降格処分はどのようなとき無効となり、また不法行為となるのでしょうか?

この記事で扱っている問題

降格処分がおこなわれると、これにともない、賃金が引き下げられることもあります。
しかし、降格の中には、理由が不明確なものもあり、そのような不明確な理由での降格により、賃金までも引き下げられますと、生活への影響も少なくなく、納得がいくものではありません。

ここでは、降格処分の種類と、降格がいかなる場合に無効となりうるのか、無効とされた場合に、降格処分が違法と評価され損害賠償請求をなし得るものなのかについて、裁判例をみながら解説します。

降格人事にはどのようなものがあるのでしょうか

一般的には、降格とは役職や職位を引き下げるものであり、降格人事としては、

  • 懲戒処分としての降格
  • 人事異動としての降格

があります。

懲戒処分の降格とは、就業規則の懲戒事由に該当するときに、そのペナルティとしておこなわれる降格です。
懲戒処分なので、懲戒処分の降格は、就業規則などに規定がなければできません。

一方、人事異動としての降格であれば、会社には人事権がありますので就業規則等の規定がなくても可能です。
ただし、この人事異動としての降格は、人事権の行使による降格であり、権利濫用とみなされるような場合には無効となります。

尚、降格とは別に、職能資格制度を導入している場合、就業規則などで規定されている範囲内において、会社は資格・等級を引き下げることが可能です。
ただし、この場合でも、濫用的な引き下げはやはり許されません。

懲戒処分としての降格が問題となった裁判例

次に、懲戒処分の有効性が、どのように判断されるのかについて、裁判例をみてみます。

懲戒処分としての降格の有効性が問題となった裁判例として、会社のPCでネットの私的閲覧を頻繁におこなったことを理由する降格処分(それに伴う降給)を懲戒権濫用の処分であるとして、降格前の地位にあることの確認、降格にともなう降給分の支払い、および降格処分を不法行為とする損害賠償請求などを求め提訴された事件があります(神戸地判令和元年11月27日)。

この裁判では、まず、懲戒事由としうる事実の範囲について、

・・・懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから,その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁判所平成8年9月26日第一小法廷判決・集民180号473頁)

神戸地判令和元年11月27日

として、原則として、懲戒事由となし得るのは、懲戒当時に使用者が認識していた行為に限定されるとしています。

これをもとに、原告の私的閲覧に関する事実認定をおこない、原告の私的閲覧が就業規則の懲戒事由に該当するとし、降格処分には客観的に合理的な理由があると認定しています。

続いて、降格処分が社会通念上相当であるかについて、

  • 私的閲覧の目的
  • 私的閲覧の態様
  • 私的閲覧の業務への影響
  • 降格処分により生じる不利益
  • 降格処分前の注意、指導
  • 降格処分時の手続き
  • 他の処分との均衡

などについて検討を加えた上で、「総合評価」として、

上記認定のとおり,原告の私的閲覧は,業務とは関連性がない資産運用等の私的な目的でなされたもので,何ら酌むべき点はなく,その態様は,約5か月半のうち合計86日で,1日当たり15分から17分程度と職務専念からの逸脱の程度は小さくなく,また,その不利益の程度も,役割給が6○○○円,役職手当が5○○○円の減額となり,本件降格処分前の原告の役割給が3〇万○○○○円で,役職手当が〇万円であることからすると,原告の受ける不利益は必ずしも大きいものとはいえない。
しかしながら,本件私的閲覧は,その態様にかんがみても,業務への支障が大きいとまではいうことはできず・・・原告の等級が・・・(係長相当)であったことからすると,被告に与える影響もそれほど大きいわけではなく,職場秩序を乱すものとまではいうことはできず・・・サーバーセキュリティ上の危険が生じたわけではない。本件降格処分前,原告が懲戒処分を受けたことや・・・勤務成績が不良であったことはうかがえず・・・被告による注意喚起等で私的閲覧が禁止されていることを認識していたものの,原告に対する個別の注意や指導等はなく・・・降格処分の他に減給処分もなし得たが・・・被告内で十分な検討がされたことはうかがえない。これらの事情を考慮すると,本件降格処分は,いささか重きに失するものであり,社会通念上の相当性を欠くものというべきで・・・本件降格処分は無効・・・

神戸地判令和元年11月27日

としています。

ここでは、

  • 私的閲覧の業務への支障が大きくないこと
  • 職場秩序を乱すものとまではいえないこと
  • サーバーセキュリティ上の危険が生じていないこと
  • 懲戒歴なく、勤務成績不良でもなかったこと
  • 懲戒処分前に個別の注意や指導等をしていないこと
  • 降格以外の減給などの処分を検討していないこと

などから、降格処分が、社会通念上の相当性を欠くもので無効であると判断しています。

その上で、地位確認と降給分の賃金支払いについては認容しています。

しかし、降格処分が不法行為に該当するかについては、

本件降格処分は無効であるが,被告人事部では,同時期に判明した本件私的閲覧を含む従業員の私的閲覧について,その回数や態様等を考慮していずれも降格処分にしており,本件降格処分が相当であると判断したことにはやむを得ない事情があるといえるから,被告の従業員に故意のみならず,過失があったということはできない。したがって,本件降格処分が不法行為に当たるということはできず,原告のこの点に関する主張は採用できない。

神戸地判令和元年11月27日

としています。

ここでは、降格処分は無効であるが、諸事情からすると、会社の人事担当の降格処分を相当とした判断には故意、過失は認定できないとして、会社の不法行為責任を否定しています。

この裁判例からも、降格処分の有効性判断とその判断の不法行為責任上の違法性の判断とは異なることがわかります。

ただし、降格処分にともない、パワーハラスメント行為がおこなわれていれば、当該パワハラ行為の違法性は別途検討されることとなります。

人事権の行使としての降格が問題となった裁判例1

まず、人事権の行使として役職を引き下げた事件の裁判としては、東京高判平成21年11月4日があります。

この事件において、裁判所は、

本件降格処分は・・・副課長から同・・課係長に役職を引き下げるものであるが,懲戒処分として行われたものではなく,控訴人(注:会社のこと)の人事権の行使として行われたものである。このような人事権は・・・長期雇用システムの下においては,労働契約上,使用者の権限として当然に予定されて・・・その権限の行使については使用者に広範な裁量権が認められ・・・降格処分について,その人事権行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から判断していくべきで・・・その判断は・・・業務上,組織上の必要性の有無・程度,労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するか否か,労働者がそれにより被る不利益の性質・程度等の諸点を総合してなされるべきものである

東京高判平成21年11月4日

と判示しています。

ここでは、まず、問題となった降格が、人事権の行使としての降格であることを認定しています。

その上で、人事権の行使としての降格の有効性に関し、会社が人事権行使について広範な裁量権を有していることを前提に、降格の有効性については、「人事権行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から判断」するとしています。

そして、裁量権の逸脱、濫用の有無に関しては、

  • 業務上,組織上の必要性の有無・程度
  • 労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するか否か
  • 労働者が降格により被る不利益の性質・程度

等を総合考慮して判断するものとしています。

人事権の行使としての降格が問題となった裁判例2

また、人事権の行使としての降格の有効性、降格処分の違法性が問題となった近時の裁判例として、広島地判令和3年8月30日があります。

この裁判は、就業規則に降格に関する規定が設けられていない会社において、課長から平社員に降格され、降給された従業員が、降格などが無効であるとして、地位確認、降給分の支払、およびパワハラ行為に関し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をおこなった事件です。

裁判所は、問題となっている降格処分を人事権の行使としての降格であるとした上で、

・・・被告は,原告の承諾や労働契約上の根拠がなくても,人事権の行使として,原告の役職や職位を引き下げることができるというべきで・・・このような人事権の行使は,基本的に,使用者である被告の経営上の裁量判断に属するものである・・・もっとも,人事権の行使としての降格も無制限に認められるものではなく・・・社会通念上著しく妥当性を欠き,権利の濫用に当たると認められるような場合・・・違法,無効となる・・・権利の濫用に当たるか否かを判断するに当たっては,①使用者側における業務上,組織上の必要性の有無及び程度,②労働者の能力又は適性の欠如の有無及び程度,③労働者の受ける不利益の性質及び程度等の諸事情を総合的に考慮することが相当である。

広島地判令和3年8月30日

としています。

ここでは、人事権の行使としての降格も、社会通念上著しく妥当性を欠き,権利の濫用に当たる場合には違法、無効となるとし、権利濫用であるかは、

  1. 業務上、組織上の必要性の有無、程度
  2. 労働者の能力または適性の欠如の有無、程度
  3. 労働者の不利益の性質、程度

等の諸事情を総合的に考慮して判断するとしています。

その上で、裁判所は、上記1~3について具体的に検討を加えたあとに、

本件降格は,被告側における業務上,組織上の必要性に乏しく,また,原告が課長の地位にふさわしい能力や適性を欠いているとも認め難いにもかかわらず,原告を課長から平社員へと大幅に降格させ,これに伴い原告に重大な経済的不利益を与えるものであるから,社会通念上著しく妥当性を欠き,権利の濫用に当たるものというほかなく,違法,無効であるというべきである。

広島地判令和3年8月30日

と判断しています。

次に、降格処分に対する損害賠償請求に関し、

・・・降格は違法であるところ,原告は,これにより課長から平社員へと大幅に地位を下げられ,役付手当の支給が受けられないという経済的な不利益を受けるとともに,その能力や適性に見合った業務を与えられないこと等による精神的な苦痛を受けているというべきである。そして,被告が,原告には課長としての能力や適性が欠如しているとの誤った認識に基づき本件降格を行ったことについては,少なくとも過失があるというべきである。

広島地判令和3年8月30日

として、降格処分をしたことについて、過失を認定しています。

そして、

・・・被告は,原告に対し,違法に本件降格をして経済的な不利益を与えるなどしている上,合理的な理由なく残業を許可しなかったり・・・不当な取扱いをし,さらに,社長・・・からの厳しい叱責により原告をうつ状態に陥らせて自宅療養を余儀なくさせ・・・原告には継続的に精神的苦痛が生じているというべきであるから,このことについて,被告には,原告に対する安全配慮義務違反があるというべきである。

広島地判令和3年8月30日

として安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を認めています。

このように、降格処分に過失が認められる場合、精神的苦痛の程度によっては、損害賠償請求が認められることがあることがわかります。

本件のように、不当な降格処分がおこなわれるような場合、パワーハラスメントが同時に問題となるケースがあります。

その場合、降格処分の過失とともに、あるいはそれとは別に、パワーハラスメントの違法性の検討がおこなわれることとなります。

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