権利の濫用とは?~その意味、適用範囲、適用事例など

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

日常用語としてもよく使われる「権利の乱用」と「権利の濫用」は同じ意味なのでしょうか。
また、日常用語となっているだけに、その法的な意味が不明確となっている部分もあります。
法律では、どのような場合に権利の濫用が用いられるのでしょうか。

ここでは、権利の濫用の根拠条文、法的性質、適用範囲、その効果などについて解説をした上で、権利濫用が認められた代表的な事件と近時の裁判例をみてみます。

権利の濫用とは

濫用と乱用

法律に関連したときだけではなく、日常の一般用語としても「『権利のらんよう』だ!」という言葉が使われることは少なくありません。

この「らんよう」という用語は、漢字で「乱用」と書かれていたり、「濫用」と書かれていたりします。

よく見ると、法律の専門書では、おおむね「濫用」と書かれています。
一方、新聞等では、「乱用」と書かれているのを見かけます。

国語辞典をみますと、「濫用/乱用」として、いずれも、「程度をこえてむやみに使うこと」という意味に使われものであることがわかります。

法律用語としての権利濫用とは

法律用語としての権利濫用とは、外形的には権利の行使であるが、具体的状況および実際の結果に照らすと、権利の行使として法律上認めることが妥当でないと判断される場合に用いられます。

権利の濫用を規定している法律の条文

権利の濫用の代表的な条文である民法1条では、

第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。

民法1条

と規定しており、この1条3項が権利濫用の規定ということになります。

しかし、民法のみではなく、権利の濫用は、労働契約法3条5項においても、

(労働契約の原則)
第三条 
1~4(省略)
5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

労働契約法3条

と規定されています。

更に、憲法12条でも、

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

憲法12条

と権利の濫用についても言及しています。

このように、権利の濫用は民法以外でも広く使われる概念です。

民法1条3項の権利濫用が認められるケース

権利濫用が認められるのは、

  1. 自らの財産権への他人の侵害を排除することが権利濫用に該当する場合
  2. 形成権(取消権、解除権など、権利者の一方的な意思表示で法律関係の変動を生じさせる権利)の行使が濫用に該当する場合
  3. 他人に正当な範囲を逸脱した損害が生じるような権利行使が濫用に該当する場合

などがあります。

上記の各々のケースでは、権利濫用の適用により、

  • 1の場合は、権利行使が認められず、場合によっては権利行使者が損害賠償責任を負う
  • 2の場合は、形成権の効果が認められない
  • 3の場合は、権利行使者が損害賠償責任を負う

といった法的効果が生じることとなります。

権利濫用の問題点

権利濫用は、上記の民法1条1項の公共の福祉、および下記の記事で解説しています同2項の信義誠実、民法90条の公序良俗違反などと同様に、法律要件が抽象的に規定され、その認定に際しては、裁判官の裁量の余地が大きい、一般条項とされています。

しかし、法律要件が抽象的に規定され、裁判においても担当裁判官の裁量の範囲が広いことから、権利濫用該当性の事前予測可能性は低いものとなります。

上記において、権利濫用の適用例とその効力についてみてみましたが、権利濫用は、法律で保障された権利の行使を妨げたり、当該権利の行使により発生するはずの効果を否定したり、さらには法律により認められた権利を行使することにより、権利行使者が損害賠償責任を負わされることにもなり得ます。

このように、事前予測可能性の低い「権利濫用」の適用により、法律上保障され、行使することが許されているはずの権利を行使することが妨げられることとなります。
そのため、権利濫用が多用されますと、法律上保障されているはずの権利を行使する際に、その行使が正当であるかの判断が困難となりかねません。

そのようなことは、取引の安全性を妨げることとなりかねないこともあり、一般的には、権利濫用のような一般条項の適用には慎重な姿勢が取られます。

そのため、法律関係者の間では、権利濫用を主張するのは負け筋の事件だといわれたりもします。

一方、権利濫用により請求が棄却されたような場合、敗訴側の代理人弁護士は、「権利濫用の濫用だ!」と言ったりするとされています。

はじめて権利の濫用が認められた宇奈月温泉事件

この権利濫用が、裁判上、はじめて認定された事件とされるのが、「宇奈月温泉事件」(大判昭和10年10月5日)という有名な事件です。

多くの民法の本で扱われていることから、ここでは、詳しくは触れませんが、被告が経営する黒部渓谷の宇奈月温泉への温泉水の引湯管の一部が、他者が所有する土地の一部(2坪ほどとされています)の上を通っていたところ、その他者の土地を買い取った原告が、土地所有権に基づく妨害排除請求権により、当該土地上の引湯管の撤去を求めた事件です。

この事件において、大審院は、

  • 原告と被告の利害関係の比較
  • 原告の権利行使の目的

という客観面に加えて主観面にも考察を加え、原告の権利行使は、上記1の自らの財産権への他人の侵害を排除することが権利濫用に該当する場合にあたるとして、やはり原告の請求を退けていた控訴審(1審も請求棄却)の判断を支持し、上告を棄却しています。

権利濫用が問題となった近時の裁判

近時において、権利濫用が認定された事例として、下記の裁判例があります。

上記1に該当する妨害予防請求権に関する裁判例

建物の区分所有権を有する者が、敷地権の目的である土地に隣接する私道の上空の電力ケーブル、通信ケーブルなどが区分所有権を侵害しているとし、その撤去、損害賠償などとともに、妨害予防請求権として、私道への無断立入りの禁止を求めた事件(東京地判令和2年10月30日)において、裁判所は、その妨害予防請求権に関し、

原告は,被告・・・に対し,区分所有権に基づく妨害予防請求権として,本件私道への無断立入りの禁止を求める。しかし・・・本件私道は建築基準法42条2項に基づき道路とみなされる土地であるから,その公法上の効果として,原告は,一般公衆が本件私道を道路として通行・使用することを受忍すべき義務を負い,当該通行・使用を受忍することによって第三者の利益を上回る著しい損害を被るおそれがあるなどの特段の事情がない限り,第三者の立入りについてあらかじめ差止めを求めることは,権利濫用として許されない・・・

東京地判令和2年10月30日

と判示しています。

この判示は、宇奈月温泉事件と同様に、上記1の自らの財産権への他人の侵害を排除することが権利濫用に該当する場合に該当します。

上記3に該当する確定判決による強制執行に関する裁判例

確定判決に基づく排水門の開門請求権の、強制執行の不許を求めた請求異議訴訟の控訴審(福岡高判令和4年3月25日)において、開門はインフラ整備の目的を破壊覆滅させるもので、憲法による秩序に正面から反し、甚大な損害を生じさせるものであり、権利の濫用であるとの控訴人の主張に対し、裁判所は、

・・・確定判決は,暫定的・仮定的な利益衡量を前提とした上で期間を限った判断をしているものであり,本争点を判断するに当たっては,その予測の確実性の度合いを前提にしつつ,前訴の口頭弁論終結後の事情の変動を踏まえて,改めて利益衡量を行い,これを決するのが相当であるところ,以上のとおり,現時点においては,本件各確定判決で認容された本件各排水門の常時開放請求を,防災上やむを得ない場合を除き常時開放する限度で認めるに足りる程度の違法性を認めることはできない。そして,そうである以上,現時点において,上記のような性質等を有する本件各確定判決に基づき,被控訴人らが強制執行を行うことは,許されないというべきで・・・口頭弁論終結時点(令和・・・)においては,被控訴人らによる本件各確定判決に基づく強制執行は,権利濫用に当たり,又は,信義則に照らし,許されないものというべきである。

福岡高判令和4年3月25日

としています。
この事例は、上記3の、他人に正当な範囲を逸脱した損害が生じるような権利行使が濫用に該当する場合にあたります。

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