会社からの指示で社外の研修、あるいはセミナーに参加した時、どのような場合に参加時間に対して賃金が支給されるのでしょうか。
どのような場合に社外の研修、セミナーへの参加時間が労働時間として賃金支給の対象となるかについて、裁判例をみながら解説します。
目次
セミナー、研修会出席時の労働時間該当性の問題
AさんとBさんの場合
Aさんは、長年新商品の開発業務に携わってきましたが、会社から休日に開催される知的財産のセミナーを受講するように言われ、外部主催のセミナーに出席しました。
Bさんは、休日に開催された会社の研修会に出席しました。
当日の午前中は、用意された軽食を食べながら30分ほど会議室で新システムの操作方法について簡単な説明を受け、その後、会社が手配したバスでテーマパークへ移動、会社から渡されたチケットで入場し、楽しく半日を過ごしました。
AさんとBさんはセミナーあるいは研修会へ出席した時間について、労働時間として賃金を請求できるのでしょうか。
労働時間該当性の判断基準について
一般的には、労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令のもとにある時間」と考えられています。
そこで、AさんとBさんの場合も、基本的には会社の指揮命令下にあったといえるかにより、セミナー、研修会への参加時間が労働時間に該当するかを判断することとなります。
セミナー参加時間の労働時間該当性に関する裁判例
具体的にどのような場合に労働時間該当性が認められるかについて、裁判例をみながら考えてみます。
セミナーへの参加時間の労働時間該当性が争点のひとつとなった裁判として、店舗従業員の親会社が主催する商品説明セミナーへの参加時間の労働時間該当性が問題となった事件(長崎地判令和3年2月26日)があります。
この裁判では、労働時間該当性の判断基準について、
労働基準法上の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうのであって,これに該当するか否かは,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか客観的に定まる(最高裁判所平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。
長崎地判令和3年2月26日
と最高裁の判例を引用した上で、
これを本件につき見ると,本件セミナーの内容は,店舗で販売される・・・商品の説明が主なものであること・・・,本件セミナーの会場は,被告本社又は被告店舗であったこと・・・,受講料等は被告が負担し,宿泊の場合のホテルも被告が指定していたこと・・・からすれば,本件セミナーは被告の業務との関連性が認められる。また,原告は上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するよう言われていた上・・・,店長も原告の受講に合わせてシフトを変更していたのであるから・・・受講前に受信したメールに「自由参加です」との記載があるとしても・・・参加が事実上,強制されていたというべきである。そうすると,本件セミナーの受講は使用者である被告の指揮命令下に置かれたものと客観的に定まるものといえるから,その参加時間は労働時間であると認められる。
長崎地判令和3年2月26日
と判示しています。
ここでは、まず、問題となる行為の労働時間該当性は、客観的に「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか」という基準により判断されるものとしています。
その上で、当該事件においては、セミナーの業務との関連性および参加への事実上の強制が認定されるとし、セミナー受講時間は会社の指揮命令下にあったとしています。
これにより、労働時間に該当すると認定しています。
このように、指揮命令下にあるかについては、客観的に具体的事情に基づいて判断され、形式的に「自由参加」とうたっていても、具体的事情から強制の契機が認められれば、指揮命令下にあると判断され得ることとなります。
研修時間の労働時間該当性に関する裁判例
次に、事務所外でおこなわれた研修時間が労働時間となるかが問題となった裁判をみてみます。
この事件は、5月の地元での会議の出席と、6月の遠方において開催された泊りがけの研修の労働時間該当性が争点となったものです。
その控訴審(東京高判平成29年2月1日)において、裁判所は、
・・・1審原告は,・・・5月・・日及び・・・6月・・・日に行われた研修等に参加した時間も労働時間となる旨主張する。・・・6月・・・日に行われた・・・での研修は,自由参加とされていたものであり,内容も1時間程度の接遇等に関する研修を受講することとはされているものの,研修終了後のホテルにおける会食及び宿泊,翌日のテーマパーク訪問が主眼とされているものであって,社員旅行というべきものであったと認められる。よって,同研修への参加を労働時間と認めることはできない。・・・他方,・・・5月・・・日に開催された・・・全体会議は,・・・各・・・長がその業務を報告することを目的の一つとしており,原則として,各・・・長又はその代理の者の参加が求められていたことが認められる。そうすると,会議終了後の懇親会への出席時間及び往復の移動時間については労働時間とは認められないものの,上記全体会議への出席時間については,事実上参加が強制されていたものとして,労働時間として認めるのが相当で・・・全体会議は午後3時半から午後6時半まで行われたこと,第1審原告は同会議に遅れ,午後6時頃から参加したものと認められることから,午後6時から午後6時30分の範囲で労働時間として認める。
東京高判平成29年2月1日
と判示しています。
ここでは、具体的事情から、6月の研修会は実質的には社員旅行の性質を有するものであると認定し、1時間程度おこなわれた接遇等に関する研修についても、他の時間と同様に労働時間には含まれないと判断しています。
一方、5月の地元の全体会議は、会議終了後に懇親会が開催されていますが、会議への参加が実質的に強制されていたと認定し、懇親会を含まない会議への出席時間を労働時間と認定しています。
研修、セミナーへの参加時間の労働時間性判断
労働時間該当性の一般的な判断基準
上記の2つの裁判例からもわかりますように、事務所外で行われる研修、セミナーなどへの参加時間が労働時間に含まれるかは、具体的事情に基づき、実質的に会社の指揮命令下にあるといい得るかにより判断されることとなります。
AさんとBさんの事例の労働時間該当性
上記の裁判例などからしますと、Aさんのセミナー参加時間は、上記のひとつ目に引用した裁判例の事案との類似性から労働時間と認められそうです。
一方、Bさんの研修参加時間につきましては、2つ目の裁判例との類似性からも労働時間該当性が否定される可能性が高いものと考えられます。