奥入瀬渓流落木事故にみる登山道整備に関する法的責任とその範囲について

登山道の管理に関する2つの裁判

下記の記事でみましたように、14)尾瀬木道枝落下事故の1審判決では、国と木道の管理者であった公共団体の国家賠償法2条および3条の責任を否定しました。

ところで、この14)尾瀬木道枝落下事故が発生する約3年前、奥入瀬渓流で類似した事故が発生しています(以下、この事故を「奥入瀬渓流落木事故」といいます。)。
この15)奥入瀬渓流落木事故の被害者本人とその家族は、国と地元の地方公共団体に対し、損害賠償を求め提訴しています。
その裁判では、1審、控訴審ともに請求が認容され、上告されましたが、控訴審判決が確定しています。

このように、近接した時点の類似の事故において損害賠償請求を認容する判決が下されていたことから、14)尾瀬木道枝落下事故の1審において丙(県)は、

本件事故現場付近は普段着で行けるような観光地ではなく、一定の装備と体力が必要な山岳地帯である上、後述する奥入瀬渓流事件の事故現場と異なり、観光客が滞留する場所ではなく、一通過地点にすぎない

本件事故は、奥入瀬渓流事件とは、その事故現場の場所的状況、利用観光客数、落下した枝は事故現場を覆っていたことなどの点で異なっており、上記結論は、奥入瀬渓流事件1審判決及び当該被告らの控訴を棄却した2審判決(東京高裁平成19年1月17日判決・判例タイムズ1246号122頁)と矛盾するものではないし、同事件により被告らはブナの木の落枝について注意喚起されたはずである旨の原告の主張も失当である

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

などと15)奥入瀬渓流落木事故の判決を意識した主張がなされています。

この14)尾瀬木道枝落下事故と15)奥入瀬渓流落木事故の2つの事故は類似した事故ではありながら、その責任に関する裁判所の判断には相違があります。

そこで、この2つの事故の事案の相違を意識した上で、判決内容を比較することにより、登山道整備の法的責任における問題点について考えることとします。

奥入瀬渓流落木事故の概要

15)奥入瀬渓流落木事故は、十和田八幡平国立公園特別保護地区内の奥入瀬渓流石ヶ戸地内遊歩道付近で昼食をとろうとして立っていた人(以下「C」といいます。)の頭上、約10メートルの高さから長さ約7m、直径約18~41cmのブナの枯れ枝が落下、Cに直撃、Cが胸椎脱臼骨折等の傷害を負ったものです。

事故現場付近は国有林でしたが、奥入瀬渓流の一部は遊歩道敷として、国(以下「丁」といいます。)から地元の地方公共団体(以下「戊」といいます。)へ無償貸与されており、戊が遊歩道として整備、管理していました。

しかし、事故現場付近の土地は、この貸与された土地には含まれておりませんでした。

この事故に対し、Cとその家族は、

①丁は遊歩道及びブナの所有者及び設置管理者であり、戊もこれらの設置管理者であるが、本件事故は、公の営造物である遊歩道およびブナの、設置または管理の瑕疵によって発生した
②丁および戊の公務員は、職務である遊歩道およびブナの管理について職務上の注意義務を怠った
③丁および戊は、事故の原因となった枝が落下したブナを所有、占有していたが、その栽植、支持の瑕疵によって本件事故は発生している
④丁および戊には、Cに対する安全配慮義務違反があった

といった主張をおこない、丁及び戊に対し損害賠償を求め訴訟を提起しました。

この裁判の1審および控訴審は、請求を一部認容し、上告は棄却されました。

尚、後述の通り、丁との関係では裁判所は③を認定し、その他の①、②及び④に関しては検討を加えておりません。また、戊との関係では、①の責任を認定し、②~④に関しては検討していません。

裁判所の判断

1審の判断

15)奥入瀬渓流落木事故の1審では、戊の責任に関連して、

本件事故現場付近を含む本件空白域についても,これを事実上管理し・・・一定の施設が設置され,観光客等の利用に供せられていたと認められ・・・戊により公の目的のために供用されているというべきである

東京地判平成18年4月7日

として、丁から戊に貸与された土地には含まれていなかった事故現場付近の土地についても、戊との関係において、公の営造物に該当するとしています。

その上で、

本件事故現場付近及び本件遊歩道脇に存立する本件ブナの木及びその他の樹木の枝は・・・観光客が通常通行ないし立ち入る場所の頭上を覆っていたことが認められるところ,これらの樹木及びその枝は,年月の経過によりいつ落下するかわからないままであり,本件事故現場付近を通行する観光客等は,常に落木等の危険にさらされていたにもかかわらず・・・戊は年1回歩道等の安全性の点検を行ったのみで・・・落木等の危険のある枝の伐採や,立入りを制限する柵ないし覆いの設置等を行うこともせず・・・掲示等により・・・観光客等に注意を促すなどの処置を講じることもなかったことが認められ・・・通行の安全性が確保されていなかった・・・(ことから、)通常有すべき安全性を欠いていた

東京地判平成18年4月7日

として、事故の原因となったブナの木を含む事故現場付近の樹木の枝は経年により、いつ落下するかわからない危険な状態にあったにもかかわらず、枝の伐採、立入りを制限する柵などの設置もおこなわず、掲示等による注意の促しなどもおこなわず、通行の安全が確保されていなかったとして、瑕疵を認定し、国家賠償法2条1項の責任も認めています。

1審は、このように事故現場の遊歩道周辺は公の営造物に該当するとし、その瑕疵を認定し、損害賠償責任を認めていますが、Aらの主張した上記のその他の理由に関しては、判断を下していません。

一方、丁に関しては、民法717条2項の責任について、

天然木であっても,占有者等が一定の管理を及ぼし,その効用を享受しているような場合には,これに対する「支持」があることにほかならないから,その場合には,同項(注:民法717条2項)の責任を肯定しうる

東京地判平成18年4月7日

として、自然状態の天然木も717条2項の「竹木」に該当し、一定の管理を及ぼし効用を享受しているときには、「支持」があるとしています。

その上で、

本件ブナの木(注:枝が落下した木)・・・を含む山林は・・・営林署長において管理し・・・同営林署は・・・環境省や戊の主催する合同点検に毎年参加しているのであり・・・このようなことを含む管理行為は,少なくとも本件ブナの木を含めた本件遊歩道に近接した山林部分に存する自然木に対して「支持」をしているものといわざるをえない

東京地判平成18年4月7日

15)奥入瀬渓流落木事故における、事故現場付近の竹木に対する丁の「支持」を認定しています。

更に、

本件事故現場付近・・・には多くの観光客等が立ち入り・・・利用していたこと・・・観光客等の頭上を樹木の枝葉が広く覆っていたこと,本件事故当時は晴天でほぼ無風状態であったことなどの事実を併せて考慮すると,多くの観光客等が散策や休憩のために立ち入る場所に存在した本件ブナの木としては,その有すべき安全性を欠いた状態にあったといわざるをえない

東京地判平成18年4月7日

として、丁についてもブナの支持に瑕疵があったと認定しています。
これにより、丁に対する民法717条2項に基づく損害賠償責任を認めています。

尚、丁のその他の過失に関しては検討をしていません。

控訴審の判断

控訴審は、

本件事故現場を含む一帯の天然林は・・・「自然維持タイプ」に該当する・・・しかしながら,本件事故現場は,観光客が多数参集する場所であり,かつ,そのように形成された場所でもあ(り)・・・(丁及び戊)らも十分に認識することができたのであって・・・安全性への社会的な期待は高かったというべきである。加えて,本件ブナの木は,観光客の頭上を枝葉が広く覆った形で生育していたのであって,落枝があった場合に観光客に人的被害を及ぼす危険性は高く,被害の程度も重大であるとみられたから・・・管理において,周到な安全点検が求められていたというべきである

東京高判平成19年1月17日

と15)奥入瀬渓流落木事故においては、

  • 事故現場は、多数の観光客が集まる(集まるように作られた)場所でもあり、安全性への期待が高かったこと
  • 事故原因となったブナの木の形状から、落枝があった場合に観光客に被害が生じる危険性は高く、その場合の被害も重大となることが認められたこと

から、周到な安全点検をおこなう義務があったとしています。

そして、

戊は,事実上,本件空白域を管理している立場から,仮に,戊が,本件ブナの木の枝を伐採する権限を丁から与えられていなかったとしても,その危険性を丁に進言したり,危険箇所の警告表示をするなどして,事故回避措置を講ずることもできたのであって,伐採権限がないことから,直ちに,戊の責任が回避されるものではないというべきである

東京高判平成19年1月17日

として、丁に事故原因となったブナの枝の伐採権限がなかったとしても、他の事故回避措置を取り得たことを指摘して、戊は責任を免れ得ないとしています。

また、

丁についても,戊が相応の管理権限を有していないことにかんがみると,戊の事実上の管理があることをもって,これを占有する者としての責任を逃れることはできないというべきである

東京高判平成19年1月17日

として、丁についても、戊が事実上の管理をしていても、管理権限がないことから、占有者としての責任を回避できないとしています。

2つの判決の検討

14)尾瀬木道枝落下事故(以下「前者」といいます。)と15)奥入瀬渓流落木事故(以下「後者」といいます。)は、ほぼ同時期に発生し、落下してきたブナの枝による通行者(利用者)の死傷事故という点では共通しています。

しかし、
㋐事故を引き起こしたブナの枝は、前者では事故現場から離れた場所から風で飛ばされてきたものだったのに対し、後者の枝は事故現場の頭上に伸びてきていたものだったこと
㋑前者は通常は登山装備の者が利用する場所の事故であったのに対し、後者は多くの軽装の観光客も利用する場所の事故であったこと
㋒前者は利用者が単に通り過ぎる場所であったのに対し、後者は滞留する場所であったこと
という点に相違があったと考えられます。

ブナの木の枝と事故現場の位置関係について

そして、㋐の点については、前者の判決においては、公の営造物該当性について、

・・・本件木道は・・・入山者が歩行する利便を提供している営造物と解されるが・・・本件周辺林野は,飽くまでそのような自然観察・探勝の対象物にすぎないというべきであって・・・直接公の目的に供されているとはいえず,公の営造物には該当しない

福島地裁会津若松支部判決平成21年3月23日

とし、更に設置又は管理の瑕疵の検討に際し、その瑕疵を否定する事情として、
「・・・ブナは本件木道から約6m離れ・・・本件枝は高さ10m以上に位置しており本件木道に覆い被さる状況にもなく」
として、事故原因となったブナの木、枝と事故現場の木道との距離が離れていることを公の営造物性を否定する理由としています。

一方、後者では、管理の瑕疵の認定に際し、
「・・・本件ブナの木・・・の枝は・・・観光客が通常通行ないし立ち入る場所の頭上を覆っていたことが認められ・・・いつ落下するかわからないままであり・・・通行する観光客等は,常に落木等の危険にさらされていた・・・」
として、事故原因となったブナの木の枝が事故現場の上に被さっていることを管理の瑕疵を認定する理由としています。

これらのことからしますと、やはり、事故現場と枝の位置関係が、国家賠償法第2条1項の「公の営造物」あるいは「瑕疵」の認定に影響しているものと考えられます。

一般的な観光地は登山者のテリトリーなのか

また、㋑の点については、前者では、設置又は管理の瑕疵のを否定する事情として、
「尾瀬地域は・・・入山には登山靴等の装備が必需品とされ,本件事故現場は徒歩による最低数時間の旅程を要する場所に位置し・・・」
としており、事故現場が登山者のテリトリーであることを指摘しています。

一方、後者では、上記のように民法717条2項の支持の瑕疵の認定に際し、その事情として、
「本件事故現場付近・・・には多くの観光客等が立ち入り・・・利用していたこと」
を挙げ、事故現場が一般の観光客のテリトリーであることを指摘しています。
また、後者の控訴審でも、瑕疵の認定の積極的事情として、
「本件事故現場は,観光客が多数参集する場所であり,かつ,そのように形成された場所でもあ(り)・・・安全性への社会的な期待は高かった」
として、やはり、事故現場が一般観光客のテリトリーであることを指摘しています。

これらのことから、一般的な観光地であるか、あるいは登山者のテリトリーなのかにより、求められる安全管理の水準は異なってくるものと考えられます。

人が留まる場所なのか

更に、㋒の点について、前者では、木道の瑕疵を否定する事情として、
「・・・事故現場付近は特に観光客が休憩等により立ち止まる状況にはない」
として、通行者が立ち止まる場所でないことを瑕疵の否定の理由としています。

一方、後者では、民法717条2項の瑕疵の認定に際し、
「多くの観光客等が散策や休憩のために立ち入る場所に存在した本件ブナの木としては,その有すべき安全性を欠いた状態にあったといわざるをえない」
と休憩のために人が滞留していたといいう事情を、瑕疵の認定に際し言及しています。

落枝事故における国賠法2条1項責任の判断要素

㋐は木道あるいは観光客が通行あるいは利用する場所と事故の原因となったブナの木との位置関係の違いであり、公の営造物である木道あるいは遊歩道等の人の通行地の安全性を維持するために、どの範囲のブナの木などの自然樹木の手入れが必要なのかという点が問題となると考えられます。

㋑は事故現場の利用者が主に登山者か一般観光客という利用者の属性の違い、㋒は事故現場付近を利用者は単に通り過ぎるだけなのか、その場で休憩して滞留することもあるのかといった事故現場付近の利用状況の違いとも考えられます。

14)尾瀬木道枝落下事故と15)奥入瀬渓流落木事故の裁判の結果の違いは、具体的事案における㋐~㋒等の事情の違いによるものと言えます。2つの事故は共にブナの枝が利用者の頭上に落ちてきたことが原因なのですが、㋐の点からすると、前者では管理義務の範囲外のブナが、後者では管理義務の範囲内のブナが原因となったといい得ます。㋑の点からしますと、前者では利用者は一定の危険が存在することを受忍して通行していたが、後者ではそのような受忍はなかったと考えられます。更に、㋒の点からすると、枝が落ちてきたときに現場に利用者が存在する可能性が前者に比べ後者の方が高いと考えられ、枝が落ちてきたときの人的被害の可能性は後者の方が高いと考えられる等の理由から、前者に比べ後者の方に高い安全性を求めていたと考えられます。

このように、㋐の点からは、後者と違い前者では、安全性が求められる場所的範囲の外に存在していた枝で事故が生じたといえます。
また、㋑の点からは、前者では事故現場が登山者のテリトリーでもあることから、事故現場の利用者も一定の危険が存在することを認容して通行していたと考えることもできます。
更に、㋒の点からは、後者に比べ前者の方が、落枝時の人的被害の可能性が低かったといった事情から、後者で認められた損害賠償請求が前者では認められなかったとも考えられます。

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