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入社前の事情による懲戒解雇の問題
前職での使い込みを理由とする懲戒解雇の問題
Aさんは以前の職場で使い込みをしました。
しかし、当時勤めていた会社の温情で告訴はされず、社内的にも懲戒解雇を避けて懲戒処分で済ませる代わりに依願退職の形で会社を辞めることとなりました。
Aさんはその後、人材募集広告の出ていた今の会社に、履歴書の賞罰欄に使い込みの事実も懲戒処分の事実も記載せずに採用されました。
しかし、あるきっかけから、以前の会社を辞めた経緯が今勤めている会社に知られることとなり、懲戒解雇を申し渡されました。
Aさんは今の会社の懲戒解雇処分は不当だと主張できるのでしょうか。
前職の懲戒を履歴書へ記載する必要性
ところで、以前の職場での懲戒の事実は履歴書の賞罰欄に記載しなければならないのでしょうか。
少し古い裁判例ですが、仙台地判昭和60年9月19日において「・・・履歴書の賞罰欄にいう『罰』とは一般に確定した有罪判決(いわゆる「前科」)を意味する・・・」と判示され、その後、東京高判平成3年2月20日においても、「履歴書の賞罰欄にいわゆる罰とは、一般的には確定した有罪判決をいうものと解すべきであり」とされています。
このこともあり、一般的には賞罰欄の罰は前科を指しているとされ、以前の職場での懲戒の事実は記載する必要はないと考えられています。
Aさんの場合をみますと、使い込みの事実は前科とはなっておらず、社内的な懲戒処分に留まっています。
そこで、使い込みに関わる事項は、賞罰欄の記載事項とはならないこととなります。
したがって、前職での懲戒処分を含む使い込みの事実に関わる事項を履歴書の賞罰欄に記載しなかったことだけをもって、会社はAさんを懲戒解雇にすることは出来ないと考えられます。
前職の懲戒を面接時に隠したことによる懲戒解雇の有効性
それでは、Aさんが現在勤務している会社の採用面接の際、前職の退職理由を聞かれたのに対し、前職を円満退社していることを強調していた場合はどうなるのでしょうか。
この場合は、上記の履歴書の賞罰欄への不記載とは異なり、経歴詐称ということになろうかと思われます。
そこで、現在勤務している会社が、重大な経歴詐称や信頼関係欠如行為を就業規則で懲戒解雇事由として規定していた場合、前職での使い込みの程度、現在の職種等により懲戒解雇が有効となる場合もあり得ます。
Aさんの場合、入社の採用面接時に前職の退職理由についてどの様に答えていたのか、現在の会社の就業規則の懲戒解雇事由がどのように定められているのか等の事情により、懲戒解雇の有効性が決まることとなりそうです。
尚、懲戒解雇が認められない場合でも普通解雇される可能性は残ります。
職歴詐称による懲戒解雇の問題は下記の記事でも扱っていますので参考にしていただければと思います。
また、懲戒解雇に関する一般的な解説は下記の記事でおこなっています。
再雇用前の事実を理由とする懲戒解雇の問題
再雇用前の不正行為を理由とする懲戒解雇の問題
Bさんは、長年正社員として、期間の定めのない雇用契約に基づき勤務した後、同じ会社に定年後再雇用(単年度契約)されました。
実はBさんは定年前、正社員として勤務していた時に、取引先から多額のキックバックを不正に受領してその金をギャンブルにつぎ込んだり、取引先から回収した販売代金の一部を使い込んだりしていました。
その事実が再雇用後に会社に発覚しました。
会社はBさんを懲戒解雇にすると言いましたが、Bさんは、定年後再雇用の社員の就業規則にも雇用契約書にも懲戒解雇の規定がないので、懲戒解雇は出来ないはずだと主張し、出勤を続けています。
Bさんの言い分は正しく、会社はBさんを懲戒解雇できないのでしょうか。
再雇用前の事実を隠していたことは懲戒事由なのでしょうか
Bさんの言う通り、現在のBさんの雇用形態は定年後再雇用社員なのですから、その再雇用社員向けの就業規則などに懲戒解雇の規定がない以上、会社はBさんを懲戒解雇できないのが原則です。
しかし、再雇用時の事情によっては、取引先から不正な金銭を受け取ったり、会社のお金を使い込んだりしていた事実を会社に隠していたことを経歴詐称ととらえることが可能となり得ます。
もし、経歴詐称ととらえることが出来るのであれば、経歴を詐称して会社との間で再雇用契約を新たに締結したとして会社から普通解雇されたり、次年度の雇用契約の更新を拒絶されることはあり得ます。