特別寄与料の負担割合は遺留分侵害額請求権行使により変化するのでしょうか

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

一定の場合、親族は特別寄与料の支払いを相続人に求めることができますが、民法1050条5項では、遺留分回復請求権の負担割合について、「特別寄与料の額に第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。」と規定しています。

ところで、遺留分を侵害された者は、遺留分侵害額請求権を行使できますが、遺留分侵害額請求権の行使がなされる相続に際しても、請求権であることから、その行使後も遺産は請求権行使前の割合で相続されたものと考えることになりそうです。

しかし、経済的利益を鑑みれば遺留分侵害額請求権行使後の金額に従い特別寄与料を負担するのが公平であるとも考えられそうです。

ここでは、この点に関する最高裁の判断を見てみます。

特別寄与料とその負担者について

特別寄与料について

人が死亡すると相続が発生しますが、遺言書が残されていない限り、法定相続人以外の者は、遺産の分配を請求できないのが原則です。

しかし、民法1050条は、

第千五十条 被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第八百九十一条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。

2 前項の規定による特別寄与料の支払について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から六箇月を経過したとき、又は相続開始の時から一年を経過したときは、この限りでない。

3 前項本文の場合には、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定める。

4 特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。

5 相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。

民法第1050条

と規定し、一定の場合、被相続人の親族は、民法1050条1項の規定により特別寄与者として特別寄与料の支払いを求めることができます。

条文上の特別寄与料の負担者と負担割合について

特別寄与者は、特別寄与料の支払いを相続人に対しおこなうこととなります。

そして、相続人が複数存在する場合の、相続人各人の特別寄与料の負担割合は、上記の民法1050条5項により、民法900条から902条の規定により算出される各相続人の相続分の割合とされています。

遺留分侵害額請求権の行使者と特別寄与料の負担について

遺留分侵害額請求権とは

遺言などにより、遺留分の分配が受けられない相続人に関し、民法1046条では次のように規定されています。

(遺留分侵害額の請求)

第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。

2 遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。

一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額

二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額

三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額

民法第1046条

尚、遺留分権利者に関しては、次のように民法1042条に定められています。

(遺留分の帰属及びその割合)

第千四十二条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。

一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一

二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一

2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。

民法第1042条

これにより、遺留分を侵害された相続人は遺留分権利者として他の相続人に対し、遺留分侵害額請求権を行使することができます。

相続法改正による遺留分の回復方法の変更について

尚、相続法改正前は、遺留分の回復方法として遺留分減殺請求権が定められていましたが、法改正により遺留分侵害額請求権へと変更されました。

ところで、判例・通説では遺留分減殺請求権は形成権と考えられていたことから、行使されれば、法的には元々侵害がなかったものと考えるものとされていました。

しかし、相続法改正後の遺留分侵害額請求権は形成権ではなく「請求権」であることから、請求後も最初から遺留分侵害はなされていなかったとは考えることになりません。

遺留分侵害額請求権と特別寄与料負担者の関係について

遺留分権利者と民法1050条5項の相続人について

上記のとおり、民法1050条5項では、遺留分侵害額請求権の負担割合について、「相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料の額に第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該相続人の相続分を乗じた額を負担する。」と規定されているのですが、前述のとおり遺留分侵害額請求権はあくまで「請求権」であり形成権ではないことから、同請求権行使後も法的には遺留分侵害がなかったものとはならず、行使後も遺産は請求権行使前の割合で相続されたと考えることになりそうです。

そして、民法902条では

(遺言による相続分の指定)

第九百二条 被相続人は、前二条の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。

(2項省略)

民法第902条

とされています。

そこで、仮に、遺言上、遺留分権利者の相続分がゼロとされていた場合、民法1050条5項の「第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該相続人の相続分」は、当該遺留分権利者に関してはゼロということになりそうです。

しかし、遺留分を回復する方法が形成権ではなく請求権であったとしても、実質的には遺産のうち遺留分侵害額請求分の額の財産を遺留分権利者も事後的に得ることに変わりはないのであるから、経済的利益を鑑みれば遺留分侵害額請求権行使後の金額に従い特別寄与料を負担するのが公平であるとも考えられそうです。

最高裁判所の判断について

事案の概要

この特別寄与料の負担者と遺留分侵害額請求権の行使との関係に関する判断が下されたのが最決令和5年10月26日です。

これは、法定相続人が2名であった被相続人が、財産全部をAに相続させる旨の遺言を残していたところ、相続分がないものとされた者が遺留分侵害額請求権を行使する意思表示をおこなうこととなりました。その後、この相続に関し、被相続人の親族である者が特別寄与料の支払いを求めた事件です。

原審の判断

この事件において、原審(名古屋高決令和4年6月29日)は、

相続人が数人ある場合には、各相続人は、特別寄与料について、民法900条から902条までの規定により算定した相続分(以下「法定相続分等」という。)に応じた額を負担するから(同法1050条5項)、遺言により相続分がないものと指定された相続人は特別寄与料を負担せず、このことは当該相続人が遺留分侵害額請求権を行使したとしても左右されない

最決令和5年10月26日判示部分

といった旨の判断を下しています。

これは、遺留分侵害額請求権が形成権ではなく請求権であるという法的性質にも合致する判断と考えられます。

最高裁の判断

最高裁は、原審の判断を支持して次のように判示しています。

遺言により相続分がないものと指定された相続人であっても、遺留分侵害額請求権を行使した場合には、特別寄与料について遺留分に応じた額を負担すると解するのが相当であるから、原審の上記判断には法令の解釈適用を誤った違法があるというものである。

民法1050条5項は、相続人が数人ある場合における各相続人の特別寄与料の負担割合について、相続人間の公平に配慮しつつ、特別寄与料をめぐる紛争の複雑化、長期化を防止する観点から、相続人の構成、遺言の有無及びその内容により定まる明確な基準である法定相続分等によることとしたものと解される。このような同項の趣旨に照らせば、遺留分侵害額請求権の行使という同項が規定しない事情によって、上記負担割合が法定相続分等から修正されるものではないというべきである。

 そうすると、遺言により相続分がないものと指定された相続人は、遺留分侵害額請求権を行使したとしても、特別寄与料を負担しないと解するのが相当である。

最決令和5年10月26日

遺留分侵害額請求権行使の特別寄与料負担割合への影響について

上記の最高裁の決定から、実務的には、遺留分侵害額請求権の行使は特別寄与料の負担割合に対し影響を与えない取り扱いになっていくものと考えられます。

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