元号が令和となり5つ目の年を迎えました。
現在、国内では、明治、大正、昭和、平成および令和の5つの元号のもとに生まれた人が生活しています。
ところで、行政機関の戸籍、住民票の生年月日の記載は元号記載となっていることから、人の年齢を計算する際に、元号表記となる和暦の生誕年を西暦に換算する手順を踏んだ上で計算することがあります(簡易計算表はありますが・・・)。
このように日常において、一定の手間が必要となり得る元号は、どのような根拠で行政機関において用いられているのでしょうか。
ここでは、元号の根拠となる法令、および元号の制定に関連した裁判例をみながら、法令上および行政機関における元号の位置付けについて解説します。
元号に関する法令について
元号については「元号法」という法律に規定があり、その元号法は昭和54年6月12日に公布され、同日から施行されています。
尚、昭和54年の施行に関わらず、「昭和」の元号も同法により定められたものとされています(元号法附則参照)。
この元号法の本則は、下記の2条のみとなっています。
1 元号は、政令で定める。
元号法
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
そして、令和への改元(元号が改められること)においては、
元号を改める政令により、
内閣は、元号法(昭和五十四年法律第四十三号)第一項の規定に基づき、この政令を制定する。
元号を改める政令
元号を令和に改める。
とされ、同政令の附則において、「この政令は、天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成二十九年法律第六十三号)の施行の日(平成三十一年四月三十日)の翌日から施行する。」と規定されたことから、平成31年4月30日の翌日は令和元年5月1日となりました。
令和への改元に関連した裁判例
元号の平成から令和への改元に関連して提起された裁判例として東京地判令和2年10月5日があります。
事案の概要
この裁判は、
元号の制定が人格権を侵害するなどと主張し
- 元号制定の差止め
- 「元号を改める政令」(以下、「本件政令」といいます。)および「元号法の施行に伴う戸籍事務の取扱いについて」定めた通達(以下、「本件通達」といいます。)の無効確認
を求め提訴されたものです。
裁判の主な争点について
この裁判においては、
争点の1に関しては、行政事件訴訟法3条7項の差止めの訴えは、行政庁が一定の「処分」をすることの差止めを求めるものであることから、元号制定が処分に該当するのか
争点の2に関しては、行政事件訴訟法3条4項の無効等確認の訴えは「処分」の無効等の確認を求めるものであることから、本件政令の制定行為、あるいは本件通達の発出行為が処分に該当するのか
が主な争点となりました。
裁判所の判断
裁判所は、まず、処分性について次のように判示しています。
・・・行政事件訴訟法3条7項の差止めの訴えは,行政庁が一定の「処分」をすることの差止めを求めるものであり,同条4項の無効等確認の訴えは,「処分」の無効等の確認を求めるものであるから,その対象となる行為は「処分」であることが必要・・・
東京地判令和2年10月5日
「処分」とは,公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁,最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁等参照)。
として、最高裁の判例から「公権力の主体である国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」に処分性が認められることを明らかにしています。
その上で裁判所は、改元行為および本件政令の制定行為について、
・・・本件政令は,元号を令和に改めるというものにすぎず,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するような規定はない・・・
東京地判令和2年10月5日
その根拠法規である元号法も・・・直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するような規定はない。
他の法令にも,元号を定めることにより直接国民の権利義務が形成され又はその範囲が確定されるような規定はない。
本件政令により元号が令和に改められても,国民は,元号の使用を強制されるものではなく,元号,西暦を自由に使い分けることができるものであり,このことは,元号法の制定時や本件政令の制定時等にも再三確認されているところである
・・・原告らは,元号の制定は,原告ら国民が有している「連続している時間」を切断し,憲法13条が保障する人格権を侵害するものであるなどと主張する(が)・・・元号は年の表示方法の一つにすぎず,元号が新たに制定されたからといって,国民の権利や法律上保護された利益に何らかの影響があるものではない。原告らの主張は,被告が元号に関する原告らの信念に反して新元号を制定したことにより不快の念を抱いたというものにすぎず,法律上保護された利益の侵害があるとはいえない
・・・以上によれば,本件政令の制定は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものではないから,行政処分に当たらない。・・・
本件差止めの訴えは本件政令の制定行為の差止めを求めるものと解され,本件政令無効確認の訴えは本件政令の制定行為の無効確認を求めるものと解されるが,いずれも処分性のない行為の差止めあるいは無効確認を求めるものであるから不適法である。
・・・本件差止めの訴え及び本件政令無効確認の訴えは,いずれも処分性のない行為の差止めあるいは無効確認を求めるものであるから,その余の点について判断するまでもなく,不適法である。
として、元号を定めることにより直接国民の権利義務が形成され、またはその範囲が確定されるような規定が存在しないことから、元号の制定の差止めおよび政令の制定行為には処分性は認められず、元号制定の差止めおよび本件政令制定行為に関する無効確認は不適法であると判示し、各々の請求を却下しています。
続いて裁判所は、本件通達の発出行為について、
本件通達・・・は・・・法務省民事局長から法務局長・地方法務局長宛てに発出された通達で・・・元号法は元号制定の手続を定めることを主たる目的としたもので,国民に対しその使用を義務付けるものではないから,元号法は戸籍事務に何ら影響を及ぼすものではなく・・・今後とも,以下の・・・のとおり取り扱うのが相当で・・・管下の支局長及び市町村長に周知を取り計らわれたいとするもので・・・通達は,上級行政機関が関係下級行政機関に対してその職務権限の行使を指揮し,職務に関して命令するために発するものであり,行政組織内部における命令にすぎないから,下級行政機関がその通達に拘束されることはあっても,一般の国民は直接これに拘束されるものではなく,このことは,通達の内容が国民の権利義務に関連するものである場合においても別段異なるところはないと解される(最高裁昭和43年12月24日第三小法廷判決・民集22巻13号3147頁,最高裁平成24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁参照)・・・本件通達も・・・直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものではない(ので)・・・本件通達の発出は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものではないから,行政処分に当たらない(ので)・・・本件通達無効確認の訴えは,本件通達の発出行為の無効確認を求めるものと解されるが,処分性のない行為の無効確認を求めるものであるから,不適法である。
東京地判令和2年10月5日
として、本件通達も直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定するものではないことから、本件通達の発出行為には処分性は認められないとして、本件通達の無効確認も却下しています。
このように、上記の裁判例からは、元号の制定に関しては、直接国民の権利義務を形成し、または範囲を確定するものではないとされています。
尚、上記判決については、控訴がなされています。