告知・聴聞手続きを欠く懲戒処分は有効なのでしょうか?-懲戒手続の問題

この記事で扱っている問題

会社が懲戒処分をおこなう際に、懲戒対象者へ懲戒事由、根拠などを告知し、それに対する弁解の機会を懲戒対象者に付与する告知聴聞手続きを欠いた場合、手続的瑕疵として懲戒処分は無効となるのでしょうか。

懲戒の手続面の有効性についても規定している労働基準法15条に触れた上で、懲戒処分の手続的相当性としての告知聴聞が争点となった裁判例をみながら、告知聴聞を欠く懲戒の有効性および告知聴聞に求められる手続きの内容について解説します。

懲戒手続きとしての告知聴聞と懲戒の有効性について

労働契約法15条について

懲戒処分が無効となる場合について、労働契約法15条では、

(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

労働契約法15条

と規定しています。

同条からは、「客観的に合理的な理由を欠」くような懲戒処分は無効となることが分かります。
このように同条では、懲戒事由にできる行為を内容面からも制限していると考えられます。

会社が懲戒処分とすることができる場合について

一方、会社が、どのような場合に従業員を懲戒できるかについて最判平成15年10月10日では、

使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する・・・そして、就業規則が法的規範としての性質を有する・・・ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。

最判平成15年10月10日

と判示しています。

この判例からは、上記の労働契約法15条の「使用者が労働者を懲戒することができる場合」には、就業規則に懲戒対象となる事由と懲戒の種類・程度が規定され、従業員に周知されていることも含まれていると考えられます。

そうしますと、そのような規定が就業規則などに定められていない場合、会社は有効に懲戒処分をなし得ないこととなります。

懲戒処分の相当性とは

上記引用のとおり、労働契約法15条では、「・・・社会通念上相当であると認められない場合は・・・無効とする。」としており、処分が相当性を欠く場合、当該懲戒は無効となります。

この「相当性」には、

・他の同様なケースにおいて会社が下した処分とのバランス(公平性)の問題

・懲戒処分を下すまでの手続の相当性の問題

の2つが含まれると考えられています。

手続きの相当性とは

ここでの手続の相当性としては、

  1. 就業規則等の内部規定に懲戒処分時の手続きが定められている場合においては、その手続きを履践すること
  2. 手続きに関する内部規定が存在しない場合においても、可能な限り、処分対象者に対し弁明の機会を与えること

が必要であると考えられています。
懲戒処分を下すにあたって、これらの手続きを欠いた場合、手続きの「相当性」を欠くとして、当該懲戒処分が無効となり得ると考えられています。

この2の「弁明の機会を与える」ため、処分対象行為、処分事由、処分内容等について、懲戒処分を下す前に、処分対象者に「告知」し、それらについて対象者の言い分を聞く「聴聞」の機会を設ける必要があると考えられています。

この告知と聴聞をあわせて告知・聴聞といいます。

弁明の機会(告知・聴聞)を欠く懲戒処分の有効性に関する裁判例

それでは、上記の弁明の機会を与えなかったとき、どのような場合に当該懲戒処分が無効となるのでしょうか。

弁明の機会を欠くけん責処分が無効とされた裁判例

弁明の機会を欠いた懲戒処分が無効とされた近時の裁判例としては、違法無効なけん責処分を受けたことにより損害を被ったとして、会社に対し損害賠償を求めた事件(東京地判令和3年9月7日)があります。

裁判所は、弁明の機会を欠いた当該事件のけん責処分について、

・・・懲戒処分に当たっては,就業規則等に手続的な規定がなくとも格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり,重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は,社会通念上相当なものといえず,懲戒権を濫用したものとして無効になるものと解するのが相当である。

東京地判令和3年9月7日

と判示した上で、本件事件のけん責処分の有効性について、

・・・本件けん責処分は,原告に弁明の機会を付与することなくなされたものである。・・・原告(の行為が)抗議の方法として相当といえるか疑問の余地もある・・・が,懲戒処分を相当とする程度・・・といえるかについては,経緯や背景を含め・・・についての原告の言い分を聴いた上で判断すべきものといえ・・・原告に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的瑕疵にとどまるものともいい難いから,本件けん責処分は手続的相当性を欠くものというべきで・・・懲戒権を濫用したものとして無効と認められる。

東京地判令和3年9月7日

と認定しています。

この裁判例からは、従業員の行為が外形的には(行為の内容としては)懲戒事由となり得る場合においても、仮に就業規則等に手続きの規定がなくとも、弁明の機会を設けることなく懲戒処分をおこなうと、当該懲戒処分は無効になる可能性があると言い得ます。

処分の理由と弁明の機会の付与の関係に言及した裁判例

また、複数の行為を処分理由として懲戒免職された公務員が、当該懲戒免職処分の取消しを求めて提起した裁判の控訴審(大阪高判平成22年8月26日)において、裁判所は、処分の理由と弁明の機会の関係について、

上記・・・行為については,行為の相手方,控訴人のした・・・発言の内容が具体的に特定されておらず,時期についても3年以上の期間が示されているだけで十分な特定がされていない点で問題がある。とりわけ,本件が懲戒免職処分という重い処分が問題となっていることからすると,特段の事情のない限り,処分の理由となる事実を具体的に告げ,これに対する弁明の機会を与えることが必要であると解されるが,処分の理由となる事実が具体的に特定されていなければ,これに対する防御の機会が与えられたことにはならないから,これを処分理由とすることは許されないというべきである。

大阪高判平成22年8月26日

と判示し、弁明の機会の与えられていなかった行為に関しては、懲戒理由となし得ないとしています。
ただし、懲戒事由とされた行為のうち、弁明の機会の与えられていなかった行為以外の行為(弁明の機会を与えられていた行為)は、懲戒理由となし得るとしています。
そのことを前提に、上記理由から懲戒理由となし得ないとされた行為を除くその他の行為と、他の類似事例の処分との平等性等を検討しています。
その上で、本件裁判では、懲戒免職処分を取り消す判決を下しました。

この裁判例では、弁明の機会を与えるにあたっては、処分対象者が防御をなし得る程度に懲戒となり得る行為を、具体的に特定した上で告知する必要があるとしていると考えられます。

また、この裁判例からは、複数の行為が処分理由となり得るような場合、ひとつの行為に関して弁明の機会が与えられなかったと判断されても、そのことから、ストレートに懲戒処分が無効と判断される訳ではないと考えられます。
弁明が与えられなかった行為以外の行為を理由として、懲戒処分を有効になし得るのであれば、当該処分が有効となる余地があると考えることが出来るからです。

弁明の機会の設け方に言及した裁判例

弁明の機会の設け方に言及している裁判例としては、戒告処分歴のため再雇用基準を満たさないとして、定年後再雇用しない旨の通知を受けた社員が、問題となった戒告処分は無効であり、再雇用基準をみたしていると主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め提訴した事件(大阪地判令和3年7月16日)があります。

この裁判では、原告は、告知と聴聞の機会が与えられなかったことを戒告処分の無効事由のひとつとして主張していました。
この主張に対し、裁判所は、

・・・原告は,賞罰委員会・・・における告知・聴聞の機会は付与されていないところ,事実関係の有無を判断し,適正な処分を検討するためには,当事者から事情を聴取することが有用な方法の一つであるということはできるが,どのような方法で事実を調査し,どのような機会を設けるかは,懲戒処分を検討する者が,その権限と責任において決定すべきものである。
・・・被告は,・・・就業規則において,賞罰委員会を設置することを定め,賞罰委員会要領において,賞罰対象者に弁明の機会を与えることができると定めるのみで・・・対象者に告知・聴聞の機会を付与することが手続的要件として必要的なものとはされておらず,ほかに就業規則等において,賞罰対象者に対する告知・聴聞の機会の付与が必要的なものとされているという事情もない・・・(ので)手続的要件に欠けるところはないと認めるのが相当である。
また,・・・被告は,原告から複数回にわたって事情聴取をしており・・・被告は,原告から,事実関係についてどのように認識しているかなどについて事情を聴取しているから,実質的な告知・聴聞の機会が付与されていたということができる。
以上からすると,本件戒告処分に係る手続において,手続的公正さに欠けていたり,要領に重大かつ明白な瑕疵があったと認めることはできず,手続的違法があったということはできない。

大阪地判令和3年7月16日

と判示しています。

ここでは、就業規則等において告知・聴聞の機会について規定している場合でなければ、告知・聴聞の具体的方法は、「懲戒処分を検討する者が,その権限と責任において決定すべきものである」としています。
ただし、実質的な告知・聴聞の手続きを欠くようなものであれば、弁明の手続きを欠くこととなり、懲戒処分は無効と判断され得ることとなります。

告知・聴聞手続きを欠く懲戒処分の有効性について

これらの裁判例からしますと、

  • 就業規則などに告知・聴聞の手続が定められていない場合でも、告知・聴聞手続きを欠く懲戒処分は無効となり得る
  • 処分対象者が防御をなし得る程度に懲戒事由を具体的に特定した上で告知する必要がある
  • 複数の行為が懲戒事由とされている場合、一部の行為について告知・聴聞手続きを欠いていても、他の行為について告知・聴聞手続きを履践した場合、当該懲戒処分は有効となり得る
  • 就業規則などに告知・聴聞手続きが規定されていない場合、会社が告知・聴聞の手続き内容を決定しうる

ということになります。


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