御嶽山噴火事故控訴審判決における国の違法性に関する判断について

※作成時の法律、判例に基づく記事であり、作成後の法改正、判例変更等は反映しておりません。
この記事で扱っている問題

平成26年9月27日に発生した御嶽山山頂の噴火事故の被害者、被害者遺族が国および県に対し、国賠法に基づき損害賠償を求めた裁判の1審では、裁判所は国および県に対する請求を共に棄却しました。しかし、県の違法性は否定したものの、国の違法性(注意義務違反)は認定していました(死傷の結果との因果関係は否定し、国の責任も否定しています。)。
しかし、控訴審では、国の違法性も否定されました。
ここでは、控訴審において国の違法性に関する判断がどのように変わったかを見てみます。

本件訴訟の概要、経緯について

本件訴訟の概要

平成26年9月27日、御嶽山山頂地獄谷付近における水蒸気爆発により、噴石の飛散が生じ、多数の登山者が死傷する事故が発生しました(以下、当該噴火事故を「本件噴火事故」といいます。)。

この事故により死亡した登山者の相続人、負傷した登山者らが国および県に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求め長野地裁松本支部に訴訟を提起しました。

1審の判断について

長野地裁松本支部で係属した1審判決では、噴火事故発生前に山体膨張の可能性が指摘されていたとし、そのような場合は、総合的に噴火警戒レベルの引上げを検討し、地殻変動の可能性が否定できなければ、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げる職務上の注意義務を負うとされました。

ところが、本件では、噴火事故発生前に山体膨張の可能性が指摘されていたにもかかわらず、更なる調査の実施、評価、解析をおこなわず、15分から20分程度の検討で地殻変動とは断定できないとの結論を安易に導き、漫然と噴火レベルを据え置き、噴火警報を発表しなかったのであるから、その判断過程及び結果は許容される限度を逸脱、著しく合理性に欠けるものと評価されるとし、注意義務違反を認定しました。

ただし、当該注意義務違反と死傷の結果との間に因果関係が認められないとして国に対する請求は棄却されています。

一方、県に対する請求に関しては注意義務違反も認められないとして請求を棄却しています(長野地裁松本支部判決令和4年7月13日、以下、当該判決を「1審判決」といいます。)。

尚、1審判決に関しては、下記の記事で取り扱っています。

控訴審の判断について

この1審判決を不服として原告は控訴しましたが、控訴審では1審で認定された国の注意義務違反(違法性)も否定され、国および県に対する請求は棄却されることとなりました(東京高判令和6年10月21日)。

控訴審での控訴人(1審原告)の補充主張

本件では、本件噴火事故発生前に気象庁が噴火警戒レベルを引き上げていないことから国(気象庁)の注意義務違反が認定されるかが違法性の判断のポイントとなっていました。

そこで、控訴人(1審原告)は、噴火警戒レベル引上げの判断に関連する主張を控訴審において次のように補充しています。

裁量的判断は認められないこと

噴火警戒レベル引上げに関しては判定基準(以下、「本件判定基準」といいます。)が定められ、この判定には、火山性地震の増加等の事象(以下、「本件列挙事由」といいます。)が掲げられていました。

しかし、1審は、「・・・本件列挙事由を一つでも観測した場合には、直ちに噴火警戒レベルをレベル2に引き上げるべき職務上の注意義務があったということはできない・・・」と判示しました。

そこで。控訴人は、控訴審において、本件列挙事由が存在する場合には噴火警戒レベルを引き上げることが一義的に求められ、その場合に裁量的な判断がおこなわれることは予定されていないと主張することとなりました。

噴火警戒レベル1に据え置いた判断等が著しく合理性を欠くこと

また、控訴人は、①火山性地震の発生回数、②前兆現象発生から噴火までの時間的猶予、③低周波地震の発生回数、④登山者の存在可能性などを指摘し、国が噴火警戒レベル1に据え置いた判断等は著しく合理性を欠くものであったと主張しました。

国の注意義務違反に関する控訴審の判断について

注意義務違反の判断枠組みについて

控訴審判決では、

(気象庁が噴火警戒レベルの発表基準に該当しないと判断して、噴火警戒レベルを引き上げず、噴火警報・・・を発表しないまま、結果的に噴火が発生したとしても、直ちに気象庁火山課の職員の同判断が国賠法1条1項の適用上違法となるものではないが、同判断時点における火山学の専門的知見の下において、気象業務法(法)等関係法令等の趣旨及び目的並びに気象庁火山課の職員が行うべき職務の性質等に照らし、)気象庁火山課の職員の判断が(その許容される限度を逸脱して、著しく合理性を欠くと認められるときは、国賠法1条1項の適用上違法と評価されると解するのが相当である)

※カッコ内は控訴審判決が1審判決を引用した部分

東京高判令和6年10月21日

とした上で、

・・・判断が・・・著しく合理性を欠くと認められるか否かを評価するに当たっては・・・検討の過程において・・・考慮すべき事情を十分に考慮せず、考慮すべきではない事情を過大に考慮し、又は考慮した事情に対する評価を誤った結果として・・・判断の内容が著しく合理性を欠くことになったといえるか否かという観点からこれを行うべきもので・・・検討に費やした時間の単なる長短や、判断の結果(結論)に影響を及ぼさない事項に関する検討の有無などは、この評価に影響を与えるものではない。

東京高判令和6年10月21日

と判示しています。

具体的な注意義務違反の認定について

1審で認定された山体膨張の可能性に基づく判断に関連した注意義務違反ですが、控訴審では、下記のように判示し、この点に関する注意義務違反も否定し、国の注意義務違反(違法性)を否定しました。

控訴人らは・・・が平成26年9月25日に山体膨張の可能性を指摘し、その可能性を否定することができなかったにもかかわらず、上記指摘がノイズによるものである可能性があるとして、噴火警戒レベルを引き上げない判断をしたことは、著しく合理性を欠くと主張する・・・しかしながら、噴火警戒レベルのレベル2への引上げは・・・自然科学的方法による現象の観察及び測定の結果として、重大な災害を起こすおそれのある現象が予想されるときに行うことが予定されているというべきで・・・が、僅かではあるがGNSSの基線が伸びており・・・山体膨張を示すように見えると指摘し、検討が行われたが、変位の量が小さく、ノイズを超えるものではないことなどから、地殻変動とは断定できないとの結論に至ったのであって、このことが専門技術的な判断として不当であるということはできない。そして、噴火の前兆である山体膨張を示す僅かな地殻変動の可能性が否定できないというだけでは、自然科学的方法による観測の結果として、噴火の前兆が生じているということはできない。また・・・国土地理院による事後的な検討によっても、基線長の僅かな伸びから山体膨張が生じたと断定することはできないと判断されている。

これらの事情を踏まえると、平成26年9月25日に山体膨張の可能性が指摘され、その可能性を否定することができなかったにもかかわらず、気象庁火山課の職員が噴火警戒レベルをレベル2に引き上げず、レベル1に据え置いた判断が、著しく合理性を欠くと認めることはできない。

東京高判令和6年10月21日

国の責任について

上記の判断などから控訴審では、次のように述べ、国に対する請求を棄却しています。

以上のとおり、気象庁火山課の職員が、平成26年9月25日まで、噴火警戒レベルをレベル2に引き上げず、これをレベル1に据え置いた判断が、その許容される限度を逸脱して、著しく合理性を欠くとは認められず、したがって、そのことが国賠法1条1項の適用上違法であるとも認められない。

よって、その余の点について検討するまでもなく、控訴人らの被控訴人国に対する請求は、理由がない。

東京高判令和6年10月21日

尚、控訴審での控訴人(1審原告)の補充主張についても控訴審では採用することができないとしています。

1審と控訴審の国の違法性判断の相違について

上記にも触れたとおり、1審では、本件噴火事故発生前に山体膨張の可能性を示す地殻変動が観測された可能性が指摘されていたところ、「更に調査し、その結果に基づく評価、解析をすることもなく、わずか15分から20分程度の検討に基づき安易に地殻変動と断定できないとの結論を出してしまったもので・・・その過程及び結果について、その許容される限度を逸脱して著しく合理性に欠けるものとして、国賠法1条1項の適用上違法である。」と判示して国の違法性を認定していました。

しかし、この点について、控訴審では、上記引用のとおり、山体膨張の可能性を示す地殻変動が観測された可能性が指摘するものとされたGNSSの基線の伸びについて「・・・国土地理院による事後的な検討によっても、基線長の僅かな伸びから山体膨張が生じたと断定することはできないと判断されている・・・」としたうえで、「・・・判断が・・・著しく合理性を欠くと認められるか否かを評価するに当たっては・・・検討の過程において・・・考慮すべき事情を十分に考慮せず、考慮すべきではない事情を過大に考慮し、又は考慮した事情に対する評価を誤った結果として・・・判断の内容が著しく合理性を欠くことになったといえるか否かという観点からこれを行うべきもので・・・検討に費やした時間の単なる長短や、判断の結果(結論)に影響を及ぼさない事項に関する検討の有無などは、この評価に影響を与えるものではない。」と判示しています。

上記のとおり、1審では注意義務違反認定は、①GNSSの基線の伸びが山体膨張の可能性を示す地殻変動の可能性を示すものであること、②山体膨張の可能性を示す地殻変動が観測された可能性が指摘されているときには、相当程度の時間をかけて噴火警戒レベルを据え置くか、あるいは引き上げるかの検討をおこなう注意義務を負うことなどを根拠としてなされています。

しかし、控訴審は、①については、明確ではありませんが、基線長の僅かな伸びから山体膨張が生じたと断定することはできないのであるから、基線長のわずかな伸びは「判断の結果(結論)に影響を及ぼさない事項」に該当しうるといった旨の指摘をおこない、更に②に関しては検討に費やした時間の単なる長短から注意義務違反を導きうるものではないとしてとして、「15分から20分程度の検討」であっても適切な検討となりうるとして国の注意義務違反を否定しています。

このように、GNSSの基線の伸びの観測結果の検討に対する法的評価が、国の違法性に関する1審と控訴審の判断を分けたひとつの要因となっているものと言えそうです。

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