職種限定合意が認められる場合も職種変更を伴う配置転換をおこないうるのでしょうか

この記事で扱っている問題

従来、配置転換、転勤の可能性があることを前提とした採用が主流であったものと思われます。
会社では、定期的な人事異動、従業員の退職に伴う異動などがおこなわれ、その人事異動にも同一営業所内の同一商品販売先が変わるだけの配置転換から転勤を伴うもの、仕事内容が異なるものまであります。

会社は従業員を自由に配置転換することが可能なのでしょうか。
あるいは何らかの制限が存在するのでしょうか。

ここでは、この点について判示している近時の判例をみてみます。

問題の所在について

近時事情は変わってきていますが、従来、国内においては、長期雇用、入社後の配置転換、転勤の可能性があることを前提とした採用が主流であったものと思われます。

実際に、定期的な人事異動として配置転換、転勤、従業員の退職に伴う配置転換がおこなわれ、その中には単に得意先が変わるだけのものから、転勤を伴う異動、まったく仕事内容が異なる人事異動までおこなわれています。

それでは、法的に会社は従業員の誰でも自由に配置転換することが可能なのでしょうか。あるいは何らかの制限が存在するのでしょうか。

ここでは、この点について判示している近時の最高裁の判例をみてみます。

事件の概要について

本件は、福祉用具の展示、普及、改造、製作、開発等の業務をおこなう財団の前身である財団法人(権利義務は財団に承継されている)に、福祉用具の改造、製作、開発をおこなう技術職として、職種及び業務内容を当該技術職に限定する合意のもとに雇用され、勤務していた者(以下「甲」といいます。)が、同意を得ずに施設管理担当へ配置転換を命じられたことが上記合意に反するなどとして、財団(以下「乙」といいます。)に対し債務不履行または不法行為に基づく損害賠償などを求めたものです。

この裁判では、配置転換の違法性以外にもパワハラに対する安全配慮義務違反、人事評価の不当性などが問題となりましたが、ここでは、配置転換の違法性に絞ってみていくこととします。

職種限定合意が認められる場合も職種変更を伴う配置転換をおこないうるのでしょうか一般的には、配置転換命令の違法性判断に際しては、次のような判断枠組みが妥当するものと考えられていました。

まず、長期雇用の労働契約において、使用者は人事権のひとつとして配置転換、転勤を命ずる配置転換命令権を有しており、例外的に、①業務上の必要性がない場合、②業務上の必要性があっても不当な動機・目的である場合、③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合などは特段の事情のない限り権利の濫用に該当するものと考えられていました(最判昭和61年7月14日(東亜ペイント事件)参照)。

1審および控訴審の判断について

本件事件の1審(京都地判令和4年4月27日)では、下記のように、職種限定合意について書面の合意はなかったものの黙示の合意は存在したと認定したものの、権利の濫用は認められないとして配置転換の違法性を否定しています。

これは、上記の判断枠組みに合致するものといえそうです。

甲と乙との間には、甲の職種を技術者に限るとの書面による合意はない。しかしながら・・・甲が技術系の資格を数多く有し・・・中でも溶接ができることを見込まれ・・・財団から勧誘を受け、機械技術者の募集に応じ・・・採用されたこと・・・福祉用具の改造・製作、技術開発を行う技術者としての勤務を・・・年間にわたって続けていた・・・事実関係に加え・・・福祉用具の改造・製作業務を外部委託化することは本来想定されておらず、かつ、・・・年間の間、甲は、本件・・・センターにおいて溶接のできる唯一の技術者であったことからすれば、甲を機械技術者以外の職種に就かせることは乙も想定していなかったはずであるから、甲と乙との間には、乙が甲を福祉用具の改造・製作、技術開発を行わせる技術者として就労させるとの黙示の職種限定合意があったものと認めるのが相当である。・・・

(しかし、)乙は・・・年頃には・・・センターにおける福祉用具の改造・製作をやめることも視野に入れ始めており、本件配転命令の頃には、改造・製作をやめることに決めていたものと認めるのが相当で・・・セミオーダー化により、既存の福祉用具を改造する需要が年間数件までに激減していることからすれば、その程度の改造需要のために、月収・・・万円の甲を専属として配置することに経営上の合理性はないとの判断に至るのもやむを得ないということができるから、乙において福祉用具の改造・製作をやめたことをもって不当ということはできない。

また・・・本件配転命令当時・・・総務担当者が病気により急遽退職し・・・総務担当者を補填する必要があった。

そうすると・・・黙示の職種限定合意は認められるものの、福祉用具の改造・製作をやめたことに伴って甲を解雇するという事態を回避するためには、甲を総務課の施設管理担当に配転することにも、業務上の必要性があるというべきであって、それが甘受すべき程度を超える不利益を甲にもたらすものでなければ、権利濫用ということまではできないものと考える。

・・・(また、)施設管理担当の業務内容は、特別な技能や経験を必要とするものとは認められず、負荷も大きくないものということができるから、本件配転命令が甘受すべき程度を超える不利益を甲にもたらすとまでは認められない。

(更に、)本件配転命令に、甲が主張するような不当な動機や目的があると認めるに足りる証拠はない。

・・・以上によれば、本件配転命令をもって権利の濫用ということはできず、本件配転命令が違法・無効ということもできない・・・

京都地判令和4年4月27日

その後、控訴審においても配転命令の違法性を否定する判断が下され、甲は最高裁に上告しました。

上告審の判断について

これに対し、上告審である最高裁は、職種限定合意がある場合、そもそも使用者は労働者の同意を得ることなく他職種への配置転換を命ずる権限は有しないとして、裁判官全員一致の意見で次のように判示(最判令和6年4月26日)、原審に差し戻しています。

・・・労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、甲と乙との間には、甲の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、乙は、甲に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。

 そうすると、乙が甲に対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、乙が本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

最判令和6年4月26日

職種限定合意と配置転換命令権

このように、明示・黙示にかかわらず、職種限定合意が成立している場合、使用者は合意なく職種変更を伴う配置転換をおこなうことはできないことを最高裁は示しています。

使用者側は、入社後の配置転換について話し合い、入社時の労働契約書において職種を限定しない趣旨であるのかを明記することがトラブルを回避するために有用であるといえそうです。

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