相続した空家の屋根が飛散したことなどによる事故の法的責任問題

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。

相続した空家から生じた事故の責任

空家から生じた事故に関する責任の問題

Aさん、Bさん姉弟の両親は、5年前に事故により死亡しました。
遺言がなかったことから、母親が所有していた住宅(建物と土地)は法定相続人である姉弟2人が相続することとなりました。
法定相続人はAさんとBさんの2人であったことから、建物も土地も各々2分の1の持分を相続し、登記も済ませました。しかし、Aさん、Bさんは共に住む家があったことから、相続した住宅は空家のままにしていました。
そうしたところ、先月、風の強い日に空家の瓦が飛び、隣家の窓ガラスを破り、その家の住民が負傷したことから、隣家の住民から損害賠償を求められることとなりました。
AさんとBさんは、空家の強風を原因とする事故ということもあり、何を根拠に損害賠償を求められているのか疑問に感じています。

事故の法的な問題点について

AさんとBさんの場合、

  1. 居住していない空家を原因として発生した事故の責任を相続人は負うのか、負うとした場合、どのような法的根拠で負うのか
  2. 強風という自然現象から発生した事故の責任を負うことがあるのか、負うことがあるとした場合、どのような場合に、どのような法的根拠で負うのか

ということが問題となりそうです。

空家の相続人の責任

下記のように、

  1. 空家の相続人も民法717条の占有者に該当し、同条の土地工作物責任を負うことがあり得
  2. 同じ自然現象の影響を受けた他の建物に同様な事故が発生していないのであれば、建物に民法717条の保存の瑕疵が認定され得る

ことから、周辺の家の屋根も飛ばされていたような事情がなければ、AさんとBさんは、民法717条1項の土地工作物責任に基づき、隣家の住民に対し、共同して損害賠償する責任を負う可能性があります。

相続した空家の事故に関する裁判例

事案の概要

Aさん、Bさんの場合と類似した事案としては、居住者が死亡し約5年間空家となっていた家屋(事故時は複数の相続人の共有)のスレート瓦が風により飛散、その瓦が空家と駐車場を挟んで十数メートル離れた近隣の居宅の窓ガラスを割り、室内にいた住民の右足や顔面に窓ガラスの破片が刺さったという事故に関する裁判があります。

この事故では、空家を相続していた相続人らに対し、被害にあった居宅の住民が損害賠償請求を求めて提訴(東京地判平成24年3月15日)しています。
この裁判では、瓦の被害にあった住民は、空家の相続人ら(複数人)に対し、民法717条の土地工作物責任に基づき損害賠償請求をおこなっています。

土地工作物責任(民法717条)について

不法行為責任と土地工作物責任の異同

上記の裁判の事案においても、法的には、空家の管理に過失があったとして、709条の不法行為責任を追及することも考えられます。

しかし、不法行為責任の場合、相続人らの過失の立証責任は原告である被害者が負うこととなります。
一方、土地工作物責任は無過失責任なので、被害者が相続人らの具体的な過失を立証する必要がないという利点があります。

そこで、このような場合、まずは、土地工作物責任に基づき損害賠償請求をおこなうことを検討することとなります。

土地工作物責任について

ところで、土地工作物責任を規定する民法717条1項は、

(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
第七百十七条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。

民法717条1項

と規定しています。

空家の建物はこの条文の「土地の工作物」に該当し、瓦が飛んだのは「保存に瑕疵がある」ことによるものと考えられます。

民法717条の占有者該当性の問題

占有者の責任と占有者、占有について

この条文からも分かりますように、このような保存の瑕疵により損害が生じた場合、まずは、土地の工作物である建物の「占有者」が責任を負うこととなります。
所有者」は、「占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたとき」に初めて責任を負うこととなります。

しかし、相続人らが問題となっている建物の所有者であることは登記からも明らかなのですが、空家になっていることから、はたして「占有者」といえるのかは問題となり得そうです。

占有」とは、民法180条から自己のためにする意思をもって物を所持することとされており、一般的には現実に対象となる物を支配している事実的な状態を指すものとされています。

そこで、建物の場合、一般的には居住している人が占有者になると考えられています。
この点、空家の所有者である相続人らは、空家に居住していないことから、「占有者」に該当しないとも考えられそうです。

しかし、占有も一定範囲で抽象的にとらえられており、占有している建物から居住者が一時的に外出しても、建物に対する占有は失われるものではないと考えられています。
また、「占有」権も相続されるとされており、空家の場合でも、法的には、相続人が被相続人の占有権を相続していたこととなります。

これらのことから、空家の相続人も土地工作物責任における占有者に該当することとなります。

裁判例においても、民法717条1項の占有者については、

民法第七百十七条にいわゆる工作物の占有者とは工作物を事実上支配し、その瑕疵を修補しえて損害の発生を防止しうる関係にある者を指す

東京高判昭和29年9月30日

と判示しており、空家の相続人も民法717条の占有者に該当すると考えられます。

東京地判平成24年3月15日の占有に関する認定

これらのことから、上記の東京地判平成24年3月15日においても、「被告らは・・・本件建物・・・の所有者であった・・・の子らであり,本件建物を共有し,占有している」ことを争いのない事実として認定しています。

尚、この裁判では、被相続人のうち一人は空家の修補をしていたと主張していたことから、当該相続人に関しては建物を現実に支配していたともいえそうです。

自然現象による損壊の瑕疵該当性の問題

次に、瓦が飛ぶような状態に空家があったことを、建物に「瑕疵」があったといい得るのかが問題となります。
この点につきまして、裁判所は、

本件建物は,昭和・・・に新築されたものであり,被告らの父母が居住していたが,平成・・・年に父が,平成・・・年に母が亡くなった後は,居住する者がいなかったことが認められるところ,これを前提に,前記で認定した事実に基づけば,本件建物は,経年劣化していたにもかかわらず,補修が不十分であったため,スレート瓦が強風によって容易に飛散する状態になっていたのであるから,建物が通常有すべき性能に満たないものであって,建物の設置又は保存に瑕疵があったものというのが相当

東京地判平成24年3月15日

と認定しています。

尚、被告である相続人らは、「本件事故は,突風あるいは竜巻のような強風が生じたことによるものであって不可抗力であったと主張」しましたが、裁判所は、

本件事故当時,本件建物の付近では,本件建物以外に屋根材等が飛ばされた建物はなかったのであって,このことに照らせば上記各証拠は軽々に採用できず,本件事故当時,建物の屋根の構造上通常想定すべき強さを超える強風が本件建物の付近で吹いたと認めるに足りない・・・

東京地判平成24年3月15日

と判示しています。

このように、同じ自然現象の影響を受けた他の建物に事故(瓦が飛散するような状況)が生じていないような場合は、建物の瑕疵により事故が発生したと考え得ることとなります。
したがって、このような場合、建物の瑕疵があったとはいいえないとの自然災害の抗弁は認められず、建物の瑕疵が認定され得ることとなります。

複数の相続人の責任

尚、この裁判では、

原告は,本件建物の共同占有者である被告らに対し,土地工作物責任に基づき,連帯して・・・円及びこれに対する平成22年3月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができる

東京地判平成24年3月15日

とする判決が下され、相続人らは、損害額を相続人らの人数で割った金額ではなく、損害額全額の損害賠償責任を連帯して負うものとされています(例えば、被告が4人、損害額が100万円の場合、1人25万円ではなく、各々100万円を限度とした金額の支払義務を被告各人が負うこととなります(ただし、合計額は100万円)。)。

AさんとBさんの責任

AさんとBさんのケースにおいても、事故当日の強風により周囲の多くの建物で瓦が飛ぶような被害が生じていたといった事情がなければ、民法717条1項の土地工作物責任に基づき、隣家の住民に対し、共同して損害賠償責任を負うこととなりそうです。

このように、相続した建物を空家として放置し、修繕を十分におこなわなかったような場合、自然現象と競合した事故により、思わぬ責任を負うことがあり得ることには留意が必要です。

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