公務員の事前相談に際する法令の合憲性調査義務について

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

公務員は、事前相談を受けたときに、その事前相談に関連する法令の憲法適合性あるいは法律適合性の調査義務を負うのでしょうか。

ここでは、公務員が事前相談を受けた際に法令の調査義務が生じうるのか、生じうるとした場合、どのような場合に生じるのかを裁判例をもとに解説します。

法令の合憲性を調査する義務の問題

住民が具体的な行為に先立ち、官公庁に当該行為に関連した法令の解釈に関し相談した際、対応した公務員が相談された法令が憲法に抵触して無効であるかを検討せずに回答し、その結果、相談者が損害を被った場合、当該公務員の対応は国家賠償法1条1項の適用上、違法と判断され、相談を受けた国、地方公共団体は損害賠償責任を負うことになるのでしょうか。

誤った法解釈、適用の教示、指導の違法性

相談を受けた公務員の教示、指導の違法性が問題となった裁判としては、土地の売却時の長期譲渡所得に対する租税特別措置法の特別控除額の特例の適用に関する市職員の誤った教示、指導に基づき、所得税の申告をおこなった住民が提起した、国家賠償法に基づく損害賠償請求事件があります。
この裁判の上告審(最判平成22年4月20日)では、教示および指導について、国家賠償法上の違法性が認定されています。

しかし、この裁判は、法解釈・適用の誤認により、誤った教示および指導をおこなったという事案であり、法令自体の違憲性が問題となった事件ではありません。

条例の合憲性が争点となった裁判例

事案の概要

法令自体の違憲性との関係で、条例の適用に関する公務員の説明内容の違法性が問題となった事件としては、横浜地裁小田原支部判決平成25年9月13日(1審)、東京高判平成26年1月30日(控訴審)があります。

この事件は、農業を営む住民(以下「甲」といいます。)が、自己所有地に井戸を設置した上で農家用住宅を建築しようとし、官公庁に相談したところ、居住する地方公共団体(以下「乙」といいます。)の職員の対応が違憲・違法なものであったことから、住宅の建築が遅延し、また井戸の設置に代わり水道を敷設せざるを得なくなったことにより損害が生じたとして、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求め提訴したものです。

この裁判では主に、

  • 建物建築に係る農地法の許可等に関する公務員の回答・指導
  • 井戸の設置に係る地下水保全条例(以下「本件条例」といいます。)との関係において、住宅の建設地に井戸を設置することが認められないとの説明

等の公務員の対応の違法性が争われましたが、ここでは、後者の本件条例に関連した争点を取り上げます。

1審の判断

1審(横浜地裁小田原支部判決平成25年9月13日)では、まず、本件条例の合憲性について、

・・・財産権に対する規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは,規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較考量して判断すべきものである(最高裁判所平成14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁参照)・・・本件条例39条が井戸の設置を原則として禁止する目的は,「地下水をかん養し,水量を保全することにより,市民の健康と生活環境を守ること」・・・で・・・水が人間の生活に欠かすことのできない資源で・・・乙が・・・水道の水源の約75パーセントを地下水に依存しているという現状・・・に照らせば,このような目的自体が正当性を有し,公共の福祉に適合するものであることは明らかで・・・同じく水量保全等を目的とする「工業用水法」及び「建築物用地下水の採取の規制に関する法律」が・・・取水量を制限することによって上記目的を達成しようとしていることに照らせば,こうした制限を課すことによって水量保全の目的は達成することができるといえるから・・・本件条例が井戸の設置自体を原則禁止していることに鑑みると,そのような規制は財産権を必要以上に制限するものとして憲法29条2項に反する疑いが強いといわざるを得ない・・・しかし,本件条例は,井戸の設置を全面的に禁止しているわけではなく,「規則で定める理由により・・・長の許可を受けたとき」には井戸の設置が認められるとしており(本件条例39条1項ただし書),これを受けた本件規則は,「水道水その他の水を用いることが困難なこと」及び「その他井戸を設置することについて・・・長が特に必要と認めるとき」を例外的許可事由として・・・取水量を制限した上で井戸設置を許可することも前提としていると解される。・・・
以上のとおり,本件条例39条は,井戸設置の例外的許可事由を具体的に定めており,水量保全の目的を達成できる限り取水量を制限した上で井戸設置を許可することも前提としていると解されるから,その目的に照らし,規制手段が必要性又は合理性に欠けるということはできない。
よって,本件条例39条が憲法29条2条に反し違憲であるとする甲の主張には理由がない。

横浜地裁小田原支部判決平成25年9月13日

として、本件条例について憲法解釈をおこない、「水量保全の目的を達成できる限り取水量を制限した上で井戸設置を許可することも前提としている」と条文を限定解釈して、本件条例は合憲であると認定しています。

その上で、公務員の説明の違法性の有無について、

・・・上記・・・のとおり,本件条例は,取水量を制限した上で井戸の設置を認めることを前提としているのであるから,甲が個人で井戸を利用しようとしていたことに照らせば,少なくとも取水量を制限すれば井戸の設置が認められる可能性は高かったといえ・・・甲から相談を受けたA(乙の職員)としては,甲に設置予定の井戸の仕様書を提出させるなどした上で・・・課に持ち帰り,取水量を制限した上で井戸の設置を認めることができないかを具体的に検討する義務があったというべきであり,そうした検討を何ら行わず,甲に対し,井戸設置が許可される可能性は非常に低い旨の誤った説明をしたことは,職務上尽くすべき注意義務に違背しており,国家賠償法上違法であるというほかない。

横浜地裁小田原支部判決平成25年9月13日

として、相談を受けた公務員の説明・対応を国家賠償法1条1項において違法であると認定しています。

これは、上記の本件条例の合憲解釈をおこなう上で、本件条例が
「水量保全の目的を達成できる限り取水量を制限した上で井戸設置を許可することも前提としている」
と限定解釈したことから、本件の甲のケースでも、
「取水量を制限した上で井戸設置を許可する」
方向で検討、指導、処理する義務をAが負っていたとするもので、その義務を前提としています。

このように、1審の判断では、Aの違法性の判断過程に、本件条例の憲法判断が組み込まれている、あるいは違法性判断に先行して憲法判断をおこなっていると言い得ます。
本件条例の憲法判断をおこなわなければ、本件条例が「水量保全の目的を達成できる限り取水量を制限した上で井戸設置を許可することも前提としている」ということにはならず、その場合、Aの対応を違法と判断する根拠を欠くこととなり得るからです。

控訴審の判断

この1審の判断に対し、控訴審(東京高判平成26年1月30日)では、

・・・Aが、平成・・・月ころに新規の井戸設置について相談に訪れた甲に対し、その相談に応じて説明をしたのは、いわゆる行政サービスの一環としての事前相談であるところ、甲が真に新規の井戸設置の許可を求めたいのであれば、必要とされる正式な資料等を提出してその許可申請をして正式な判断を求めることができるのであって、事前相談における担当職員の説明は、許可申請に対する判断のような厳格なものではなく、条例や規則の一般的な内容や相談者から聴取した不確定な事実関係などに基づく概括的な説明に留まるものであることは、その性質上当然のことで・・・このような事前相談を受けた地方公共団体の職員は、条例や規則の内容について、一見して憲法や法律に違反していることが明らかであるような例外的な場合を除いては、その条例及び規則が有効であることを前提として、その条例、規則等の内容や相談者から聴取した不確定な事実関係などに基づく概括的な説明を行えば足りるのであり、地方公共団体の職員が、事前相談を受けるたびに、対象とされる条例や規則などが違憲又は違法ではないかについて調査検討すべき義務まで負うものでないことは、当然のことである。

東京高判平成26年1月30日

としています。

控訴審は、

  1. Aの相談は事前相談である
  2. 事前相談に対しては、「一見して憲法や法律に違反していることが明らかであるような例外的な場合を除いては、その条例及び規則が有効であることを前提として」概括的な説明すれば足りる

としているのです。

そして、

・・・これらの条例及び規則の条項が一見して明らかに違憲又は違法な規定であると認むべき事情を見出すことはできない・・・かえって、後記・・・で説示するとおり、本件条例39条及び本件規則19条は、憲法29条2項に違反するものではない・・・
Aは、平成・・・月ころに新規の井戸設置について相談に訪れた甲に対し、本件条例39条1項により原則として新規の井戸設置は禁止されており、例外的に水道水その他の水を用いることが困難なこと等の理由により・・・長の許可を受けた場合にのみ井戸が設置できるので、水道の施設が可能かどうか検討してほしい旨の説明をしたこと、そして、Aは、被控訴人から井戸の設置を検討している場所や経緯などを聴取し、その内容を前提として、同年・・・月ころまで、乙の・・・課及び・・・局において、水道水その他の水を用いることが困難と認められる事情の有無などについて検討し、甲が新規の井戸設置の許可申請をしても・・・長によって許可される可能性が低いという検討結果になったため、同年・・・月に甲にその旨を説明したことが認められ・・・事前相談に対する説明であり、本件条例39条1項や本件規則19条が有効であることを前提とする説明として、特に違法であるというべき点は見い出すことができない・・・そして、他に、本件における・・・Aの説明ないし対応に職務上の義務違反(違法)があったと認めるべき事情は見当たらない。

東京高判平成26年1月30日

として、本件条例および規則が、「一見して憲法や法律に違反していることが明らか」といえるものではないことから、本件条例および規則が有効であることを前提に説明すれば足るとしているのです。

そして、本件条例および規則が有効であることを前提とすれば、1審のおこなったように憲法適合性を維持するため、本件条例を「水量保全の目的を達成できる限り取水量を制限した上で井戸設置を許可することも前提としている」ものと限定解釈する必要はないこととなります。

そうしますと、「取水量を制限した上で井戸設置を許可する」ことに関する説明をおこなわなかったAの対応に、国家賠償法上の違法性は認められないこととなります。

1審と控訴審における判断の相違

このように、1審では、事前相談においても、公務員は、条例の憲法適合性について検討する義務があることを前提としていると言い得ますが、控訴審では、原則的には、条例の憲法適合性(法律適合性)の判断義務がないものであるとしています。

条例制定権の所在からしますと、地方公共団体の職員に条例の有効性判断を委ねることについては、慎重であるべきとも考えられます。

また、迅速な行政の実現の観点からしますと、事前相談に際し、常に条例の憲法適合性あるいは法律適合性の判断を義務付けるのは行政の効率性からも問題があるとも考えられます。

このような点から、控訴審は上記のような判断をおこなっているとも考えられます。

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