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待機時間の残業代
理容師のAさんが勤務する理容店は、週休2日で、店舗休業日の月曜日以外に交替で週に1日休みをとっています。店の営業時間は午前10時から午後7時30分までとなっています。
これまで、残業代が出たことがないことから、Aさんは店長の機嫌の良さそうな時を見計らって、残業代のことを尋ねてみました。
そうしたところ、店長はニコニコしながら、「A君は昼1時間食事で休んでいるだろう。それに、客が来ないときにはスマホで動画を見たりして休んでいるから、その時間を考えると1日7時間30分くらいしか働いていないことになるんだよ。8時間働いていないのだから残業代はないのだよ。残業代が払えるくらい引っ切り無しにお客さんが来てくれればいいのだけどね。」と言っていました。
客が来ないときは裏でお茶を飲みながら雑誌を読んだり、テレビを見たり、メールをしたりしています。
たしかに「働いているとは言えないだろうから」、残業代は貰えないのだろうと諦めはじめているAさんです。
やはりAさんは残業代を請求出来ないのでしょうか。
残業代の支給対象
所定労働時間、実労働時間と残業代の関係について
労働契約、就業規則などで定められた勤務時間(出勤から退社までの間の時間)から決められた休憩時間を控除した、実際に働くこととされている時間を所定労働時間といいます。
一方、残業して規定の退社時間を超えて仕事をしたような場合、出社から実際の退社時刻の間から休憩時間を控除した実際に働いていた時間を実労働時間といいます。
詳細な計算は別にしますと、所定労働時間を超えた実労働時間に対しては、残業代を請求できるのが原則です。
そこで、まずはAさんの所定労働時間が8時間なのかを確認する必要があります。
店長は8時間を基準に残業代の話をしていますが、仮に契約上のAさんの所定労働時間が7時間であれば、7時間を超えた労働時間に対して残業代を請求することが可能となります。
ここでは、契約上、Aさんの所定労働時間は8時間であったとします。
客待ち状態の問題
Aさんの休憩時間は昼食時に1時間なので、実労働時間は8時間30分となり、30分程度の残業が発生しているように思われます(ここでは、労働基準法32条の法定労働時間の問題は考えないこととします。)。
しかし、毎日1時間程度スマホで動画を見たりして客が来るのを待っています。その客を待っている1時間程度を休憩時間と同様に実労働時間に含まないとすると、1日7時間30分位しか実労働時間はないこととなりそうです。
そこで、この客を待っている時間を実労働時間と考えるのか、あるいは考えないのかにより、残業の有無が変わってきそうです。
来客型店舗の手待ち時間と休憩時間
客待ち状態は実労働時間に含まれるのでしょうか
Aさんのような理容師が勤務する来客型店舗での仕事では、客が来店しない時間があります。Aさんの場合、この客が来店しない時間が果たして「賃金の支払い対象の実労働時間となりうるのか」が問題となっているのだと言えます。
このような客待ち状態が実労働時間に含まれるのかは、客待ち時間を休憩時間と考えるのか、あるいは使用者の指揮命令下にある時間と考えるのかにより結論が異なってくることとなります。
手待ち時間と休憩時間の区別について
客待ち状態のような手待時間は、職場において待機しているが実際には働いていないという点では、休憩時間とあまり変わらないように思われます。
しかし、多くの場合、手待ち時間は使用者の指揮命令から離れて自由に行動できないという点は異なります。
下記に引用している大分地判平成23年11月30日においても判示されているように、「労働基準法上の労働時間とは,労働者が使用者の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間をいう」ことから、実労働時間と言えるかは、問題となる時間帯に使用者の指揮命令下にあったのかにより判断されることとなります。
そうしますと、手待ち時間は多くの場合は使用者の指揮命令下から離れて自由に行動できないことから、休憩時間とは異なり、原則として実労働時間に含まれると考えられます。
手待ち時間が実労働時間に含まれるかが争点となった裁判例
手待ち時間に関する裁判例としては、店舗型ではありませんが、タクシー会社が、会社の指定場所以外での30分を超える客待ち待機時間を労働時間から控除していた事件(大分地判平成23年11月30日)があります。
この裁判では、
労働基準法上の労働時間とは,労働者が使用者の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間をいうというべきである。原告らがタクシーに乗車して客待ち待機をしている時間は,これが30分を超えるものであっても,その時間は客待ち待機をしている時間であることに変わりはなく,被告の具体的指揮命令があれば,直ちに原告らはその命令に従わなければならず,また,原告らは労働の提供ができる状態にあったのであるから,30分を越える客待ち待機をしている時間が,被告の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であることは明らかといわざるを得ない
大分地判平成23年11月30日
と判示しています。
また、少し古い裁判例ですが、寿司屋が客待ち時間を休憩時間として労働契約を締結していた事案において、
労基法三四条所定の休憩時間とは、労働から離れることを保障されている時間をいうものであるところ、原告らと被告との間の雇用契約における右休憩時間の約定は、客が途切れた時などに適宜休憩してもよいというものにすぎず、現に客が来店した際には即時その業務に従事しなければならなかったことからすると、完全に労働から離れることを保障する旨の休憩時間について約定したものということができず、単に手待時間ともいうべき時間があることを休憩時間との名のもとに合意したにすぎない
原告らは、勤務時間中に客がいない時などにおいて、適宜休息をとることがあった・・・が、右時間は、休息しているとはいえ、客が来店した場合には直ちにそれぞれの業務に従事しなければならなかったことからすると、これをもって休憩時間とはいえず、いわゆる手待時間にすぎないから、右時間もこれを労働時間に含まれるものといわなければならない
大阪地判昭和56年3月24日
と裁判所は判示しています。
これらの判決から、客が来店すればすぐに客に対応することを使用者から求められているような場合、客を待っている時間も使用者の明示あるは黙示の指揮監督下にあると考えられ、手待ち時間として実労働時間に含まれることとなります。
Aさんのケースについて
理容師も外出(実際には休憩室で取るのでしょうが)出来る食事時間等を除けば、客が来店すればすぐに対応しなければなりません。
そうしますと、店内で客待ちしている時間も、使用者の指揮命令下にあるといい得、手待時間として実労働時間に含まれることが多いと思われます。
そこで、Aさんも店長に対して残業手当を請求できそうです。