相続回復請求権とは?~条文、法的性質、行使方法、取得時効との関係等

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

真正な相続人が、遺産分割などの相続財産の分配から外された場合、正当な相続分を回復する手段として、相続回復請求権が民法上規定されています。

ここでは、相続回復請求権の条文を確認した上で、その法的性質、誰に対し行使し得るのか、行使方法、相続財産の取得時効との関係などについて、裁判例をみながら解説します。

相続回復請求権とは

相続人の一部が、遺産分割協議などから外されたまま、相続財産が分配されてしまったとき、分配から外された相続人が、本来受け取ることができた相続財産を引き渡すよう求めることができる権利として相続回復請求権があります。

この相続回復請求権は、下記のように民法884条に規定されています。

(相続回復請求権)
第八百八十四条 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。

民法884条

相続回復請求権を行使できる相手について

この相続回復請求権は、真正相続人が、本来相続権がない表見相続人に対して請求する権利と考えられています。

そこで、相続人が子2人であったときに、被相続人である親が死亡したことを一方の子が知らない間に、もう一方の子が相続財産を全て取得していた場合のように、相続権を侵害した者が、共同相続人であった場合、相続回復請求権を行使できるかが問題となりえます。

この点に関しましては、最判昭和53年12月20日において、下記のように判示されています。

共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが、相当

最判昭和53年12月20日

このように、共同相続人に対しても相続回復請求権は行使できるとされています。

行使方法について

相続回復請求権は、遺言無効を主張し、相続財産について、金銭支払請求、所有権移転登記(抹消登記)を求める裁判において主張されることがあります。

尚、訴訟外においても相続回復請求権の行使は可能とされています。

尚、相続回復請求権は、上記の民法884条から、

  • 相続権を侵害された事実を知ったときから5年経過したとき
  • 相続開始の時から20年経過したとき

に時効により消滅し、行使できなくなります。

相続財産の個別的請求権との関係について

ところで、遺言が残されていない場合、相続財産は、被相続人の死亡とともに、法的には相続人に承継され、それぞれの相続財産に所有権を取得することとなります(民法896条)。

そうしますと、相続権を侵害された相続人は、それぞれの相続財産の所有権に基づく請求権(以下「個別的請求権」といいます。)を行使することも可能なように思われます。

そこで、この所有権に基づく請求権との関係で、相続回復請求権の法的性質が問題となります。

この点につきましては、

  • 相続人の地位への侵害を包括的に回復する、個別的請求権とは異なる請求権ととらえる説
  • 相続が包括的に承継されることから、個別的請求権の集合として、便宜上1個の請求権として構成されているとする説(集合権利説)

などがありますが、集合権利説が通説といわれています。

取得時効との関係について

真正相続人が相続回復請求権を行使するまでに、表見相続人のもとで取得時効期間が経過していた場合、表見相続人は、取得時効を主張し得るのでしょうか。

この問題が争点となった裁判例として、東京地判令和3年1月14日があります。

事案の概要

この事件は、唯一の法定相続人であった原告が、相続財産である土地、建物の不動産の所有権移転登記を経由するとともに、同じく相続財産である預貯金等の名義変更などをしていたところ、遺産を被告ら(2名)および原告に等しく分ける旨の記載がある自筆証書遺言の存在が明らかとなったことから、原告が、

  1. 主位的に遺言無効確認を求め
  2. 予備的に、不動産については取得時効、預貯金等の不当利得返還請求権については債権の消滅時効が完成したことを理由に、不動産の移転登記請求権と預貯金等に関する不当利得返還請求権の不存在の確認を求め

た裁判です。

時効に関する裁判所の判断について

裁判所は、遺言は有効であるとして、原告の主位的請求を退けています。
その上で、予備的請求の時効の問題に関し、下記のように判示しています。

当裁判所は・・・原告の主位的請求は理由がないものと判断するが・・・相続回復請求権が民法884条の期間制限にかかる前であっても取得時効(民法162条)や債権の消滅時効(民法167条1項)は成立し得るものと解すべきで・・・原告の予備的請求は理由があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。・・・・被告(ら)・・・・は,本件遺言による包括受遺者であり,相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)。したがって,本件は,共同相続人の一人(法定相続人である原告)と他の共同相続人(上記の包括受遺者ら)との間において相続権の帰属が争われている事案であるが,このような場合にも民法884条が適用され得ることは,最高裁判所昭和53年12月20日大法廷判決・・・の判示するところで・・・昭和53年大法廷判決は,民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨に関して,「相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させる」ことにあると説示している(より正確に引用すれば,「同条が相続回復請求権についての消滅時効を定めたのは,表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。」と説示している)・・・同判決は,この趣旨を踏まえて,共同相続人の一人が,自己の本来の持分を超える部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知っていたか,又はその部分もまた自己に属すると信ずるべき合理的な事由がなかった場合(悪意又は有過失の場合)には,当該共同相続人の一人は,民法884条の消滅時効を援用することができない旨を判示している・・・ように,民法884条に関して,その趣旨を,相続に関わる法律関係の早期確定にあると捉えた上で,その適用場面を,同条による保護を受けるに値する者(善意・無過失で表見的な法律関係を形成した者)に限定するという理解に立つ場合には,同条は,法律関係の早期確定という観点から一定の適格者のみを特別に保護する規定であると位置付けられ・・・民法884条が定める期間(短期5年・長期20年)の経過前に,相続権の帰属が争われている法律関係に関して,取得時効や債権の消滅時効が完成する場合において,同条の存在により,取得時効等の他の規定の適用が否定されるものと解すべき理由はないというべきである。民法884条は,あくまでも,法律関係の早期確定という観点から一定の限られた者に対して特別な保護を与える規定であって,同条以外の他の規定により法律関係の早期確定が図られることを排除する趣旨のものではないからで・・・反対に,相続回復請求権の期間制限に関しては,専ら民法884条のみが適用され,取得時効や債権の消滅時効の規定は適用されないものと解する場合には,同条による保護を受けることができない者(悪意・有過失の表見相続人)については,一般の時効制度による保護も与えられないという帰結となるが,時効制度の存在意義が必ずしも善意者の保護にあるわけではないことに照らすと,この結論は不当というべきである。このほか,民法884条が適用され,その保護を受けることができる者(善意・無過失の表見相続人)に限って,他の一般の時効制度の規定は適用されないとする考え方も,論理的にはあり得るけれども,そのような考え方によれば,民法884条の保護を受けることができない者(悪意・有過失の表見相続人)に限って取得時効等の完成を主張することが許されるという不均衡を生じ,適切とはいえない。以上によれば,相続回復請求権が民法884条の消滅時効にかかる前においても,相続権の帰属が争われている法律関係に関して,取得時効や債権の消滅時効は(相続回復請求の相手方の善意・悪意等を問わず)成立し得るものと解するのが相当というべきである。

東京地判令和3年1月14日

として、原告の予備的請求を認容しています。

このように、東京地判令和3年1月14日においては、民法884条の行使が可能な場合でも、表見相続人との関係で取得時効も消滅時効も成立し得るとしています。

現在では、この裁判例のように、相続回復請求権の行使が可能な場合でも、表見相続人は時効を援用しうると考えるのが通説とされています。

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