同一根拠法の処分の取消訴訟における異なる原告適格の判断と判例変更

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

許認可などの行政処分の取消を求める取消訴訟を適法に提起するには、行政訴訟法9条の原告適格が必要となりますが、その原告適格の有無の判断においては判例が大きな意味をもっています。

ところで、最高裁の判例は同種の事件の判断に対し、実質的な法的拘束力をもっていることから、最高裁が解釈を変更する場合、大法廷で判例変更をおこなうことが必要となります。

それでは、どのような場合に判例変更が必要となるのでしょうか。

ここでは、根拠法が同一の従前の事件の最高裁判例とは異なる原告適格に関する判断が下されものの判例変更がなされなかった取消訴訟事件において、判例変更の必要性に関する裁判官の意見と補足意見が付された近時の判例をみながらこの点を考えてみます。

取消訴訟の原告適格の判断と判例変更について

取消訴訟の原告適格について

行政処分の取り消しを求める抗告訴訟としての取消訴訟を適法に提起するには、原告適格を有することが必要とされており、原告適格が認められるためには、原則として「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」であることが要求されています(行政事件訴訟法9条)。
ところで、同法の平成16年改正により、9条に2項が追加され(それまでは現在の1項のみでした。)、原告適格の範囲が実質的に拡大されました。

判例と判例変更について

判例は同種の事件の判断に対し、実質的に法的拘束力を有していますが(尚、狭義では、判例とは最高裁判所の裁判を指し、下級審(最高裁以外の裁判所を意味します。)の裁判は裁判例といい区別することがあります。ここでの判例とは最高裁の裁判を指すこととします。)、裁判所法10条は、

第十条(大法廷及び小法廷の審判) 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。
(一~三省略)
三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

裁判所法10条

と規定しています。
そこで、判例を変更する際には、最高裁の大法廷で審理し、変更されることとなります。

原告適格に関連する判例変更について

これらのこともあり、行政事件訴訟法が改正された翌年、都市計画事業の許認可の取消訴訟の原告適格に関し、大法廷で審理された最判平成17年12月7日により、それ以前の判例とされていた最判平成11年11月25日は変更されました。

この点につきましては、下記の記事で詳しく扱っています。

しかし、墓地、埋葬等に関する法律に関する近時の裁判である最判令和5年5月9日では、類似事件の判例とも考え得る最判平成12年3月17日と結論が異なるにもかかわらず、判例変更はおこなわれていません。
ただし、この判決に際しては、判例変更に関する裁判官の意見および補足意見が付されています。

ここでは、最判令和5年5月9日を、原告適格に関する判断ならびに裁判官の意見および補足意見を中心にみてみます。

最判令和5年5月9日について

事案の概要

この裁判は、大阪市長の宗教法人(以下「本件法人」といいます。)に対する墓地、埋葬等に関する法律(以下「法」といいます。)10条による納骨堂経営の許可(以下「本件経営許可」といいます。)および当該施設の変更許可(以下「本件変更許可」といい、本件経営許可とあわせ「本件各許可」といいます。)に対し、当該施設の周辺住民が提起した取消訴訟です。

下級審の判断

この事件の1審は、判断枠組みとして上記の最判平成17年12月7日を引用した上で、法および大阪市の定める法の施行細則などが、原告らが主張する周辺居住者、勤務者の生活環境に関する利益、それらの者の生命、身体の安全に関する利益および周辺不動産を所有する者の財産的利益を、一般的公益とは別に個々人の個別的利益として保護する趣旨まで含んでいるとは解せないとして、原告らの原告適格は認められないとして、訴えを却下しています。

一方、控訴審も、1審同様、最判平成17年12月7日を引用していますが、細則には、周辺住民等の生活環境等に係る利益を保護する趣旨および目的も含むとして、その利益を個別的利益として保護する趣旨をも含むとして、一部原告の原告適格を認め、1審への差戻しの判決を下しています。

上告審である最高裁の判決

この事件は1審被告である本件法人により上告され、最高裁の第三小法廷で審理がなされましたが、判例変更のための大法廷への回付はされていません。

そして、第三小法廷は、被上告人(1審原告)の原告適格について、最判平成17年12月7日を引用した上で、次のように判断しています。

・・・法は、墓地等の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、かつ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを目的とし(1条)、10条において、墓地等を経営し又は墓地の区域等を変更しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない旨を規定する。同条は、その許可の要件を特に規定しておらず、それ自体が墓地等の周辺に居住する者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているものとは解し難い(最高裁平成10年(行ツ)第10号同12年3月17日第二小法廷判決・裁判集民事197号661頁参照。以下、この判決を「平成12年判決」という。)。
もっとも、法10条が上記許可の要件を特に規定していないのは、墓地等の経営が、高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に依存する面を有し、一律的な基準による規制になじみ難いことに鑑み、墓地等の経営又は墓地の区域等の変更(以下「墓地経営等」という。)に係る許否の判断については、上記のような法の目的に従った都道府県知事の広範な裁量に委ね、地域の特性に応じた自主的な処理を図る趣旨に出たものと解され・・・法の目的に適合する限り、墓地経営等の許可の具体的な要件が、都道府県(市又は特別区にあっては、市又は特別区)の条例又は規則により補完され得ることを当然の前提としているものと解され・・・
本件細則8条は、法の目的に沿って、大阪市長が行う法10条の規定による墓地経営等の許可の要件を具体的に規定するものであるから、被上告人らが本件各許可の取消しを求める原告適格を有するか否かの判断に当たっては、その根拠となる法令として本件細則8条の趣旨及び目的を考慮すべきである。
・・・本件細則8条本文は、墓地等の設置場所に関し、墓地等が死体を葬るための施設であり(法2条)、その存在が人の死を想起させるものであることに鑑み、良好な生活環境を保全する必要がある施設として、学校、病院及び人家という特定の類型の施設に特に着目し、その周囲おおむね300m以内の場所における墓地経営等については、これらの施設に係る生活環境を損なうおそれがあるものとみて、これを原則として禁止する規定であると解される。そして、本件細則8条ただし書は、墓地等が国民の生活にとって必要なものであることにも配慮し、上記場所における墓地経営等であっても、個別具体的な事情の下で、上記生活環境に係る利益を著しく損なうおそれがないと判断される場合には、例外的に許可し得ることとした規定であると解され・・・本件細則8条は、墓地等の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家については、これに居住する者が平穏に日常生活を送る利益を個々の居住者の個別的利益として保護する趣旨を含む規定であると解するのが相当である。
・・・したがって、法10条の規定により大阪市長がした納骨堂の経営又はその施設の変更に係る許可について、当該納骨堂の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家に居住する者は、その取消しを求める原告適格を有するものと解すべきである。

最判令和5年5月9日

しかし、これに続いて、同じ根拠法の類似事件である最判平成12年3月17日に関連して、

・・・平成12年判決(注:最判平成12年3月17日のこと)は、周辺に墓地及び火葬場を設置することが制限される施設の類型や当該制限を解除する要件につき、条例中に本件細則8条とは異なる内容の規定が設けられている場合に関するものであって、事案を異にし、本件に適切でない。

最判令和5年5月9日

と判示、本件の結論が最判平成12年3月17日と異なるとしても、事案が異なることから、最判平成12年3月17日に抵触するものではないとしています。
そして、最高裁は、

前記事実関係等によれば、被上告人らは、いずれも、本件納骨堂の所在地からおおむね300m以内の場所に敷地がある人家に居住している者に当たるから、本件細則8条を根拠として、本件各許可の取消しを求める原告適格を有するものということができる。
・・・被上告人らが本件各許可の取消しを求める原告適格を有するとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

最判令和5年5月9日

として、上告を棄却しています。

宇賀裁判官の意見について

この判決では、最判平成12年3月17日との関係および判例変更に関し、宇賀裁判官の意見が付されています。

・・・多数意見は、墓地の周辺住民の原告適格を否定した平成12年判決について、本件とは事案を異にするので、変更する必要はないという前提に立つ。
しかし、本件で平成12年判決を変更せず、専ら本件細則の解釈により原告適格の有無を判断すると、今後、他の地方公共団体における墓地経営等の許可につき取消訴訟が提起された場合、その都度、条例又は規則の規定の仕方に応じた解釈を要することとなり、訴訟の入口である原告適格の判断だけのために数年争われ、本案審理に更に数年を要するという非生産的な事態は解消されない。そして、規定の僅かな表現の差異という立法上の偶然(同じことを念頭に置いていても「公衆衛生」と表現するか「付近の生活環境」と表現するか等)により、あるいは、同じ内容が定められていても、それが条例や規則で定められているか要綱で定められているかの違いにより、「当該法令と目的を共通にする関係法令」(行政事件訴訟法9条2項)に当たるかに差異が生じ、地方公共団体ごとに原告適格の有無が異なるという事態が生じ得る。
・・・取消訴訟の原告適格について、当審の判例とされているいわゆる法律上保護された利益説の立場に立っても・・・以下の理由により、法10条自体が周辺住民の個別的利益を保護しており、周辺住民に墓地経営等の許可の取消しを求める原告適格は認められると考える。
・・・許可制度を設けるということは、申請に対して諾否の応答を行政庁が義務付けられることを意味するので(行政手続法2条3号)、諾否の応答の基準を想定しない許可制度はあり得ないといえよう・・・法律の留保における規律密度の観点から・・・地方の実情に配慮した柔軟な要件とすることが望ましい場合であっても、骨格的な要件は法律自体に明示すべきで・・・それが明示されていないゆえに、法10条は、墓地経営等による不利益を被る者の原告適格を認めていないと解するとすれば、いわゆる法律上保護された利益説は、いわゆる(裁判上)保護に値する利益説からの批判に耐えることはできなくなると思われる。・・・
したがって、墓地経営等の許可について、法は要件を一切定めていないが、法の合理的解釈により、法1条の目的に合致しない申請、すなわち、国民の宗教的感情に適合せず又は公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障を及ぼすおそれがある申請は許可しないという要件が存在していると解するべきで・・・
法1条の「国民の宗教的感情」について、墓地等の経営が許可されることにより宗教的感情に影響を受けるのは、何よりも周辺住民であり、また、「公衆衛生その他公共の福祉の見地」から支障が生ずるおそれがあるのも、周辺住民で・・・墓地経営等の許可により個別具体的な影響を受けるのは周辺住民であるから、周辺住民の利益を一般的公益の中に吸収解消して周辺住民の原告適格を否定すべきではない。法10条が保護する利益について公益と称することがあるとしても、それは周辺住民の個別的な利益の集積、総合であって、一般的公益に吸収解消されるものではないのである。念のために付言すれば、墓地等の公益性は、本案の判断に当たって考慮要素になるものの、誰が許可処分を争うことができるかという原告適格の判断で問題になる公益とは異なるものである。
・・・平成12年判決が周辺住民の原告適格を否定する根拠の一つは、当時の大阪府墓地等の経営の許可等に関する条例7条1号が、周辺に墓地及び火葬場を設置することが制限されるべき施設を住宅、事務所、店舗を含めて広く規定していることである。平成12年判決は、同号が定める学校、病院については原告適格を否定する説示において言及していないので、学校、病院のように少数の限定された施設については、当該施設の設置者の有する個別的利益を特に保護しようとする趣旨と解し得るが、住宅、事務所、店舗のように広範に存在するものについては、一定の広がりのある地域の良好な風俗環境を一般的に保護しようとする趣旨と解したものと思われる。しかし、このような考え方によれば、墓地等の周辺300m以内に学校又は病院が存在しない場合には、法1条の目的に反する墓地等の経営が違法に許可された場合であっても、誰もそれを訴訟で争うことができないという法治国家にあるまじき状態が生ずることになってしまう。同条例が、そのような事態を想定して、7条1号を設けたと解するのは不合理である。
また、平成12年判決は、上記条例7条1号が「ただし、知事が公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは、この限りでない。」と定めていることは、制限の解除が専ら公益的見地から行われることを意味するから、同号が個別的利益を保護する趣旨とはいえないとしている。しかし、「公衆衛生その他公共の福祉」という文言を個別的利益と離れた公益を保護する趣旨と解すること自体が問題であることは、先に述べたとおりである。したがって、同号ただし書も、知事が、周辺住民の個別的利益が害されるおそれがないと認めるときに例外的に許可する趣旨の規定と解すべきであり、知事が、この点に関する判断を誤り、周辺住民の宗教的感情や衛生状態を害するような墓地等の経営を許可すれば、周辺住民には、その取消しを求める原告適格が認められなければならない。
以上に述べたように、平成12年判決は、法令の文言の形式的解釈に拘泥し紛争の実質を考慮していないものといわざるを得ず、取り分け平成16年法律第4号による改正後の行政事件訴訟法9条2項により「当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく」解釈することが義務付けられた現在においては、変更を免れないものと考えられる。

最判令和5年5月9日宇賀裁判官意見

林裁判官の補足意見

この宇賀裁判官の意見に対し、林裁判官からは次のような補足意見が付されています。

・・・私は、多数意見に賛同するものであるが、宇賀裁判官の意見があることを踏まえ、多数意見の趣旨につき補足して意見を述べておきたい。
本件において、被上告人らの原告適格を肯定するため平成12年判決を変更する必要がないことの理由は、直接的には、多数意見の指摘するとおり、平成12年判決で問題となった条例と本件細則8条の規定ぶりが異なることにあるが、実質的にみれば、平成12年判決が平成16年法律第84号による行政事件訴訟法の改正前の事案であることを見逃すことはできない。上記改正により、取消訴訟の原告適格について規定した同法9条に2項が追加されたところ、同項は、国民の権利利益の救済範囲の拡大を図る観点から、処分又は裁決の相手方以外の者(以下「第三者」という。)の原告適格が適切に判断されることを一般的に担保するため、裁判所が考慮すべき事項を法定したものである。被上告人らのような第三者の原告適格については、上記改正後は、上記のような同項が追加された趣旨を踏まえ、より柔軟な判断が求められることになったというべきである。
なお、宇賀裁判官は、訴訟の入口である原告適格の問題を判断するためだけに数年単位の期間を費やすことは望ましくない旨を指摘するところ、この点については傾聴に値するというべきであろう。第三者の原告適格については、前記のとおり、行政事件訴訟法9条2項が追加された趣旨を踏まえた適切な判断が求められるところであって、審理を担当する裁判所としては、そのような判断に必要な限度を超えた主張立証が漫然と継続されることのないよう、十分に留意すべきである。

最判令和5年5月9日林裁判官補足意見

尚、この林裁判官の補足意見の「実質的にみれば、平成12年判決が平成16年法律第84号による行政事件訴訟法の改正前の事案であることを見逃すことはできない・・・同法9条に2項が追加されたところ・・・上記改正後は、上記のような同項が追加された趣旨を踏まえ、より柔軟な判断が求められることになったというべきである」との箇所のみからは、最判平成17年12月7日に関しては、最判平成11年11月25日からの判例変更の必要性は低かったと考えることも可能かと思われます。
しかし、最判平成17年12月7日と本件事件判決との間の判例変更の有無の相違は、事例が異なることが大きな理由であろうと思われます。
また、最判平成17年12月7日の判決が、平成16年の行政事件訴訟法改正直後であったことも、最判17年12月7日において判例変更がおこない、あらたな判例を示したことに影響しているのかもしれません。
本件も1審から同様ですが、最判平成17年12月7日は、取消訴訟の原告適格が争点となっている事件の多くの判決で引用されています。

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