葬儀への相続人参列の問題
被相続人の生前から相続人(推定相続人)間に感情的な対立が生じていたような場合、被相続人の死亡時に、葬儀をどのように執り行うかについて相続人間で対立が生じることがあります。
対立が深刻化し、喪主が一部の相続人に葬儀の日程などを連絡せず、そのために相続人の一部が葬儀に参列できなかったような場合、葬儀への参列の機会を失った相続人は、被相続人を偲ぶ機会のひとつを失ったとも考えられます。また、葬儀に参列することを予定していたような場合、参列の機会あるいは参列への期待を裏切られたとも言い得そうです。
それでは、このような理由により葬儀への参列の機会を失った相続人は、葬儀を執り行った喪主に対し、何らかの損害を請求することが出来るのでしょうか。
相続人の葬儀参列への期待が法的に保護される権利(期待権)であれば、喪主を務めた相続人は、他の相続人の葬儀参列に対する期待権を侵害したこととなりそうです。その場合、葬儀に参列できなかった相続人は、喪主に対し、損害賠償請求をなし得る余地もありそうです。
このことを考えるにあたり、葬儀参列への期待権の法的保護性が争われた裁判例をみてみます。
葬儀参列への期待権が争点となった裁判例
事案の概要
葬儀参列への期待権が争われた裁判例としては、千葉地裁佐倉支部判決令和3年7月20日があります。
この事件は、喪主が葬儀の日程を相続人の一部に連絡しなかったことにより、一部の相続人が葬儀に参加できなくなったというものです。
この葬儀に参列できなかった相続人は、喪主であった被相続人の子に対し、葬儀に参列する期待権を侵害されたとして慰謝料等の支払いを求めました。
裁判所の認定
この事件において、裁判所は、まず、葬儀の法的な位置付け、葬儀に関する喪主の決定権および相続人の葬儀参列への期待権について、
原告らは葬儀に参列する期待権があると主張する。・・・しかし,葬儀は,喪主と葬儀業者との間の契約により行われるものであり,喪主が誰を参列させ,参列させないかを決定する権限があると解されること,故人を弔い,偲ぶことは,葬儀に参列しなくとも可能であることからすれば,相続人に被相続人の葬儀に参列するという期待権があるとは認められない。
千葉地裁佐倉支部判決令和3年7月20日
と判示しています。
ここでは、まず、葬儀は喪主が葬儀業者と契約して執り行うものであるとし、葬儀に誰を参列させるかの決定権は喪主にあるとしています。
そして、この喪主の葬儀参加者決定権から、相続人の葬儀に参列する期待権を否定しています。
これに続いて、裁判所は損害賠償請求権の存否について、
仮に原告らに,亡Aの葬儀に参列することにつき,何らかの法的に保護されるべき利益が認められるとしても,正当な理由があれば,葬儀への参列を拒絶しても不法行為には当たらないと解されるところ・・・原告らと被告の信頼関係が極めて悪化していた状況に鑑みれば,原告らが被相続人の葬儀に参列した場合には,原告・・・や原告・・・がこれまでの被告や・・・の対応を非難する等して平穏に葬儀を行う事ができなくなる可能性が高かったと認められるから,被告が原告らを葬儀に参列させなかったことには正当な理由があったと認められ,不法行為には当たらないというべきである。
千葉地裁佐倉支部判決令和3年7月20日
と判示しています。
葬儀参加者選定に関する喪主の権限
この判示からは、喪主と一部の相続人との関係が極めて悪化しており、葬儀で顔を合わせると、口喧嘩などが生じ、葬儀の平穏な遂行が困難となる恐れがあるような場合、一部の相続人を葬儀に参列させなくとも喪主は不法行為責任を負わないと考えることもできそうです。
この事件では、被相続人の生前より、入院していた被相続人との面会に関する諍い、あるいは被相続人の入院・入居先と一部相続人の間にトラブルが存在していた等の事情もあり、一部相続人を葬儀に呼ばないことに対する正当理由が認定されています。
葬儀へ相続人を参列させない場合の問題
上記の裁判例からしましても、基本的には、葬儀は喪主が葬儀業者と契約しておこなうものであるから、誰を参列させるかの決定権は喪主にあるといえそうです。
そこで、原則として、相続人の葬儀参列への期待は法的に保護される権利とまでは言えないようです。
特に、葬儀に呼ばなかったのが、顔を合わせると喧嘩がおきそうな関係にある相続人であったような場合、喪主の決定権から葬儀に呼ばないという判断も正当事由ありと判断される可能性が高いものと考えられそうです。