業務目的外サイトの閲覧、私的メールに対する懲戒処分

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

業務時間内の私的サイト閲覧、メールの問題

Aさんの場合

Aさんは、この1年位、平均すると1日1時間程度、会社のPCを使用して登山関係のサイトを閲覧・利用して週末の山行予定を立案し、同行者との山行に関する連絡メールの送受信を業務時間内におこなっていたところ、これを理由として、会社から懲戒処分として降給を含む降格処分を受けることとなりました。Aさんは、業務に支障のない時間帯に山行計画を立て、連絡をしていたのであるから、懲戒処分は不当であると不満に思っています。
Aさんへの懲戒処分は不当なのでしょうか。

法的な問題点

会社と従業員の間には労働契約が成立しており、従業員は業務時間内には職務専念義務を負っていると考えられています。そこで、業務時間内の私的なネット利用、チャットなどは職務専念義務に反する可能性があります。また、会社のPCを利用した場合、会社のPCへの管理権を侵害しているとも評価される可能性があります。
これらのことからしますと、就業規則で当該行為を懲戒処分の対象として規定されていれば、業務時間内の私的なウェブ閲覧あるいはチャット・メールの利用は、その程度により、懲戒処分の対象となり得ると考えられます。
そこで、Aさんへの懲戒処分も個別具体的な状況によって、懲戒処分の有効性が判断されることとなります。

懲戒処分の有効性の判断

まず、Aさんの場合でも、就業規則に当該行為を懲戒対象として規定していなければ、原則として懲戒処分を会社はなし得ないのは、他の理由による懲戒処分の場合と同様です。
次に、就業規則にそのような規定が存在したとしても、その規定自体が相当性を欠くのであれば、規定が無効となることもあり得ます。また、規定が有効であり、かつ、形式的に問題となる行為が規定に抵触していたとしても、社内の類似事案の処分状況、規定への抵触の程度によっては、懲戒処分をなし得ないこともあり得ます。更に、懲戒処分をなし得るとしても、処分の内容が重すぎると判断される場合、懲戒処分は無効となり得ます。

このように、懲戒処分の有効性も、具体的事案に即して判断されることになりますので、具体的事案における懲戒処分の有効性を検討するには、類似事案の裁判例において、どのような判断基準で具体的にどのような判断を下しているのかを検討するのが有益であると考えられます。

類似事案の裁判例

事案の概要

そこで、会社のPCの私的な利用に対する懲戒処分が問題となった近時の裁判例である、業務時間内に私的に取引口座を開設していた証券会社のサイトおよびその他の証券関係のサイトを約6カ月の間、1日平均15~17分程度閲覧するとともに、メールサイトにアクセスして私的なメールの送受信もおこなった従業員が会社から降格処分を含む懲戒処分を受けた事案において、従業員が当該降格処分が無効であると主張し、降格前の等級にあることの確認と降格前と降格後の賃金の差額の支払い等を求めた裁判(神戸地判令和元年11月27日)において、裁判所は、降格処分を無効と判断しています。

裁判所の判断

裁判所は、まず、降格処分の有効性について、本件の私的閲覧が就業規則の懲戒処分の規定に該当し、かつ、私的閲覧回数も多数回であることから降格処分には客観的に合理的な理由があると認定しています。
裁判所は、これに続き、私的閲覧行為の目的、態様、業務への影響、会社の不利益、従業員の不利益、処分以前の注意,指導状況、処分の手続き、他者の処分との均衡等を検討し、下記のように降格処分の社会的相当性を否定し、降格処分を無効と認定しています。
この判断部分は、裁判所の社会的相当性の具体的な判断基準を知る参考となることから、少し長めに引用してみます。

ア 本件私的閲覧の目的等
・・・・原告は・・・自己の資産運用等のために本件私的閲覧を行っていたものと推認でき・・・る・・・イ 本件私的閲覧の態様等
・・・本件私的閲覧の期間は・・・約5か月半のうち合計86日・・で・・・1日当たり15分から17分程度である。
なお,原告は,私的閲覧について・・・平成26年4月頃から・・・証券サイトを閲覧していた旨供述しており・・・原告の私的閲覧は相当長期間にわたることがうかがえるが,これは本件降格処分の事由とされていないから,考慮することはできない。
ウ 本件私的閲覧による業務への影響等
本件私的閲覧の結果,被告の業務用パソコンがウイルスに感染するなど,サイバーセキュリティ上の危険が生じたことはうかがえない。また,本件降格処分前の原告の等級・・・は,係長相当のうちでも低い等級で・・・社内に与える影響が大きいということもできない。
エ 本件降格処分による原告の不利益
・・・本件降格処分により,原告の等級が・・・から・・・に下がり,これに伴って,役割給が6720円減額され,役職手当も5000円減額された。
なお,原告は,・・・への降格により,一定期間昇給できない地位に降格し,昇給の可能性をはく奪された旨主張する・・・が,今後,良好な職務成績を残すことにより,昇格して役割給が上がる可能性があるから,本件降格処分により原告の昇給の可能性が剥奪されることにはならず,原告の上記主張は採用できない。
オ 本件降格処分以前の原告に対する注意,指導等
・・・原告は,社内で私的にウェブサイトを利用することが規制されていることや,全社員を対象とした・・・平成・・・日にされた注意喚起の内容を認識していた。もっとも,本件私的閲覧の前及びその最中に,被告が原告に対し,個別に私的閲覧を注意したことはない。
カ 本件降格処分に至る手続について
・・・平成・・・日,Bは,本件降格処分をするとの人事部の方針に基づき,Dの同席の下,原告と面談し,本件私的閲覧の事実を指摘し,格別,原告から反論等がなかったことから,本件懲戒通知書を交付したというのであり,Bは,本件降格処分に先立ち,原告に対して弁解の機会を与えたといえる。
キ 処分の均衡について
原告は,・・・事案やUSB等事案について譴責処分に留めており,本件降格処分との均衡を欠く旨主張する。
しかしながら・・・事案は,私傷病で入院中(休職中)の従業員が,1回,被告のモバイルパソコン及びデータ通信カードを利用して・・・の動画配信サービスを利用したにすぎず,被告に何ら損害は生じていないものであり,また,USB等事案は,ウイルスが検知されたにすぎず,ウイルスが検知されたものではない。
そうすると,一定期間に継続的に本件私的閲覧をしていた本件とは事案を異にし,本件降格処分は譴責とされた上記事案との均衡を欠くものということは・・・できない。
もっとも,・・・本件降格処分と同日になされた降格処分のうち,被告の内部調査の端緒になったCについては,私的閲覧の期間が長く,原告より等級が上位であることを考慮すると,本件降格処分とCに対する降格処分とはいささか均衡を失するものとみることができる・・・
ク 総合評価
上記認定のとおり,原告の私的閲覧は,業務とは関連性がない資産運用等の私的な目的でなされたもので,何ら酌むべき点はなく,その態様は,約5か月半のうち合計86日で,1日当たり15分から17分程度と職務専念からの逸脱の程度は小さくなく,また,その不利益の程度も,役割給が6720円,役職手当が5000円の減額となり,本件降格処分前の原告の役割給が30万・・・円で,役職手当が1万円であることからすると,原告の受ける不利益は必ずしも大きいものとはいえない。
しかしながら,本件私的閲覧は,その態様にかんがみても,業務への支障が大きいとまではいうことはできず,しかも,原告の等級が・・・(係長相当)であったことからすると,被告に与える影響もそれほど大きいわけではなく,職場秩序を乱すものとまではいうことはできず,また,これによってサーバーセキュリティ上の危険が生じたわけではない。本件降格処分前,原告が懲戒処分を受けたことや原告の勤務成績が不良であったことはうかがえず,原告も被告による注意喚起等で私的閲覧が禁止されていることを認識していたものの,原告に対する個別の注意や指導等はなく,原告に対する処分として,降格処分の他に減給処分もなし得たが,この点について被告内で十分な検討がされたことはうかがえない。
これらの事情を考慮すると,本件降格処分は,いささか重きに失するものであり,社会通念上の相当性を欠くものというべきである。
したがって,本件降格処分は無効というべきである。

神戸地判令和元年11月27日

Aさんのケースの検討

上記の判決からしますと、Aさんの場合、就業規則に当該行為を懲戒処分とする規定が定められていれば、およそ業務とは無関係なサイトを1日1時間程度も閲覧し、業務と無関係なメールの送受信を会社のPCでおこなっていることからしても、降格処分が有効とされる可能性はありうると考えられます。
ただし、降格・降給の程度、社内の同様なPCの私的使用への処分状況、Aさんへの懲戒処分の手続等等によっては、相当性を欠いて降格処分が無効となる可能性もあり得ると考えられます。

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