公務員が就業時間中に長時間離席したことなどを職務専念義務違反として懲戒処分される事件の報道を目にすることがあります。なぜ、長時間離席することが懲戒事由となるのでしょうか。
ここでは、職務専念義務の内容、その根拠および義務違反とされた事例などを判例をみながら解説します。
目次
職務専念義務とは
国家公務員法101条1項では、
(職務に専念する義務)
国家公務員法101条1項
第百一条 職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。(以下省略)
また、地方公務員法35条においても、
(職務に専念する義務)
地方公務員法35条
第三十五条 職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。
と規定しています。
このように、公務員は、勤務時間および職務上の注意力のすべてを職責遂行のために用い、職務のみに従事する義務を負っていることが法律上、明文で規定されています。
その義務を職務専念義務といいます。
この職務専念義務は、公務員のみならず、民間の労働者にも課せられていると考えられていますが、義務の範囲については、諸説あります。
民間の労働者の職務専念義務について
労働契約法1条では、
(定義)
労働契約法1条
第二条 この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2 この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。
と規定しています。
この条文からも、労働契約により、
- 労働者は使用者に使用され労働する義務
- 使用者は賃金を支払う義務
を負うことがわかります。
更に、労働契約法3条4項では、
(労働契約の原則)
労働契約法3条4項
第三条
(省略)
4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
と規定しており、民法1条2項と同様の信義誠実義務を労働契約の原則として規定しています。
この信義誠実義務により、労働者は労働契約の内容に従った(ただし、公務員と同様に「職務上の注意力のすべての」とする見解もあります)労働を提供す誠実労働義務を負うこととなり、これが職務専念義務であると考えられています。
このように、民間の労働者も労働契約法1条4項を根拠として、職務専念義務を負うと考えられています。
職務専念義務違反が問題となるケース
職務専念義務が裁判にまで発展する事件の多くは、職務専念義務違反を理由とした懲戒処分の有効性に関連するものとなっています。
また、多くの事件では、職務専念義務違反のみを理由とする懲戒ではなく、他の理由による懲戒と併せて問題とされるケースが多いようです。
これは、一般的には、職務専念義務違反は、懲戒解雇など重い処分の対象とまではならず、職務専念義務違反による処分の有効性のみが問題となるような場合、裁判にまで発展し辛いのが理由のひとつにあると思われます。
そして、上記のように、国家公務員法、地方公務員法に明文の規定が設けられていることもあり、職務専念義務違反による懲戒処分の有効性が争点となる判例の中には、公務員が主体となる事件が多くの割合を占めています。
しかし、民間の労働者に関する裁判でも、職務専念義務違反を理由としたが問題となったものも少なくはありません。
近時では、下記の記事でも扱っているように、業務時間内の私的なネット利用、チャットなどが職務専念義務違反に問われる事件もあります。
職務専念義務違反が争点となった裁判例
事案の概要
職務専念義務違反が争点となった近時の裁判例としては、地方公務員の停職処分の取消請求訴訟(1審:札幌地判令和4年1月14日、控訴審:札幌高判令和4年7月26日)があります。
この事件は、地方公共団体の職員が、多くの時間において職場を離脱して専ら観光振興の事業等をおこなう一般社団法人の事務に従事したことが、上記に引用した職務専念義務を定めた地方公務員法35条に違反するなどとして懲戒停職処分とされたことから、その処分の取り消しを求めたものです。
1審裁判所の判断
この事件において、1審裁判所は、
処分理由・・・は,原告が「令和・・・5月上旬から10月末までの間,その多くの時間において職場を離脱して専ら一般社団法人・・・協会の事務に従事したことにより,本来すべき職務を怠った」というものである。
札幌地判令和4年1月14日
・・・地域経済課・・課長は,・・・聴取手続において,「・・・(原告)が何をやっていたのかは全くわからない。ゴールデンウィーク後からずっと・・・協会に行っていた。ほぼ役場にはいない。午前8時40分から午後5時15分まではいなかった。10月末ぐらいまでずっと続いていた。夜までいないことも多かった。」などと述べ・・・現に,被告においては,職員は出退勤時刻をタイムレコーダーにより打刻しなければならないところ・・・5月から10月までの間,多くの日において退勤時刻の打刻をすることができず,タイムカードに直接手書きで退勤時刻を記入していたのであって・・・多くの日において職場を離脱していたことを推認させ・・・原告は,「令和元年5月上旬から10月末までの間,その多くの時間において職場を離脱して専ら一般社団法人・・・協会の事務に従事した」ものと認められる。
原告は,①・・・協議会,②・・・登山会議,③・・・町味覚フェアなどを割り当てられ,また,④・・・地区町内会長等と町長を囲んでの懇談会を引き続き担当していたところである・・・しかるに,原告は,上記・・・のとおり多くの時間において職場を離脱した結果,上記①については毎年5,6月に行わなければならない総会を開催せず(当事者間に争いがない。),上記②については看板設置や委託事業者との調整を自らは行わず(同),上記③についても催し物の事前調整・準備及び当日の運営をほとんど行わず(乙19),上記④についても毎年9,10月に行うべきところを12月にずれ込ませた(当事者間に争いがない。)もので・・・によれば,他にも原告が割り当てられた業務を行わず,そのため他の職員が代わりに行ったものがあるというのであるし・・・原告自身も,原告に割り当てられた業務が滞っていたことや,原告が行うべき業務を他の職員が行っていたこと自体は否定していない・・・したがって,原告は,「本来すべき職務を怠った」ものと認められ・・・
原告は,「令和元年5月上旬から10月末までの間,その多くの時間において職場を離脱して専ら一般社団法人・・・協会の事務に従事したことにより,本来すべき職務を怠った」ものであって,処分理由・・・に係る事実が存したものというべきである。
として、職務専念義務違反を認定しています。
控訴審の判断
この事件の控訴審(札幌高判令和4年7月26日)においても、
町全体の観光業の振興のため、・・・協会との連携が重要であるからといって、直ちに被控訴人(注:1審被告)の職員である控訴人(注:1審原告)が、・・・協会の事務に従事することが必要であるとはいえない。また、・・・町長において当時控訴人が・・・協会の事務に従事している実態を認識していたことを認めるに足りる証拠はない。さらに、・・・町長は、・・・控訴人に対し・・・協会への指導ないし是正措置を執るよう指示したものであり、出向という話はしていないし、その後控訴人に対して出向の話を断ったと供述していて・・・控訴人に対して出向の手続は執られていない。これらのことからすると、・・・町長が控訴人に対して・・・協会のサポートをするよう指示したことをもって、控訴人が・・・協会の事務に従事することまで指示したものと認めることはできない。
札幌高判令和4年7月26日
そして、原判決が認定するとおり、控訴人は、・・・5月上旬から10月末頃まで、多くの時間において職場を離脱して・・・協会の事務に従事したことにより、控訴人に割り当てられた業務が滞り、控訴人が行うべき業務を被控訴人の他の職員が行っていたことが認められるから、控訴人は、本来すべき職務を怠ったものであって、処分理由・・・に係る事実が存したものというべきである。
として、職務専念義務違反を認定しています。
このように、本来の勤務場所を離脱し、本来業務を滞らせるようなケースは職務専念義務違反となる典型例のひとつと考えられます。