目次
配置転換の有効性
3つの人事異動は拒否できるのでしょうか?
Aさんは、入社以来技術者として長年製品開発を担当してきたのですが、昨日営業部への異動を命じられました。
Bさんは入社以来技術者としてある製品の開発に携わってきましたが、5年ほど前に所属していた製品開発部門が子会社へ事業譲渡されたことから、その後、在籍出向の形で子会社においてそれまでと同じ製品開発の仕事を続けていました。しかし、昨日突然本社の人事課長に呼び出され、本社へ戻るように言われ、本社復帰後の職場は経理部だと言われました。
Cさんは入社以来技術者として製品開発に携わってきましたが、再来月には定年の60歳を迎え、再雇用となる予定です。ところが、昨日会社から再雇用後は総務部勤務だと言われました。
3つのケースで人事異動は拒否できるのでしょうか?
Aさん、Bさん、Cさんはそれぞれ会社に対して人事異動を拒否できるのでしょうか。
下記のように、AさんとBさんの場合、一応の業務の必要性があれば、この配置転換を拒否することは、特別な事情がなければ困難だと考えられます。
しかし、介護などの特別な事情、大幅な降格、賃金減少を伴う場合、退職へ追い込むのが目的であったような場合などの特別な事情がある場合、拒否しうる可能性がないわけではありません。
一方、Cさんの場合、再雇用後の配転を拒否するのは、下記のように困難だと思われます。
なぜ、会社は配転を命じることが出来るのでしょうか?
配転、転勤および配置転換とは
まず、従業員の職務内容または勤務場所を変更すること配転(配置換)といい、勤務地の変更を転勤、同一勤務地内での所属部署の変更を配置転換と一般的にはいいます。
ただし、配転を配置転換の略語として扱い、上記の定義での配転を「配置転換」と称したり、上記の定義の配置転換を配転と略することもあります。
配転命令を会社が下せる法的根拠は?
この配転命令を会社が下せるのは、労働契約を結ぶことにより、労働処分権としての配転命令権を会社が有することになるからであると一般的には考えられています。
このように、配転命令権は、法的には、労働契約に基づく権利と考えることが出来ます。
一方、労働契約法3条5項は、「労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。」と規定しています。
そこで、会社も、労働契約に基づく権利である配転命令権を濫用してはならないことになります。具体的な配転命令が権利濫用と認められる場合、その配転命令は無効となり得ます。
人事異動はどのような場合に無効となり拒否できるのでしょうか?
配転はどのような場合に無効となるのでしょうか
配転の有効性が争われる裁判では、次の判例が今日も良く引用されます。
使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが・・・使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されない・・・業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても・・・他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではない・・・右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである
最判昭和61年7月14日
この判例からも分かりますように、会社の配転命令権は広く解釈されており、裁判で権利濫用が認められることは少ないと考えられています。
しかし、①介護などの家庭の事情があったケース、②大幅な降格、賃金の大幅な減額を伴ったケース、③業務上の必要からではなく退職に追い込む目的での配転であったケースにおいて権利濫用が認められた裁判例があります。
このようなことから、Aさんの場合も、一応の業務上の必要性が認められる場合には、配置転換を拒否することは困難だと考えられます。
ただし、上記①~③のような特段の事情がある場合には、例外的に会社の配転命令は権利濫用として無効となり、配転命令を拒否できることがあり得ると考えられます。
特に、退職勧奨と配転が近接して、あるいは同時におこなわれるような場合は、③の目的が疑われることとなり、具体的事情によっては、配転が無効と判断される可能性もあり得ると思われます。
出向・配置転換はどのような場合に無効となるのでしょうか
また、事業部門を子会社に移管した後に、子会社に在籍出向していた同部門の従業員を一度本社に戻し、再度別の子会社の異なる業務部門へ出向・配置転換した事案の裁判(横浜地判平成30年4月19日)において、1審裁判所は上記の判例(最判昭和61年7月14日)を引用した上で、復職命令の㋐業務上の必要性・合理性、㋑労働者の不利益、㋒不当な動機・目的の検討をおこない、復職命令に権利濫用はなかったと認定しています。
このように、復職命令も配置転換と同様の枠組みで有効性の判断がなされていることから、Bさんの場合もAさんと同様に、一応の業務上の必要性が認められる場合には、配置転換を拒否することは困難だと考えられます。
しかし、上記①~③の特段の事情があるような場合には、例外的に会社の復職・配転命令は権利濫用で無効となり、復職・配転命令を拒否することが可能となります。
定年後再雇用時の所属部門変更は無効となりうるのでしょうか
最後に、Cさんのケースをみてみます。
近時のCさんと類似した事案の裁判例では、配置転換の問題ではなく、定年前と異なる職場への再雇用の問題とされ、2004年改正の高年齢者雇用安定法9条の解釈から、裁判所は次のように判示しました。
高年法は,継続雇用を希望する労働者を定年後も引き続き雇用する旨求めるにとどまり,同法中に,労働者が希望する労働条件での継続雇用をも使用者に義務づける定めはない。すなわち,継続雇用後の労働条件は,飽くまで,労使間の合意により定まるべきものであって,労働者が使用者に対して希望すれば直ちにその希望するがままに勤務部署や職務内容が定年前と同じ雇用契約が定年後も継続するというかのような・・・法律上の根拠がない
東京地判令和元年5月21日
この判決からしますと、定年前の雇用契約と定年後の再雇用契約との間の、労働条件の継続性に対する従業員の期待は、保護の程度が低いこととなります。
そこで、この判決を前提にしますと、再雇用後の配転が権利濫用と認められるのは難しいものと考えられます。
したがいまして、Cさんの場合は、近時の裁判例からしますと、総務部勤務を拒否することは困難であろうと思われます。