡したというもので、かなり特殊な事例であるといえます。
学校山岳事故の刑事事件としての起訴件数、有罪件数を考えあわせますと、学校山岳事故において業務上過失致死罪が成立するのは、30)スキー講義雪崩事件のような特殊な事例であると考えることができそうです。