師弟関係のハラスメント認定とマスコミへの情報提供の違法性について

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

独自社会で醸成された師弟関係においては、師匠の弟子への適法な指導と不当なハラスメント行為の境に関する認識があいまいなことが少なくありません。
どのような行為が違法なハラスメントに該当しうるのでしょうか。
また、師弟関係におけるハラスメントは社会的な関心事となり、各種メディアが当事者に取材をおこない作成された記事が配信されることも少なくありません。
このとき、配信された記事が名誉棄損となる場合、情報提供をおこなった当事者は不法行為責任を負うのでしょうか。
ここでは、師弟関係におけるハラスメント行為と、当事者の情報提供をうけたこれに関する配信記事の違法性が同時に争われた裁判例をみてみます。

師弟関係におけるハラスメント行為とメディアへの情報提供について

師弟関係にある師匠から弟子への指導とされる行為もその限度を超えると違法なハラスメント行為となりうることはいうまでもありません。

しかし、歴史の長い(伝統的な)分野の師弟関係においては、長い歴史の中で独自の師弟関係が醸成されていること、また濃密な人間関係が構築されていることもあり、指導とされる行為の限界に関する認識をあいまいなままにして指導とされる行為がなされていることも少なくなくありません。しかし、師匠の影響力もあり、師弟間の行為の違法性が表面化することは多くありません。

しかし、一度師弟間のハラスメントが法的な紛争にまで発展すれば、その珍しさもあり、その争いは社会的関心事となり、当事者に対しメディアから取材を受けることとなりえます。

その取材に対し当事者が情報提供し、記事に名誉棄損的表現が含まれていた場合、情報提供者にも不法行為責任が成立しうるのでしょうか。仮に成立しうるとした場合、どのような場合に成立しうるのでしょうか。

ここでは、師匠から弟子へのハラスメント行為に関する損害賠償請求(本訴)に対し、弟子からの情報提供を受けたメディアが発した記事の内容に関し、師匠が弟子に対し損害賠償請求を反訴提起(反訴)した裁判例におけるこれらの2つの点に関する裁判所の判断をみてみます。

事件の概要

本訴について

本訴事件は、伝統芸能の師弟関係にあった元師匠(以下「甲」といいます。)からの度重なる理不尽な暴行、暴言などにより人格権を侵害されたなどして、弟子であった者が(以下「乙」といいます。)、甲に対し、不法行為責任に基づく損害賠償請求をおこなったものです。

反訴について

一方、反訴事件は、乙が、インターネット上の記事の配信事業者(以下「配信事業者」といいます。)からの取材に対し写真や音声データ等を提供、配信事業者らに甲の名誉を毀損する記事を掲載させたとして、甲が乙に対し、不法行為責任に基づく損害賠償請求を求めたものです。

師匠のハラスメント(本訴)に関する裁判所の判断について

師弟関係について

まず、一定社会において違法となりうる行為に関しても師弟関係においては可罰的違法性を欠くことになるかという点について、裁判所は次のように一般的に可罰的違法性が否定されるものではないと判示しています。

甲は、乙が主張する行為は、師匠としての指導の一環であり・・・という文化芸術の伝承における師匠と弟子との関係性を踏まえると、可罰的違法性が認められるものではないと主張する。

 たしかに・・・界では、弟子は、入門後、師匠の自宅の掃除など身の回りの世話、かばん持ちなどを続けて、師匠との濃密な関係を構築し、その関係性の中で芸の伝承が行われる側面があるということができる・・・一方で、師匠は弟子を破門することができ、破門された弟子は・・・協会を除名され得る立場となる・・・。

 そうすると・・・界における師弟関係は、いわば職業上の親子関係ともいえるような濃密な人間関係であると同時に、師匠と弟子との間には師匠の優越的立場を背景とする歴然たる上下関係が存在するのであり、パワーハラスメントのような不法行為が生じる可能性をはらんだものということができるから、師匠としての指導の一環であるからといって、一般的に可罰的違法性が否定されるというものではなく・・・甲の主張を採用することはできない。

東京地判令和 6年 1月26日

具体的行為の違法性について

当該行為について裁判所は次のように判示して違法性を否定しています。

甲が・・・・乙に対して坊主頭になるよう命じ、同人がこれに従ったことについては・・・乙が甲の意を酌んで行った可能性も排除できず、甲による害悪の告知や暴行等の具体的な態様を示す証拠はないから、不法行為(強要行為)としての違法性を認めるに足りない。

東京地判令和 6年 1月26日

②正座を命じた行為

当該行為について裁判所は次のように違法性を認定しています。

・・・甲は・・・・店内において、弟弟子の・・・服装がだらしないことを理由として、兄弟子である乙についてはその監督不行届きを理由として、それぞれすのこ板の上に正座させ・・・その時間も相当長時間に及んだものと推認される。・・・その態様からすると、乙は、師弟関係を背景とする絶対的上位者である甲に命じられたからこそ、このような場所に長時間正座せざるを得なかったものと認められ・・・長時間の正座が身体的な痛みを伴うことも考慮すると・・・正座を命じた行為は、乙に対する指導として社会的に相当な範囲を逸脱したものであり、不法行為としての違法性が認められる。

東京地判令和 6年 1月26日

③平手打ち、暴言を浴びせた行為

当該行為について裁判所は次のように違法性を認定しています。

・・・甲は・・・店に乙と・・・を呼び出した上、同店前路上で怒鳴りながら乙の頬を平手打ちにした上、乙が謝罪しているにもかかわらず、かなりの長時間にわたって「破門」などと怒鳴り続け・・・その後も・・・に対して暴行を加える一方、乙に対しても兄弟子としての指導が悪いなどと怒鳴りながら暴言を浴びせている。甲が、乙及び・・・に対する怒りを抑えられなかったのは、同人らが甲に秘して他の師匠の下への移籍を企てていたからであり、これが師匠である甲にとって許し難いと感じられたことは想像に難くない。しかしながら、上記一連の経過の中では、通行人が甲を止めに入ったり、通報を受けた警察官が臨場するに至っていることから、甲による暴行や暴言の態様は社会的に許容される範囲を逸脱したものというほかなく、不法行為としての違法性が認められる。

東京地判令和 6年 1月26日

④墓掃除をおこなったこと

当該行為について裁判所は次のように判示して違法性を否定しています。

甲は・・・乙に対し・・・三代目・・・の墓のある墓場全体の掃除をするよう指示し、乙がこれに従って墓掃除をした・・・と認められるが、実際に行った墓掃除の範囲を示す証拠はなく、上記甲の発言や指示の具体的態様を示す直接的な証拠も存在しない一方、乙がその前日に甲に叱責された経緯からすると、甲の指示を乙なりに受け止めて墓掃除を行った可能性もあることからすると、不法行為(強要行為)としての違法性を認めるに足りない。

東京地判令和 6年 1月26日

⑤空港で物を放り投げたこと

当該行為について裁判所は次のように違法性を否定しています。

甲は・・・公演の際の乙の行動が他の師匠たちに対して礼を失していたと感じ、乙に対して怒りを覚えていたが、そのような状況の中、移動に際しての行き違いから乙に怒り、乙の航空券を没収して、これを床に放り投げた・・・。甲の上記行為を乙が不快に感じたことは間違いないが・・・社会的に許容される範囲を逸脱するものとして違法とまで評価されるとはいえず、甲の上記行為について不法行為が成立するとは認められない。

東京地判令和 6年 1月26日

⑥暴言、暴行について

当該行為について裁判所は次のように違法性を認定しています。

甲は・・・自宅まで謝罪に来た乙に対し、いきなり「破門」などと怒鳴り、乙の謝罪の言葉を聞き入れることもなく同人を玄関先に土下座させ、乙が繰り返し謝罪しているにもかかわらず、「破門」、「ぶん殴るぞ」と怒鳴り続け・・・頭部を殴打していることが認められ・・・態様も強度であったことを考慮すると・・・甲の行為は、社会的に許容される範囲を逸脱するというべきである。

その後、甲は、乙が反省しているようには見えないという一方的な理由で・・・「視界に入るな」・・・最終的には乙と甲が居住している「・・・市から出て行け」とのメッセージを送信したが、これらはいずれも弟子に対する指導の文脈で理解することはできないし、乙にとってみると、甲の言葉どおりに引っ越す以外対処方法が見当たらず、絶対的上位者である甲からの嫌がらせと感じるほかないもので・・・甲の自宅前の暴言・暴行以来、乙と甲との関係性が改善されることがない中での出来事であることから、上記暴言・暴行と一連の違法な行為と認められ、これについて不法行為が成立するというべきである。

東京地判令和 6年 1月26日

⑦叱責について

当該行為について裁判所は次のように違法性を否定しています。

・・・甲は・・・元旦の・・・に乙が来なかったことを叱責したことが認められるが、そのことが社会的に許容される範囲を逸脱したということはできず、その経過において何らかの不法行為が成立するとは認められない。

東京地判令和 6年 1月26日

⑧暴行および破門と申し述べたこと

当該行為について裁判所は次のように違法性を認定しています。

・・・甲は・・・楽屋において、乙の頭頂部を平手で叩いたことが認められる。甲の上記行為は、師匠である甲に対する敬意を欠いていることを叱責する趣旨であったと解することができるが、乙の言い分を聞くこともなく問答無用とばかりに暴行に及んでおり・・・乙の言い分を聞き入れることなく、「破門」などと申し向けていることから、甲の乙に対する上記暴行及びその後の一方的な追及は社会的に許容される範囲を逸脱する違法なものであり、不法行為が成立するというべきである。

東京地判令和 6年 1月26日

⑨破門届をめぐるやり取り

当該行為について裁判所は次のように違法性を否定しています。

甲は・・・に至るまで、同人が他の師匠の下へ弟子入りして再出発を図るために必要となる破門届を・・・協会に提出していない・・・。また、甲は、乙に対して、あたかも破門届を提出する前提として乙による廃業届の提出が必要であり、廃業に関して乙の両親に会いに行くように読み取れるメッセージを送信したり、乙の父に電話し、乙の身に覚えがない話をするなどして・・・乙は、甲が長期間にわたって破門届を提出せず、師匠としての地位を背景に廃業届を出すように圧力をかけ、乙の人格権を侵害し・・・業務を妨害したと主張する。

しかしながら・・・(それまでも)甲は乙を叱責する際に何度も破門すると発言しているが、その度に乙が甲の意を酌んだ行動をするなどして関係を修復するよう努め、甲もその様子を見ながら乙を弟子として扱い、師弟関係が継続されてきた経過があることからすると・・・において甲が乙に破門と言ったからといって、直ちにこれが真に乙を破門にしたものと解することはできない。これに加え、甲が・・・の記事が掲載されたことを受けて破門届を提出したという経過を踏まえると、甲は、それまでと同様に引き続き乙が自分の弟子であり続けることを前提として、そのことを弟子である乙から明言させるための契機を求めて、あえて廃業届の提出を要求したり、乙の父に電話するなどしていたが、上記記事が掲載された事実を知って、乙が甲のもとを離れるとの意向が真意に基づくものとようやく理解し、破門届を提出したものと認めるのが相当で・・・甲が長期間にわたって破門届を提出せず、乙に廃業届を出すように求めたことや、乙の父親に電話をしたことが、乙の人格権を侵害したり、業務を妨害したりする意図に基づくものであったということはできず、濃密な人間関係である師弟関係を前提とすると、師匠の立場で弟子が自分のもとに戻ってくると信じ、そのような認識に基づいて行動したことに過失があるとまでいうことはできないから、甲の上記各行為が不法行為であるということはできない。

東京地判令和 6年 1月26日

小括

これらの判断からしますと、裁判所は、直接の身体への有形力の行使による暴行については原則として違法性を認定(上記③⑤⑥⑧など参照)、その他の行為に関しては「社会的に許容される範囲を逸脱した」か否かにより違法性を判断しているものと思われます。

この判断の枠組みは、その他の会社などの組織の上下関係にある上位者から下位者に対するハラスメント行為の違法性判断と異ならないようにも思われます。

しかし、「社会的に、許容される範囲を逸脱した」かの判断に際しては、上記⑨のように師弟間の関係を鑑みて「許容される範囲」を判断しており(主に⑨の判示参照)、その点、師弟関係の特殊性があるものと思われます。

また、その特殊性は責任の重さにも影響を与えます。

これらの点は、損害の認定に際し、裁判所が次のように判示していることからもわかります。

前記において不法行為と認めた前記・・・行為(以下「本件不法行為」という。)はいずれも・・・界の師弟関係において師匠が弟子に対して絶対的上位者の地位にあることを背景として、一方的に強要し、暴行を伴う苛烈な叱責を加えるという社会的に許容される範囲を逸脱した態様のもので・・・乙の・・・としての活動及びその前提となる生活環境に悪影響を与えるパワーハラスメントというほかないのであり、弟子という立場にとどまる以上、これらを甘受せざるを得ず、逃げ場がなかった乙の精神的苦痛は看過し難い。

 もっとも、認定された本件不法行為は・・・・年、・・・年、・・・年及び・・・年に起きたもので・・・師弟関係が・・・年以上に及ぶことに照らすと、頻回であったということはできない・・・また、甲が本件不法行為に及んだのは、乙が気遣いや気配りが行き届いた立派な噺家として大成することを望んで指導しつつ、その方針に沿わない行動を諫め、改めさせる趣旨に出たものであると認められ、指導の態様が適切でなかったことは責められるべきであるが、甲の動機において考慮すべき点もあるということができる・・・

東京地判令和 6年 1月26日

情報提供をおこなった当事者の配信記事内容に対する不法行為責任について

記事による名誉棄損と本件の特殊性

メディアの記事の内容が名誉棄損に該当すると認定される場合、記事を配信したメディアに損害賠償責任が生じうることはいうまでもありません。

しかし、本件で問題となっているのは、記事を配信した者ではなく、その記事作成の段階で記事作成者に対し情報提供をおこなった事件当事者が損害賠償責任を負うかという点です。

この点に本件の特殊性があります。

裁判所の判断について

裁判所は、下記のように、記事内容の判断に踏み込むことなく乙の不法行為責任を否定しています。

甲は・・・乙が配信事業者らに対して情報提供を行うなどして積極的に働きかけて、甲の社会的評価を低下させるような・・・記事をインターネット上に掲載させたことが、乙の不法行為になる旨主張する。しかしながら、一般的に配信事業者らのような報道機関は、与えられた情報をそのまま記事とするのではなく、編集権を行使して、自らの判断の下、記事を掲載するに至るのであるから、仮に上記記事が甲の社会的評価を低下させるようなものであったとしても、その第一次的責任を負うのは上記配信事業者らで・・・乙がこれらの記事掲載につき不法行為法上の責任を負い得るのは、自らが提供した情報等がそのまま記事に掲載されることにつき、乙においても認識していた場合など乙の情報提供行為と配信事業者らの記事掲載との間に相当因果関係が認められる場合に限られるというべき・・・で・・・本件においては・・・乙は、配信事業者らの取材を受ける形で各種情報提供を行っているにすぎず、それ以上の乙の積極的な関与は認められないから、上記配信事業者らは、自らの判断の下・・・記事を掲載したものと考えるほかなく、乙の情報提供行為と配信事業者らの記事掲載との間に相当因果関係があるとは認められないから、各記事の内容について審理するまでもなく、乙は不法行為責任を負わないというべきである。

東京地判令和 6年 1月26日

小括

メディアの配信記事の内容が名誉棄損に該当する場合、メディアが不法行為責任を負いうることは言うまでもありません。しかし、当該記事に関する情報提供者が不法行為責任を負いうるのは情報提供行為と当該記事の間に相当因果関係がある場合に限定されます。

一般的には記事作成はメディアの編集権に基づき配信されることとなりますので、この「相当因果関係」は相当特殊な事情がある場合に限定されるものと思われます。

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