家の窓、あるいはベランダから山が見える場合、その眺望は法的に保護されるのでしょうか。
ここでは、主に山の眺望に関連した裁判例をみながら、どのような場合に眺望が保護されうるのか、どのような法的根拠で保護されうるのかについて解説します。
目次
眺望利益と景観利益について
眺望とは、一般的には、特定の場所からの眺めのことを意味します。
この眺望と類似した言葉として、景観があります。
しかし、景観は、風景や景色のことであり、特定の場所からの眺めというよりも、面的な広がりのある、ある一帯範囲の景色を意味しているようです。
一般的には、これらの眺望、景観の権利として、「眺望権」と「景観権」という用語が使われることがあります。
ここでは、眺望の権利性が、裁判上、どのように扱われているのかについて、裁判例をみながら確認していきます。
眺望権と景観権
上記のように、一般的に、眺望権、景観権という用語が使用されています。
しかし、法的にみますと、マンションの景観が問題となった最判平成18年3月30日において、
「良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者は,良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり,これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。もっとも,この景観利益の内容は,景観の性質,態様等によって異なり得るものであるし,社会の変化に伴って変化する可能性のあるものでもあるところ,現時点においては,私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず,景観利益を超えて「景観権」という権利性を有するものを認めることはできない。」
最判平成18年3月30日
と判示されており、最高裁の判決で、景観の享受を保護する「景観利益」は認められていますが、権利性を有する「景観権」については明確に否定されています。
一方、眺望に関しても、眺望を享受する利益を保護する裁判例は散見されます。
しかし、眺望権に関しては、訴訟上、訴訟当事者から主張されていますが、裁判所が、眺望権により法的保護を図っている事例はないとも言われ、眺望権の権利性については、否定的な見解が多いものと思われます。
次に、眺望の享受が保護された裁判例をみてみます。
猿ヶ京温泉事件
事件の概要
裁判上、最初に眺望の享受が保護されたのは、猿ヶ京温泉事件(前橋地判昭和36年9月14日、東京高判昭和38年9月11日)とされています。
この裁判の背景として、唯一の眺望が湖である温泉街で、旅館が当該湖を臨んで建築されていたところ、特定の旅館の最高級の客室3室、大浴場、およびロビーからの眺望をほぼ完全に遮断するように、他の旅館が建物建設をはじめたことから、眺望を遮断されることとなる旅館が、建物建設を開始した旅館建築の工事中止仮処分を申し立て、これが認められたことがあります。
この裁判は、その仮処分に対し、異議の申し立てがなされたものです。
1審の判断について
債権者は、
- 眺望を害する建築を禁止する地役権の設定
- 問題となっている建物の敷地に建物を建築をしない旨の契約の成立
- 建築は権利の濫用である
などの主張をしたようですが、1審裁判所は、1と2の主張の主張を退けた上で、3の権利濫用の主張について、次のように判示しています(前橋地判昭和36年9月14日)。
・・・旅館は、・・湖に臨んで建てられ、その眺望に特に意を用いて設計建築されているものであることおよび本件建築が落成するにおいては、前記旅館の眺望がいちじるしく阻害される状況にあることは前段認定のとおりで・・・これにより該旅館がその経営上多大の損失をまねくことは推認するに難くない・・・よつて、本件建物の建築について債務者に誠実を欠く点があるかどうか考えるに・・・債務者代表者・・・は、債権者が主張するとおり・・・湖に対する眺望可能にして旅館建物建築の敷地として使用できると認められる本件建物敷地とはゞ立地条件の等しい広大なる土地を有していながら、あえて右敷地に建築をはじめたこと・・・月頃債務者は・・・館敷地のうち、・・・館一階大広間から・・・湖を眺望する妨げとなる位置に、他にその設置場所があると認められるのに、物干場の建物を建てて(本件建物に隣接している。)、同所に毎日敷布浴衣等の洗濯物を掲げ、そのため・・・館宿泊客の目障りになつており、現在にいたつてもなおこれを撤去していないこと・・・債務者が本件建物建築のための整地を開始した直後であつてまだ建築工事にいたらない・・・日、・・・館の主人であつて猿ケ京温泉組合長を兼ねている・・・の要請によつて・・・は、本件建物建築が・・・館にもたらす打撃と村全体からみた観光上の損失とを考え、できうれば債権者債務者間のこの問題の解決をはかりたい意向をもつて、債務者代表者・・・に対し、前記趣旨から・・・館付近の他の土地に建物の建築場所を変えられたい旨のあつせん申入れをなしたが・・・は、これに一顧も与えず拒否し、また、右あつせん不調直後同村々会議員・・・が・・・に対し、債務者のそれまでに支出した設計費用工事費用等の代償として・・・万円程度を債権者から債務者に支払わせるとの条件によつて工事中止の勧告をしたのに対しても、これを一蹴し・・・債権者は現在でも債務者が本件建物を現在の敷地に建築しないことの対価として債務者に前記金額以上の合理的金員を支払う意思があるのに、債務者はこれに応じない意向を示していることが認められる。・・・諸般の事情を考えてみると、債務者の本件建物建築は、債権者の前記眺望を害することを唯一の目的としているものでないことは明らかであるが、敷地を本件の位置に選んだ点につき、害意をも含むものであることがうかがわれ、殊に債務者代表者は、・・・の敷地に接近していて、・・・湖に対する眺望が可能であり、かつ旅館建物建築の敷地として使用しうる広大な土地を所有しているのであるし、猿ケ京温泉の地域的環境を考えてみても、前認定のとおり同温泉は、ここ数年急速に発展しつゝあるとはいえ・・・未利用の土地の方が多いことが認められ、しかも本件のように債務者は、その代表者の有する広大な土地を容易に用いうべき関係にあるのである。また、右土地に旅館を建てた方がかえつて債務者将来の発展にも資するものと考えられる。したがつて、本来このような場合には、特別の支障のないかぎり、同一立地条件の土地のうちでは、他人に与える損害の小なるところを先ず使用すべきものであつて、債務者の該権利行使には、信義誠実の原則にもとる点があるというべきである。もつとも、債務者において前記建物の敷地として本件敷地以外の場所を選ぶことは地盤の関係上その整地に費用を要することは前記認定のとおりであるがそれにしても、債権者は、そのため相当額の補償金を支払う意思があるというのであつてみれば、その事情は同様である。・・・されば、債務者の本件建物建築は権利濫用の面があると考える。したがつて、債務者は、その代表者所有の本件建物敷地を使用する権利を濫用することによつて、債権者の・・・建物所有権の行使を妨害しているものというべく、債権者が右所有権に基づいて本件建物中二階部分の工事中止を求める必要性も充分認められるから・・・債権者の本件申請を正当として認容すべきである。
前橋地判昭和36年9月14日
として、債権者の権利の濫用の主張を認め、仮処分の認可の判決を下しています。
尚、権利の濫用に関しましては、下記の記事で解説しています。
控訴審の判断について
1審の判決をうけ、債務者は控訴しましたが、その控訴審では、権利の濫用に関し、
「・・・本件建物の建築が落成するにおいては・・・被控訴人はその旅館経営上損害を蒙ることは明らかである。・・・しかしながら、控訴人は、その代表者の有する土地を使用して本件建物を建築しているのであるから、右敷地の利用による建物の建築はすなわち控訴人がその代表者との間の契約等によつて有するところの敷地使用権の行使ということができる。ただ、権利の行使は信義に従い誠実にこれをなすことを要し、単に他人に損害を与えることだけを目的としてこれを行使することの許されないことはもちろん、権利者において実際に権利内容の実現による利益を図る目的を有する場合でも、他にその目的を達するに十分な時期方法があるにもかゝわらず、故らに他人を害する目的を以てその他人を害する時期方法を選んで権利を行使することは、これまた権利の濫用であり、許すべきでない。よつて以下控訴人につき右のような事実があるか否かを検討する。」
東京高判昭和38年9月11日
とした上で、
・・・の点から考えれば控訴人が本件敷地上に本件建物を建築することは、一応旅館業者として現状に則した合理的な措置であつたものと考えられる余地も多分に存するやにみられる。しかしながら、ひるがえつて控訴人の主観的意図について更に考察するときは、控訴人の本件建物建築には被控訴人に対する害意が存することが一応疏明され・・・被控訴人経営の・・・館の眺望を害し右建物の旅館としての効用を損わしめんとする害意があつたものと一応推認せられる。・・・尤も、控訴人において本件敷地以外に他に使用すべき適切な敷地を確保できない場合には本件建物建築が被控訴人を害することを唯一の目的とするものではない以上、単に害意を有したとしても違法性は阻却されるものといえよう。そして、本件敷地が相生館を拡張して新たに敷地を選び客室用建物を建築するためには最も適した土地であることは前記認定のとおりであるが・・・控訴人にとつては本件敷地の使用がその権利行使の時期方法として唯一のものということはできない。従つて、控訴人としては右金員が合理的に相当額のものであれば本件敷地を選択せず被控訴人所有建物の眺望の妨害とならない前記敷地を選択すべきことが信義則上当然である、と考えられるに拘らず、前記のような害意の下にあえて本件敷地を選択したのであるから、この点において控訴人の行為は権利の濫用に当る行為と考えられ、控訴人はその代表者所有の本件敷地を使用する権利を濫用することによつて、本件建物を建築し被控訴人所有の・・・館の建物所有権の行使を違法に妨害しているものというべきである。
東京高判昭和38年9月11日
として、1審同様、被控訴人(債権者)の権利の濫用の主張を認容しています。
このように、猿ヶ京温泉事件では、債権者(被控訴人)の旅館の眺望の利益を、債務者(控訴人)の権利の濫用を認定することにより、保護しているといえます。
北アルプスの眺望が問題となった裁判例について
事案の概要
北アルプスの眺望の保護が争点となった裁判例としては、別荘地の別荘からの眺望が、隣接して建築された他の別荘により阻害されたとして、隣接する別荘の所有者に対し、眺望利益侵害の不法行為を原因とする損害賠償を求めた事件(長野地裁上田支部判決平成7年7月6日)があります。
この別荘地は、場所により、有名な山々が望めることも宣伝文句に使われており、晴れていても空気が澄んでいるときには、爺ケ岳、鹿島槍ケ岳、五龍岳などの北アルプスの山々の景色を楽しむことができていました。
裁判所の判断
この眺望利益侵害による不法行為責任の主張に対し、裁判所は、まず本件の眺望利益の法的保護性について、
原告は、本件において、眺望利益侵害による不法行為を主張しているので、まず、原告別荘からの眺望利益がそもそも法的保護に値するものであるかが問題となる・・・ある一定の場所からの眺望は、これを見る者に対し何らかの精神的影響を与えるものであり、その眺望できる風物が美的満足感や精神的安らぎを与えるものであれば、その場所の所有者又は権原ある占有者にとって一つの生活利益となる。そして、この生活利益が、社会観念上も独自の利益としての重要性を有するものと認められる場合には、法的にも保護に値する利益であるということができる。
長野地裁上田支部判決平成7年7月6日
としています。
ここでは、眺望も生活利益となる場合、社会観念上も独自の利益としての重要性を有するのであれば、法的保護性が認められうるとしています。
このことをもとに、裁判所は、
・・・は・・・高原別荘地であり・・・賃借権販売の新聞広告には、自然環境の良さとともに、場所により有名な山々が望めることも宣伝文句に使われて・・・遠方に対する眺望は、北西方向しか開けていないが、本件土地・・・からは、付近の立木又は建築物の障害がなければ・・・キロメートル離れたところに爺ケ岳、鹿島槍ケ岳、五龍岳等標高二八〇〇メートル前後の北アルプスの山を、それぞれ見ることができる。ただし、北アルプスの山は、遠距離であるため、晴れていても空気が澄んでいるときしか見えない(その見える頻度については争いがあり・・・明確には認定できないが、少なくとも北アルプスの眺望が無視できるほど少ないものではない。)。・・・原告別荘一階ベランダからは、被告別荘が建築されるまでは、前記・・・山、北アルプスの山を見ることができ、原告及びその家族は、年平均五、六回この別荘を利用する際、その眺望を楽しんでいた。・・・以上の事実をもとに検討するに、本件土地・・・は、別荘地としてそもそも精神的安らぎを求めに来る場所であるから、そこにおける眺望は、その要素の一つとして社会的にも重要視されるべきものである。・・・被告別荘が建築されるまでは、同所から近くの・・・や、ときにより北アルプスなど遠方の山並みを眺望することができ、実際に原告及びその家族等がこれを楽しんでいたのであるから、本件眺望利益は法的に保護されるべき利益であるということができる。
長野地裁上田支部判決平成7年7月6日
として、本件においても、北アルプスの山々の眺望利益は法的保護性が認められるとしています。
しかし、これに続いて裁判所は、
・・・しかしながら、本件眺望利益が法的保護に値するものであるとしても、これを侵害する行為がすべて違法な不法行為になるわけではなく、その侵害行為が社会的相当性を逸脱し、眺望利益が受忍限度を越えて侵害された場合に初めて違法性が認められると解するべきである。
長野地裁上田支部判決平成7年7月6日
とし、眺望利益に法的保護性が認められても、その眺望利益を侵害する行為が、
- 社会的相当性を逸脱し
- 眺望利益を受忍限度を越えて侵害する
場合でなければ、眺望を侵害する行為には、違法性が認められないとしています。
そこで、本件事案に関し違法性が認められるかについて、裁判所は、
・・・本件においては、被告の別荘建築は、本件土地・・・の賃借権に基づく利用としての権利行使であるから、その社会的相当性の逸脱については両者の利益の調和を考慮することが必要となる・・・本件土地・・・における眺望利益は法的保護に値するものとはいえ、・・・においてはその自然環境が別荘地としての眼目であり、眺望が第一の価値を有するという地域ではないこと、特に、本件土地・・・は沢にあたる部分に存在して遠方の眺望が開ける範囲は狭く、そのうちでも、一般的にも有名であって原告も訴訟当初強調していた北アルプスに対する眺望は、はるか60キロメートル以上も離れた位置のものであることからすると、本件土地一における眺望阻害による権利侵害の程度は客観的にはそれほど大きいものとは言えない。・・・その上で、被告別荘の建築による侵害の様態を見ると・・・その大きさは周囲の別荘に比して大きいものではあるが、定住を考えたものとしては個人的住宅の大きさを越えるものではなく、しかも、その位置も、隣地境界から二メートル以上離すという・・・における定めは守っており、より原告の眺望を阻害しない位置に建築されなかったのは予算の関係によるものであるから、これらの状況の下で、被告の別荘建築行為が社会的相当性を逸脱しているものと言うことはできない。
長野地裁上田支部判決平成7年7月6日
として、被告の別荘建築は違法と認定できないと認定し、原告の請求を棄却しています。
ここでは、
- 自然環境が別荘地の一番の売りであること
- 遠方の眺望が開ける範囲は狭く、北アルプスまで相当離れていることからすると、眺望阻害による権利侵害の程度は客観的にはそれほど大きいものとは言えないこと
- 被告の建物建築も相当範囲内のものであること
などから、被告の別荘建築行為が社会的相当性を逸脱しているものとはいえず、違法性は認められないとしています。
この裁判例からしますと、とくに上記の2の理由付けから、別荘の窓から見える遠方の山嶺の景観は法的に保護される可能性は必ずしも高くないともいえそうです。
尚、この裁判では、損害賠償請求による眺望利益の救済を、原告は求めていました。
箱根の山の眺望が問題となった裁判例について
事案の概要
次に、箱根の山を含む眺望が、隣接地に建築された保養所により侵害されたとして、建築主に対し損害賠償を請求した裁判例(東京地判平成15年6月20日)をみてみます。
この裁判は、売り出し時の大きなセールスポイントが、豊かな眺望とされていたリゾートマンション(以下「本件マンション」といいます。)に隣接する土地に、屋根の最頂部が、本件マンションの1階の床面より2m以上高い保養所が建築されたため、地下の共有浴場(以下「本件共有浴場」といいます。)からの眺望が完全に遮断され、また1階の保養所側に位置する住戸(以下「本件1階保養所側住戸」といいます。)の眺望の相当部分が遮断されたなどと主張し、本件マンションの管理組合と、本件1階保養所側住戸の区分所有者が、保養所の建築主に対し、慰謝料などを請求したものです。
この裁判では、保養所の建築主など、眺望利益以外も争点となっていますが、ここでは、主に眺望利益についてみてみます。
裁判所の判断
裁判所は、まず、眺望が法的に保護されるかに関する判断枠組みについて、次のように判示しています。
・・・眺望は,風物がこれを見る者に美的満足感や精神的安らぎ等を与える点において,人が生活する上で,少なからぬ価値を有するものといえるが,一般に,眺望の利益は,当該場所の所有又は占有と密接に結びついた利益で・・・その場所の独占的占有者のみが事実上享受し得ることの結果として,その者に独占的に帰属するにすぎず,その内容は,周辺における客観的状況の変化及び他の競合利益との関係によっておのずから変容又は制約を受けざるを得ないもので・・・眺望の利益が常に法的保護に値するものとはいえず,特定の場所がその場所からの眺望の点で格別の価値を持ち,当該建物の所有者又は占有者によるその建物からの眺望利益の享受が,社会通念上からも独自の利益として承認せられるべき重要性を有するものと認められる場合にはじめて,法的見地からも保護され得るというべきで・・・当該眺望の利益が法的保護に値する場合であっても,他の競合利益との調和においてのみその利益の実現が容認されるべきもので・・・その侵害の排除又は侵害による被害の回復等の形で法的保護を与え得るのは,当該侵害行為が,具体的状況の下において,社会生活上受忍するのを相当と認められる程度を超える場合に限られる
東京地判平成15年6月20日
としています。
上記引用部分では、
- 眺望の利益も、周辺の環境変化、他者の利益などとの関係から、おのずから変容または制約を受けざるを得ないこと
- 眺望利益の享受が法的に保護されるには、社会通念上からも独自の利益として承認されるような重要性がある場合であること
- 眺望への侵害行為が具体的状況下で受忍限度を超えた場合にのみ、法的保護が与えられること
などを示しています。
尚、ここで示された判断枠組みは、
- 眺望の利益が法的保護に値するか
- 値するとしても、侵害利益が違法性を有するのか
という2段階で、眺望の阻害が違法なのかを判断するという点では、上記の北アルプスの眺望が争点となった裁判(長野地裁上田支部判決平成7年7月6日)と異なりません。
上記の引用箇所に続いて、裁判所は、原告の眺望が法的保護に値するかについて、次のように判示しています。
本件マンションの所在地は・・・風光明媚で,自然豊かな土地であり,周辺地域では,ほとんどの箇所で,建物と建物との間隔が1メートル以上とられていると認められるが・・・北側に存する土地と比較すると,公法上の制限は緩やかなものとなっている。・・・本件マンションのパンフレット・・・には,富士山等を背景に含んだ本件マンション付近の展望写真,明星ヶ岳の大文字焼きと花火を組み合わせた写真及び本件マンションと明星ヶ岳を組み合わせたイラストに加え,「大文字焼きの明星ヶ岳を望む雄大な眺望。」との太字の見出しに続き,本件マンションの東正面に明星ヶ岳の眺望を楽しめる旨の記載・・・があることから,本件マンションの各住戸からの眺望が,同マンションのセールスポイントとされていたと認められ・・・本件1階保養所側住戸の区分所有者らの中には,明星ヶ岳を望む雄大な眺望を期待して,他の側面の住戸より高額な,東側側面の住戸を購入した者も存在する・・・しかし,・・・にそれぞれ撮影された写真・・・によれば,本件保養所が建築される前の本件1階保養所側住戸・・・から遠方を展望し得たのは・・・樹木頂上部から上の部分に限られ・・・明星ヶ岳は・・・号室において,それらの樹木の間から,中腹から頂上を望むことができたにすぎなかったことが認められ・・・本件保養所の建築工事中の・・・日に撮影された写真・・・によれば,本件保養所の建築のために本件樹木が伐採されたため,本件1階保養所側住戸から明星ヶ岳の相当下部まで望むことができるようになったことが認められるが,裏を返せば,本件保養所が建築されることがなければ,本件樹木も伐採されることはなく,したがって,本件1階保養所側住戸から明星ヶ岳の相当下部まで望むことはできなかったものといえる。・・・写真によれば,本件保養所が完成する前の本件共有浴場からの眺望については,いずれの浴場も,東側壁面の大部分がガラス張りであり,そこから外を望み得る構造にはなっているものの,本件共有浴場は地下1階に存し,ガラスのすぐ外は生け垣状となっている上,本件土地境界線上には本件樹木が多く植栽されているので,その視界の大部分はこれらの樹木によって占められており,わずかに樹木頂上部から上の部分に限り,視界を遮るものがなく遠方を展望し得る状況にあるにすぎなかったことが認められ・・・本件共有浴場からの眺望が本件マンションのセールスポイントとされていたとまでは,認められない。・・・以上の事実を総合すれば,原告らが,そもそも法的保護に値するほどの,本件共有浴場及び本件1階保養所側住戸からの眺望の利益を有していたとはいい難い・・・以上のとおり,原告らは,その主張する「眺望権」なるものを有していたとはいい難いところであるが,ここでさらに,被告らによる本件保養所建築行為が,具体的状況の下,原告らの眺望の利益との関係において,社会生活上受忍するのを相当と認められる程度を超えているかを検討する。・・・まず,法的拘束力を有する「本件慣習」の存在については・・・法的拘束力を持ち得る程度の慣習にまで高められていたと判断するに足りる証拠はない。・・・一方,本件保養所は・・・敷地の公法上の制限に十分な余裕をもって適合したもので・・・前記のとおり,本件保養所の建築前は,本件マンションの・・・号室から,明星ヶ岳の一部を望むことができたにすぎなかったところ,本件保養所の建築のために本件樹木が伐採された結果として,たまたま本件1階東側各住戸から明星ヶ岳を相当程度望むことができるようになったのであるから,本件保養所の建築によって,明星ヶ岳に対する眺望が害されたとは認められない・・・本件保養所は公法上の制限に余裕をもって適合していること,本件1階東側各住戸と本件共有浴場には,もともと十分な眺望が存在していたとは認め難いこと,本件保養所は,リゾートマンションの住人である原告らの眺望を害するものとはいえないこと,被告らは原告らの要請を受けて,眺望を阻害しないための措置を一応講じていることが認められ,これらを総合すれば,被告らが本件保養所を建築したことは,原告らの眺望の利益との関係において,社会生活上受忍するのを相当と認められる程度を超えるものではないと認められ・・・上記の行為は,原告らに対する不法行為に当たらない。
東京地判平成15年6月20日
このように、裁判所は、
- 問題となっている部屋からは、もともと明星が岳の一部の眺望しかなかったこと
- 保養所は敷地の公法上の制限に十分な余裕をもって適合したものであったこと
- 保養所建築に際し、眺望を阻害しないための措置が一応講じられていること
などから、原告らの眺望利益は法的保護の対象ではないと判断しています。
その上で、念のため、保養所の建築が、受忍限度を超えているものではなっことも認定しています。
これらのことから、裁判所は、原告らの請求を棄却しています。
眺望利益の裁判上の保護について
上記の2つの裁判例からしますと、特定の場所における眺望権を侵害する行為が違法とされるかは、
- 眺望が生活利益として、社会観念上も独自の利益としての重要性を有している場合に法的保護性が認められ
- その眺望を侵害する行為が受忍限度を超えるような場合に当該侵害行為が違法と評価される
という2段階で判断されることとなります。
そして、別荘、リゾートマンションなどのように、自然環境の享受が、その保有目的の大きな部分を占めるような建物に関しても、山の眺望利益が法的に保護され、その侵害行為の違法が認められるのは、相当ハードルが高いものであることがわかります。
とくに、最後に引用しました裁判例に判示されているように、眺望利益が、「周辺の環境変化、他者の利益などとの関係から、おのずから変容または制約を受けざるを得ない」ものであるとすれば、最初に引用した猿ヶ京温泉事件の事案のように、眺望を奪うことを意図して建物が建てられたというような事情があり、その建築が権利濫用と評価されるような場合以外で、侵害行為が違法と評価されるケースは多くはないと思われます。