労働条件の変更~個別労働契約、就業規則の変更により不利益変更できる?

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

労働契約は長期にわたる契約であることから、環境の変化などにより、契約内容である労働条件の変更がおこなわれることが少なくありません。
しかし、労働契約では、労働条件のすべてが、個別契約(個別労働契約)で規定されるものではありません。
就業規則、労働協約などに規定されている労働条件もあります。

ここでは、個別労働契約による労働条件変更合意の意思表示の瑕疵の問題、就業規則による不利益変更が認められる要件などについて解説するとともに、労働条件の不利益変更の有効性判断事例である裁判例をみてみます。

労働条件の変更方法について

下記の記事で扱っていますが、労働環境、個別労働関係の変化などにより、労働条件の変更がおこなわれることがあります。

会社休日、退職金制度など集団的な労働条件の変更は、多くの場合、就業規則あるいは労働協約の改定によりおこなわれます。

一方、従業員ごとの個別賃金、配転など個別の労働条件の変更に関しては、個別労働契約の変更によりおこなわれます。

合意による労働条件の変更

労働条件の原則的な変更方法

労働契約法は、労働条件の変更に関し、同法3条1項において、

(労働契約の原則)
第三条 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
(2項以下省略)

労働契約法3条1項

と規定し、更に、同法8条においても、

(労働契約の内容の変更)
第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

労働契約法8条

と規定し、労働条件は、労働者と使用者の合意により変更可能であることを明らかにしています。

変更の合意に対する意思表示の瑕疵の扱い

上記のように、労働条件も、労働者と使用者の合意により、変更することが可能です。

しかし、労働条件の変更の合意も、労働者と使用者双方の意思表示の合致により成立することとなります。

そこで、変更の合意に向けた労働者の同意の意思表示に錯誤(民法95条)、欺罔、強迫(民法96条)が認められれば、合意に向けた同意の意思表示は取り消し得るものとなります。
そして、同意の意思表示が取り消されると、合意も成立しなかったこととなります。

また、労働条件の変更内容が公序良俗に反する場合、合意は無効となります(民法90条)。

合意の意思表示の瑕疵が問題となった裁判例

事案の概要

労働条件の不利益変更の合意の意思表示の存在、およびその合意に向けた意思表示に瑕疵があったかが争点となった裁判例として、宇都宮地判平成19年2月1日、および当該地裁事件の控訴審である東京高判平成20年3月25日があります。

この裁判では、ゴルフ場などを経営する会社においてキャディー職として勤務していた従業員について、労働条件の不利益変更を含むあらたな労働契約締結した事案において、①そもそも不利益変更となる労働条件変更の合意があったか、また、合意が認められるとしても、②労働条件変更同意に意思表示の瑕疵が認められるのかという点が争われました。

尚、この裁判では、キャディー職のほかにも保育士職の従業員の労働契約に関しても争われていますが、ここでは、キャディー職の労働条件の不利益変更の合意に関する争点のみ扱うこととします。

1審裁判所の判断について

この事件の1審(宇都宮地判平成19年2月1日)において、裁判所は、まず、①労働条件変更の合意があったかという点について、

被告(注:会社のこと)は・・・全体説明において,本件労働条件変更の概要について説明した上で・・・被告による一応の提案内容を記載したキャディ契約書用紙を配付し・・・原告らは,全体説明の内容を正確に理解しない者もいたものの,キャディ契約書用紙の記載を見て,その記載内容を認識した上,各自署名押印し,被告の提示した期間内にキャディ契約書を提出したのであるから・・・原告らと被告との間には,キャディ契約書記載の事項についての申込み及び承諾があったといえ,本件労働条件変更について合意したものというべきである。
・・・被告の収支状況が厳しいことに触れながら,新条件の概要の説明がされていたことからすると,不利益な方向へ変更されること自体については,在職キャディ原告らも認識していたというべきで・・・

宇都宮地判平成19年2月1日

として、労働条件変更の合意が存在していたことを認定しています。

ここでは、使用者が、労働条件変更に関する一応の提案内容を記載した契約書の用紙を労働者に配付し、労働者が、その記載内容を認識した上で署名押印したのであれば、契約書記載事項の申込みと承諾が認定されるとして、労働条件変更に関する合意の存在を認めています。

続いて、②労働条件変更同意に意思表示の瑕疵が認められるのかという点については、

・・・部長らも,キャディ契約書を提出することが,「残る」すなわち,勤務を継続する前提である旨説明をした・・・キャディ契約書用紙は,被告との間で,同書面に記載された労働条件のもとで,労働契約を締結するという内容を読み取らせるような体裁であった・・・原告らは・・・提出期間内に原告・・・以外全員がキャディ契約書を提出したが,提出が比較的遅い者に対しては・・・支配人の指示を受けた・・・副部長らが,提出しないと勤務を継続し得なくなることを示唆するなどして,提出を催告した・・・上記経過によれば・・・原告らは,本件労働条件変更の必要性の内容,程度に理解を示して,これに協力するべく不利益変更を受け入れたとは到底考えられない。むしろ,キャディ契約書の提出により労働条件が不利益なものに変わると認識しながら,契約書を提出すれば4月以降も残って働くことができるけれども,契約書を提出しなければ4月以降は働くことができないと考えて,契約書を提出し,本件労働条件変更を同意するに至ったと認めるのが相当である・・・しかし,キャディ契約書を提出しなければ働くことができなくなる合理的理由はまったくなく,それを提出しなければ働くことができなくなると理解した点に,在職キャディらには誤信がある・・・上記のとおりの被告の説明経過及びキャディ契約書の記載に照らせば・・・社長・・・部長・・・支配人においてもまた,在職キャディ原告らが本件誤信のもとにキャディ契約書を提出したことを認識していたと認めるのが相当・・・以上によれば,在職キャディ原告らの本件労働条件変更同意の意思表示には,本件誤信をしたという動機の錯誤があり,その動機は黙示に表示され,被告もこれを知っていたといえ・・・労働条件変更の内容が・・・原告らの認識においても,期間の定めのない契約から有期契約への変更等という,極めて不利な内容であり,これに対する何らかの見返りあるいは代償措置を伴わないものであったことに照らすと・・・原告らは,上記錯誤がなければ本件労働条件変更の同意に応じることはなかったといえるから,上記錯誤は,要素の錯誤に当たるということができる。

宇都宮地判平成19年2月1日

として錯誤を認定しています。

ここでは、契約書を提出しなければ4月以降に働くことができなくなるわけではないにもかかわらず、会社側の説明などを原因として、契約書を提出しなければ4月以降、働くことができなくなると考え、契約書を提出、労働条件変更に同意した点に錯誤が認められるとしています。

このように、1審では、不利益変更を含む労働条件変更について合意が成立しているものの、労働者の同意の意思表示に瑕疵があったとしています。

控訴審の判断について

控訴審の判断について

この1審の判断に対し、同事件の控訴審(東京高判平成20年3月25日)は、労働条件変更の合意の有無について、

たしかに・・・控訴人(注:会社のこと、1審の被告)は・・・全体説明及び個別面接における説明を通じ・・・控訴人が意図する新就業規則及び新給与規程の大綱について口頭での説明をしたのであり・・・赤字状態であり、独立採算性に移行する予定であるとの説明とあいまって・・・被控訴人(注:従業員、1審原告)ら・・・にとって契約上の地位に大きな変動を生じ、賃金も減額することが予想されることを理解するに足りる内容であったといえ・・・控訴人が1年ごとの契約期間として、毎年契約書を個別の従業員と締結する心づもりであったことも容易に推測される。・・・しかし・・・(労働条件変更の)内容も多岐にわたっており・・・口頭説明によって、その全体及び詳細を理解し、記憶に止めることは到底不可能・・・交付されたキャディ契約書の記載内容についても・・・労働条件の変更内容については・・・賃金について会社との契約金額とするとか、その他就労条件は会社の定めによるといった記載であって、その内容を把握できる記載ではない。・・・キャディ契約書の提出の意味について、キャディ職従業員から、提出しない場合どうなるかとの質問もあったが、明確な返答がされたとは認めがたく、また、キャディ契約書の提出が契約締結を意味する旨の説明がされたこともうかがわれない。したがって、労働条件の変更の合意を認定するには、労働者である被控訴人らが締結する契約内容を適切に把握するための前提となる控訴人の変更契約の申込みの内容の特定が不十分であるというほかはない。・・・もちろん、雇用契約において、就業規則が集団的契約関係を律する法的規範として機能しているから、すべての労働条件が書面にせよ口頭にせよ使用者と労働者との間で締結されるべきとはいえない。しかし、控訴人による・・・口頭説明では、当事者間の契約で合意する事項と就業規則で定めることとの峻別すら行われていないのであって、控訴人主張の口頭合意にしても、その範囲が明確であったとはいえない。しかも、キャディ契約書中の賃金に関する部分は、会社との契約によると記載があり、キャディ契約書のほかに契約書を作成することを予定するように読め・・・控訴人の主張とそごするところで・・・被控訴人らに誤解を与えることになる・・・点においても、労働条件の変更合意の申込みに対してこれを承諾する対象の特定を欠くといわざるを得ない。
・・・しかも・・・雇用契約及びその変更等を口頭で処理していた慣行があったこともうかがえないから、キャディ職従業員の雇用契約の内容の抜本的変更を上記のような記載内容のキャディ契約書で処理しようと意図したものとは思われない。現に、控訴人は、新就業規則及び新給与規程を作成し、これを労働基準監督署に届け出ている。・・・以上検討したところによれば・・・特に雇用契約期間を1年と変更するについては、就業規則の変更によらず、書面による承諾を得ることを意図したと理解することはできるが・・・以前において、控訴人と被控訴人らキャディ職従業員との間で、新賃金規程の内容に沿った口頭による労働条件の変更の合意が成立したと認めることはできない。口頭の合意により、新給与規程の内容に沿った労働条件の変更がされた旨の控訴人の主張は採用できない。

東京高判平成20年3月25日

としています。

控訴審では、労働条件の変更に関し、個別契約により合意する事項と就業規則で規定する事項との峻別がなされていないことから、個別契約としての口頭合意においても、その合意の範囲が不明確であるとしています。
そして、そのように個別契約の範囲が不明確であることから、労働条件の変更合意の申込みがなされた段階で、その申し込みに対する承諾対象の特定を欠いていたとしています。

このことから、控訴審では、とくに給与に関する労働条件変更について、口頭での合意を否定しています。

就業規則による労働条件の変更について

労働契約法9条、10条では、

(就業規則による労働契約の内容の変更)
第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

労働契約法10条、11条

と規定されており、一定の場合、使用者と労働者の間の個別労働契約による合意がなくとも、就業規則を変更することにより労働条件の変更をなしうるとしています。

個別労働契約による合意なく、就業規則の変更により、労働条件の変更をなしうる要件としては、

  • 変更後の就業規則を労働者に周知させること
  • 就業規則の変更が、合理的なものであること
  • 就業規則の変更により変更しないとする合意がなされていないこと(労働契約法12条の場合を除く)

を規定しています。

そして、上記の2番目の要件である、「変更が、合理的なものである」ことの判断をおこなう際の要素として、

  • 不利益の程度
  • 変更の必要性
  • 変更後の相当性
  • 交渉の状況
  • その他の変更に係る事情

をあげています。

就業規則変更の効力が問題となった裁判例

事案について

上記で「合意の意思表示の瑕疵が問題となった裁判例」として取り上げました事件の控訴審(東京高判平成20年3月25日)において、就業規則変更の効力が争点となっています。

この事件では、控訴人(会社、1審被告)は、1審では、個別労働契約の変更により労働条件が変更されたと主張していました。
しかし、給与規定の変更(変更後の規定が、下記引用箇所文中「新給与規程」)によって、被控訴人(キャディー職の従業員、1審原告)の賃金条件が変更されたとの主張を、控訴審において、控訴人は、あらたに追加しました。

このことにより、就業規則変更の効力が、あらたな争点として加わることとなったのです。

上記主張に対する控訴審の判断

上記の控訴人の追加の主張について、控訴審は、新給与規程を就業規則として、新給与規程の被控訴人(1審原告)への適用の可否の判断をおこなっています。
下記引用部分において、控訴審は、

  1. 個別労働契約の変更がなくとも、就業規則の変更により、労働条件の不利益変更をおこなうことが、一定の条件の下で可能であることに言及した上で
  2. 本件事案においては、上記の一定の条件をみたしておらず、就業規則(給与規程)の変更による賃金条件の不利益変更が認められない

と判示しています。

具体的には、控訴審は、

控訴人は、新給与規程によって、被控訴人らキャディ職従業員の旧給与規程が変更され、これに基づいて支給された・・・日以降の賃金について未払がない旨主張する・・・・就業規則の変更の効力については、一般に、次のとおりいうことができる。新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。しかし、就業規則が労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とすることから、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。就業規則の作成又は変更は、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものである限り、その効力を生ずるものというべきである。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利や労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす場合には、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならない。この合理性の有無は、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他の関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業者の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断される・・・

・・・ゴルフ場経営をとりまく経済環境は厳しく、安易な経営がゴルフ場を経営する企業の破綻を招く原因となることは明らかであって、本件ゴルフ場もその環境の中にあることは間違いがない・・・グループにおいて・・・中期経営計画を策定し、不採算部門の合理化を含めた検討を行ったことは当然のことであって、これに異論を挟む余地はない・・・しかし・・・不採算部門の合理化という一般的な必要性が肯定されるに止まる。・・・控訴人において経営努力を重ねたといいながら、長年赤字状態を放置していたのであり、キャディ職従業員も応分の負担をするべきであるとはいえ、約4分の1の賃金減額という急激かつ大きな不利益を受忍させる高度の必要性があるとすることは困難で・・・新給与規程による本件ゴルフ場のキャディ職の賃金が近隣ゴルフ場の賃金水準程度であったとしても、上記判断を左右するものではない。・・・また、賃金減額に対する代償措置があると評価することはできず、かえって、退職金制度の廃止、雇用期間の有期化等労働者にとって不利益な労働条件の変更が併せて実施されており・・・過酷な変更内容となっていると評価せざるを得ない。さらに、新給与規程の制定過程をみても、前記のとおり不十分さがうかがわれ、また、大半の従業員が新給与規程に同意し、一部の者のみがこれに反対している状態であるとも認められない。
・・・以上の諸点にかんがみると、新給与規程による労働条件の変更は、その全体について、被控訴人らキャディ職従業員が受忍すべきであるとするまでの経営上の高度の必要性があるとは認めがたく、その手続を含めて合理的であるともいいがたいから、新給与規程は被控訴人らキャディ職従業員との関係において、雇用契約上の法的規範としての効力がないといわざるを得ない。したがって、被控訴人・・・は、控訴人に対し・・・月以降においても、旧給与規程に基づく賃金の請求権がある。

東京高判平成20年3月25日

と判示しています。

労働契約法は、平成20年3月1日が施行日となっていることから、上記で触れました労働契約法9条、10条は、この裁判においては適用されていません。
しかし、同条は、判例法理を明文化したものであることから、結果的には、労働契約法9条、10条と同様な判断枠組みでの判断となっています。

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