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業務外交通事故、痴漢事件を理由とする懲戒解雇の問題点
会社業務と関係なく交通事故をおこしたり、電車内で痴漢行為をおこなったとして逮捕された場合、懲戒解雇となるのでしょうか。
このことを考えるにあたっては、懲戒解雇も懲戒処分の一種なので、
①会社は、業務とは関係のない私生活上の行為を理由として、懲戒処分をなし得るのか
②仮に懲戒処分をなし得るとしても懲戒解雇処分までなし得るのか
という2つの点が問題となり得ます。
私生活上の行為は懲戒処分の対象となり得るのでしょうか
まず、私生活上の行為を理由として、会社は懲戒処分をすることができるのかという点を考えてみます。
この点について、判例(最判昭和49年2月28日)では、
使用者がその雇傭する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もつて企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰である。従業員は、雇傭されることによつて、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負担することになるのは当然のことといわなくてはならない・・・(会社の)評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるがごとき所為については、職場外でされた職務遂行に関係のないものであつても、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もありうる・・・
最判昭和49年2月28日
と判示されています。
東京高判平成30年2月28日においても同判例は引用されており、今日でもその拘束力は失われていないと考えられます。
この判例からも分かりますように、従業員の非行行為が会社の事業活動に直接関連のある場合、あるいはその行為が会社の社会的評価の低下毀損を招くものである場合には懲戒処分の対象となり得ます。
しかし、それ以外の非行行為については、懲戒処分の対象とはならないと考えられます。
したがって、私生活上の非行行為でも、会社の社会的評価の低下毀損を招くようなものであれば懲戒処分の対象となり得ます。
このことから、業務外の交通事故や痴漢行為が会社の社会的評価の低下毀損を招くような行為態様であれば、懲戒処分の対象となり得ると考えられます。
痴漢行為は懲戒処分の対象となり得る場合が多いものと考えられます。
しかし、近時では冤罪事件も散見されることから、懲戒処分の決定時期については会社側も慎重に判断する傾向が強くなってきています。
業務外の交通事故に関しては、会社の業種、具体的事故の状況等により懲戒対象となり得るかが決まってくるものと考えられます。
尚、一般的な懲戒処分の有効性に関しましては、下記の記事で解説をおこなっておりますので、参考にしていただければと思います。
私生活上の非行は懲戒解雇の対象となり得るのでしょうか
懲戒処分と処分種類の選択について
次に、私生活上の非行が仮に懲戒処分の対象となり得るとしても、懲戒解雇の対象ととまでなり得るのかという点について考えてみます。
懲戒処分でも、けん責、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇などがありますが、私生活上の非行に対して会社がとりうる懲戒処分の種類は、前掲の判例の趣旨からしましても、会社の社会的評価の低下毀損の程度により異なってくるものと考えられます。
尚、懲戒解雇の一般的な解説は、下記の記事でおこなっておりますので、参考にしていただければと思います。
痴漢による懲戒処分が無効と判断された裁判例
痴漢行為による懲戒解雇の有効性が争われた具体例を見ますと、自社の運行線の車両内で痴漢行為を働いたことから諭旨解雇となった鉄道会社社員が、処分は無効であると主張した裁判例があります(東京地判平成27年12月25日)。
この事案において裁判所は、会社の諭旨解雇処分は懲戒権を濫用した無効な処分であると判断しています。
その理由について裁判所は、
鉄道会社である被告は他の鉄道会社とともに本件行為の当時に痴漢行為の撲滅に向けた取組を積極的に行っていた・・・点にかんがみれば,一般的には,本件行為が被告の企業秩序に与える悪影響の程度は,鉄道会社以外の会社の社員が痴漢行為を行った場合に当該行為が当該会社に与える悪影響の程度に比べれば,一般的には大きくなり得るものと考えられる・・・・(しかし、)本件行為ないし本件行為に係る刑事手続についてマスコミによる報道がされたことはなく,その他本件行為が社会的に周知されることはなかった・・・・本件行為に関し,被告が被告の社外から苦情を受けたといった事実を認めるに足りる証拠も見当たらない・・・本件行為が被告の企業秩序に対して与えた具体的な悪影響の程度は,大きなものではなかった
東京地判平成27年12月25日
としています。
ここでは、懲戒解雇を無効と判断する事情として、刑事手続の状況およびマスコミ報道の状況にも触れていることにも留意が必要です。
この判決からも、会社の業態と会社の社会的評価の低下毀損の程度により、会社が選択し得る懲戒処分の種類も異なってくると言えそうです。
飲酒による交通事故による懲戒解雇が有効とされた裁判例
また、欠勤日に飲酒運転をして店舗に車を衝突させ、懲戒解雇された事案で、解雇された運送会社の社員が処分は無効であると主張した裁判(東京地判平成29年10月23日)において、
飲酒運転については・・・・社会的非難が極めて強いところ・・・・私生活上の非行である就業時間外の飲酒運転であっても厳罰をもって臨むことは,企業としての名誉,信用ないし社会的評価を維持するために当然認められなければならない。とりわけ,被告は・・・運送業者であり・・・就業時間内外の飲酒運転を原則として解雇事由としていることは,必要的かつ合目的的であるといえる・・・原告は・・・高濃度のアルコールを身体に保有する状態で・・・運転を誤って営業中の・・・(店舗)の玄関付近に自車を衝突させたというのであって,本件酒気帯び運転は,その態様が悪質であり,その行為に至る経緯に酌量の余地はない。さらに,・・・幸い物損事故で済んだものの,人身事故となるおそれもあり,本件店舗に修理費162万円を要するほどの損傷を与えるなど・・・結果も重大である。加えて・・・現行犯逮捕されるに至り,実名で新聞報道がされるなどしており,その社会的影響も軽視することはできない・・・被告が,就業規則84条2号ないし労働協約66条2号に基づき,原告を懲戒解雇処分としたことが重きに失するとはいえない
東京地判平成29年10月23日
と裁判所は判示しています。
この判決からも、会社が取りうる懲戒の程度は、会社の業務内容と会社の社会的評価の低下毀損の程度が関係していると言えそうです。
特に交通事故は、痴漢行為と異なり過失行為であり、行為態様も多岐に渡るため、事故の具体的内容(行為態様、被害状況等)により、会社が取りうる懲戒処分の程度も大きく変わってくるものと考えられます。